12話 退散
さて、砦内に逃げ込もうと言ったものの、アケノモリ防衛局の勝手が分からないから、どうしたものか……通常の門は魔獣の襲撃に備えてしまっているだろうし、助けた彼らが言っていた魔獣回収門もどこか分からない。
いや、そもそも、よそ者の俺は、魔獣回収門とやらが現状使えるかも分からないのだ。
彼らと一緒に行動していらたらという思いが頭をよぎったったが、俺に同行していたら間違いなく魔獣に殺されