16話 悪夢・変
夢を……夢を見ている。いつもの魔獣と戦う悪夢を。
今日は色々あって疲れてるってのに……しかも、今日殺したのと同じくらいの魔獣の群れとか、どこまでも俺を追いつめる厳しいヤツだ。
魔獣の群れと戦う夢は珍しいものではないし、手に負えないと思ったときは逃げることもある。機を見極めて逃げるのは、生き残るための立派な戦術である。
しかし今は後ろに仮初の防衛局員が居て、そいつらを守りながら戦えって状況じゃあ逃げられない。
こんな悪夢は初めてだ。
どうやら黒木刀のヤツは今日と同じような防衛戦を再現――俺の苦手な戦況を作り出すようなバージョンアップ機能を備えているらしい。
コイツ、未だ俺を取り殺そうとしているのか? ……あいたッ、悪かったって! 苦手なモノを克服させてくれようとしているんだろ? そろそろ付き合いも長いから、お前が何を考えているか少しわかって来たつもりだ。勿論、魔獣に殺されたら夢に取り殺されるってところも昔から変わらずで……まったく、実にスパルタ式だ。
いつもであれば、襲い掛かって来る魔獣に俺からも突っ込んで行って移動しながら叩き殺したり、斬り殺したりってことをしており……とにかく動体視力と反射神経が必要で大変ではあるが、まあ何とかなっている。
しかし、守るモノがあると途端に難易度が激増するのだ。
なにせ守って動けないって事は、避ける動作に制限があるって事だから。その場に立ったまま、矢衾や槍衾に対抗しろって言ってるのと同じことだ。
避けられないなら攻撃を受ける前に敵を殲滅するしかないが……人力で扱う武器の有効範囲は狭い。
エストックなどの突きが主体の武器なら一回の攻撃に敵一体が限度だし、薙ぎ払うのが主な槍のような武器であっても、せいぜい2~3体が限度だ。単に武器を使うだけでは威力も速度も減衰されて、次の敵を殺す致命傷になりえない。基本、一対一を想定されているのだ。
じゃあ、何で俺の『十二神将』は黒木刀の一振りで敵を四体同時に屠れるかというと、複数の敵の急所を見極めて、そこに剣筋を奔らせているからに他ならない。一瞬でも速さが、込める力が不足すれば不成立となる剣閃、それを3回連続でこなして1秒で12体もの敵を殺す技――これが対集団剣技『十二神将』である。
……自分が創っといてなんだが無茶苦茶な剣技だな。
話がずれたが、『十二神将』は一息で十二体の敵を殺す範囲技と言って良いだろう。で、コイツは敵一体が占める範囲角度を10度とするなら前方120度にいる敵に対抗出来るのだ! 完全な後ろは無理だが、二回放てば前方からやや後方までの240度をカバーできる!
う~ん、言ってて頭が痛くなるような雑計算ではあるが、その感覚でいけば永遠と『十二神将』を繰り返せば集団に対抗出来て、後ろに居る味方を守れる…………そんなワケがあるかっ!!
一回でも半端なく脳と体に負担が掛かるのだ。
使った後は致命的な隙ができる本当の捨て身技で、元の構想ではその隙を後ろの仲間にフォローして貰うモノだったから連続使用なんて完全に想定外。
今日の現実でもあった、一回に三十体ぐらいまでなら根性でなんとかしたよ? 上位技の『顎』まで使い、目の前が真っ赤になって鼻血どころか耳血が出そうになっても膝は突く事は何とか堪えた。
しかし、この悪夢みたいに防衛局員を守りながら、三百体の魔獣を相手にしろなんて流石に理不尽の極みだ。
神魔刀を抜いたら別だが……ん? ああ、それが狙いなのか……夢の中でも神魔刀を抜かせて、心理的な制限を無くすためにこの状況を作ったのか?
いや、それは何か違うだろ。
俺の力で守れるようにならなければ成長もクソもあったもんじゃない。神魔刀頼りの剣士なんて馬鹿な存在に俺はなりたくない。そんなモン、剣が本体になった傀儡だ。
お前だって、そんな剣士モドキに握られたいか? 嫌だろう? ……よし、分かってくれたらいい。
さて、話が済んだところで、目の前にいる魔獣の群れにはどう対処したものか。
律儀に俺の準備が終わるまで待ってくれているが、全部殺さないと夢から醒めないのは何時もと変わらないだろう。
もう、後ろの防衛局員を無視してやっちゃうか? 此処は現実と違うから殺されても影響はないだろうし、せめて逃げてくれたら精神的にも楽なんだけどな。これが足を引っ張るんじゃなくて、俺の背中を守ってくれた上官のような味方だったらどれほど助かるか……!?
そ、そうか……俺が、あいつ等を頼もしい味方になるよう洗の――教育すればいいのかっ!
クロモリ護衛隊時代、俺だって周りで仲間がばたばたと死んでいくのを憂い、部隊運用をこうしたらどうか、ああしたらどうかって考えて企画書を何回か作ったことがあるのだ。だが、下っ端である俺の意見具申は小隊長まで上がった時点で全て却下され、忸怩たる思いをしたから、そのまま忘れ去っていた。
今も下っ端であることは間違いないが、しかし、魔女の従者見習いという立場と今日見せた実績があれば、上手く状況を利用して……俺が思い描いていた部隊を作れる、かも。
おぉ、なんか凄くやる気が出て来たぞ!
い、いや、舞い上がっては駄目だっ。慎重に事を運ばなければニエモリで失敗した事の二の舞だ。あの時は運よく軟禁で済んだが、防衛局ではどうなるか分からない。
アレをこうしてああして、うーんむむ……ようし、やってみるか。
上手く行けば報告書を作成して上官殿に送ろう。部隊教練の助けになるかもしれない! 失敗したら失敗したで、その報告書はやっては駄目な例としての教訓になる。どちらにしても上官殿が進めるだろう防衛局改革を手助けすることができるな。
よーし、アケノモリ防衛局の皆には、俺の実験台になって貰おうじゃないか。
ククク、安易にヒトに頼るって事が如何に愚かな事か、身を以って教えてやるぜ! なぁに、本当に死んでしまうよりは、死ぬほどキツイ方が随分マシだ。
いい、凄くいいっ、救援要請が楽しみになってきましたよ、うひひひ。
そうだな、現実の魔獣には改めて俺の戦闘能力を示す生贄になって頂かねば……今日と同じくらい、出て来てくんないかなぁ。思い出せば、俺もやってみたいことがそれなりにあるし……これは天の助けかもしれん!
っと、あー、さてさて……待たしてしまって申し訳ない。
目の間の仮想魔獣の皆様には色々と俺の実験に付き合って頂かなければ。うふふ、怖くない、怖くないよー……ちょぴり、首が飛ぶだけさァ。




