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エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第三章 アケノモリ
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14話 糾弾


 防衛局長への挨拶が済み、それぞれの客室に案内されて荷物を置いた後は解散となった。


 本格的に活動するのは明日からで、本日、この後の時間は自由時間となっている。


 ディアナ殿とサレナ殿はアケノモリの探索資料を提供して貰って今後の計画を練る事とし、俺はまだ腹の虫が鳴っているので再度食事を摂ることにした。


 二人を手伝うべきとは思うものの、頭に栄養が行っていない状態では、かえって邪魔をしてしまうだろう。戦闘職は体が資本、体調管理も仕事のうちだと自分に言い訳して食堂に来ていた。


 幸い、砦の造りはクロモリ防衛局とよく似ており、何処に何があるかは勘が効く。あの辺りかなと歩いていれば、食欲をそそるいい匂いが漂っていたので喜び勇んで食堂にお邪魔した。


 なお、先ほども言ったように、防衛局には、体が資本的な考えがあるので食事に回数制限はなく、何回でも自由に食べていい。ただ、食べられずに残したり、訓練中や戦闘中に吐いたりすると頭が変形するほど上司に殴られるので、無茶な食べ方をするヤツは皆無だ。そもそも運動するヒトの事を考えて一食一食がかなりの量なので、お代わりするヒトはまず居ない。


 だから、俺のように三回目のお代わりを貰いに行くヤツは珍しいのだろう。配膳担当のおばちゃんが、目を丸くして驚いている。



「よく食べるねぇ……あたしゃ、こんなに食べるヒトは初めてだよ」

「恐れ入ります。ここの食事が美味しいので、つい……それに、さっきまで動き回って腹の中が空になってましたので。ああ、絶対に残すことはしませんので、ご安心ください」

「いいや、そんな心配はしてないけどさ……ま、美味いと言ってくれるのは嬉しいよ、ココの連中も見習って欲しいものさ。その食べっぷりも含めてね」

「はは、余裕がないんでしょう。皆、心の中では感謝してると思いますよ。食欲の方は……お察しください。今日は相当の激戦でしたので」

「そうかねぇ……せめて、食事の時くらいは、あのしみったれた顔はやめりゃいいのに。あんなんじゃ、死んだ連中も浮かばれやしない」



 冗談めいた愚痴を漏らしつつも、お通夜状態の防衛局員を見渡す表情は沈痛だ。


 朝は居たヒトが、次の食事時にはもう居ないという事を……無駄になるかもしれない食事を作って待って、それでも、やはり無駄になってしまった食事を捨てる。そんな悲しい思いを、このおばちゃんはどれだけ経験してきたのだろう。


 それでも気落ちせずに、いつも通りに食事を作ってくれている方々には感謝しかない。俺に出来るのは、ただただ感謝して作ってくれた食事を有難く頂くだけだ。


 三度目のお代わりを笑顔でやってくれたおばちゃんに礼を言い、席に戻って味わいながら食べる。


 防衛局の食事は例にもれず、全ての栄養がバランスよく計算されて作られており、偏ることがないので安心して食べられる。それでいて味もよく……気づいていない防衛局員は多いが、本当に感謝しかないのだ。


 そして……流石にお腹がいっぱいになって、お茶を飲みながら腹をさすっていると、影が差した。


 はて、アケノモリに知り合いは居ないハズだけどと思って顔を上げると……やっぱり知らない顔だ。どこかで会ったことがあったかな? 随分と憔悴しているようだが……。



「……さっきは助かったよ。アンタがいなかったら、オレ達は死んでた。その、あの時はついていけなくて……悪かったと思ってる」

「? ……ああ、あの時の! いや、気にすることはない。結果的に今ここに居るってことは、判断として正しかったって事だ。俺について回ってたら死んでたかもだし。いや、無事でよかったよ」



 気づけば囲まれていて少し驚いたが、確か最初に助けた伐採隊と護衛隊だ。あの時は激戦過ぎて顔も碌に見なかったから分からなかったが、声で思い出した。


 俺よりも少し年下で……新人をようやく卒業できたかなって年頃に見える。後ろには更に歳の行ったヤツも居るようだが、彼が隊の代表者……いや、そうなったと言うべきか?


 なんにしても、別れた後はちょっと無責任だったかなと思ったので無事に再会できて安心した。なお、さっきまで完全に忘れていたのは内緒だ!



「本当だったらもっと早く声を掛けたかったんだけど、アンタの食べっぷりが凄くて……よくも、あんな戦いの後に平気で飯が食えるな……」

「うん? 防衛局員は体が資本だろ。一人前は食べとかないと体がもたないぜ。半人前でも何とかなってたヒトもいるが……あれはホントに例外だ」



 いや、ホントに上官殿の体はどうなってたんだろうな……ずっと半人前の食事を続けて全く痩せないとか効率が良すぎる。それだからこそ、俺の上官が務まったのかもしれないが。


 

「いや、それが普通……って、こんな話はどうでもいい! アンタ、何者だ? これからもオレ達を助けてくれるって事でいいのか? もう、こんな……仲間が、知ってるヤツが……いなくなるってのは嫌なんだよっ、魔獣に食われるってのも……怖くてしょうがねーんだ!」

「それは……」



 ぬう、これはまいった。


 単に礼を言いに来たかと思えば、助力嘆願か……話しかけて来た本人も後ろにいるヤツらも、泣きそうでいて俺に縋るような表情を向けてきている。それどころか、いつの間にか周りにいた連中も同じような面構えだ。


 もしかして、さっき助けた連中が全員集合しているのか? この状況じゃ、違うとは言いにくい。だが、嘘を言って変な希望を与えるのは違うと思うし……やっぱり、正直に言うしかないか。魔人化した魔女を助けるって任務に支障をきたす訳にもいかないし、こっちはこっちで数千、数万の命が懸かっている。



「悪いが俺は、今回っきりの助っ人だよ。別の任務があって、たまたまアケノモリ防衛局にお邪魔した。今回は君らの窮地を見かねて参戦したが、次回も必ずというワケにはいかない」

「そんな……オレ達を、一回助けたってのに、やっぱり見捨てるってのか!? 今日一日だけで何人死んだって思ってんだよっ、その任務ってやつは今日死んでった奴等より……これから死ぬってオレ達よりも大事なのか!?」



 俺の返答がよほどショックなのか激高する目の前の隊員――少年と言ってもいいだろう、その彼に同意するように周りからも声が上がる。


 おいおい、アケノモリ防衛局はどうなっているんだ。他所から来たヤツに、それもたった一人の男に頼ろうとするとか、クロモリ防衛局じゃあり得ないんだが……その証拠にクラウディアが来た時も厄介者が来たって雰囲気だったぞ。



 防衛局は魔獣の森からの浸食を、そして、森から出て来る魔獣の脅威からヒトを守るって目的で設立された組織だ。


 そりゃあ、ほぼ毎日だれかが死ぬ悲惨な現場だ。しかし、それ故に命を賭けてヒトの為に戦っているという自負と誇りがある。仲間が死んで悲しいのは分かるが……よそ者に戦力を頼るってのは、自分たちの能力を否定する、いわば存在理由の否定につながる。


 そんな発言が出てくること自体が驚きだし、周りもそれに賛同するとは……教育がなっていないのか、それとも上がよほど信頼を損ねるような事をしているのか……どっちにしても、今は俺がどうこう出来る話ではないな。さっき部隊長に釘を刺されたことでもあるし。


 ある程度、事情を話してこの場は切り抜けよう。



「……そうだな、俺にはこれから魔獣の森の調査という任務がある。今日みたいなことが続くか、続かないのかを見極めるための大事な任務だ。それによっては増員なり、装備の増強もありえるだろう。その任務が最優先なんでな、今日みたいに機会が合えば助けることもあるが戦力として数えるのは止めて貰いたい」

「それは……くそっ、アンタ自体は思うところは無いのかよ! 死んでいくオレ達を見捨てて、心が痛まないってんならアンタは救世主でも何でもないっ、血の通ってない悪魔だ、死神だ!」



 えー、救世主ってなんだよ、誰が言い出したんだ? それに、何かと思えば『死神』と来たか……アケノモリ防衛局まで来て、その渾名で呼ばれるとはな。


 しっかし、う~ん、こりゃ酷い。


 後で護衛隊なり伐採隊の部隊長に報告しておかないと……放っておいたら、この防衛局自体がヤバイ方向に行って空中分解しかねないぞ。もしそうなったら、俺達の本来の任務も想定より大分厳しいことになる。それにしてもこの調子じゃ、もう何を話しても無駄だ。とっとと退散することにしよう。


 彼に睨まれる中、俺は空になったトレイを持って立ち上がり、返却棚に向かう。


 その先には、さっき話していたおばちゃんが居て心配そうに此方を見ていたが、アイツらの怒りの行き先にするわけにいかない。目礼だけして食器を返す。


 そして振り返ると……話していた少年を前に、助けたと思われる連中全員が恨めしそうに俺を睨んでいた。こりゃあ、ちょっとお灸を据えてやる必要があるな。



「文句があるなら君らの上司に言え。それが怖くて俺をどうにかしようってんなら――相手になるぞ」



 いい加減にしろという気持ちと、わりと本気の殺意を込めて威圧する。


 すると全員が表情を青褪めさせて、気の弱い者は腰を抜かして倒れた。さらに一歩を踏み出すと、潮が引くように俺から遠ざかる。


 日頃から命を懸けて魔獣を相手にしているだろうに、何なのだこの体たらくは……。


 これは厳重な抗議が必要だなと心の中で溜息を吐きながら、アケノモリ防衛局の未来を憂いた。


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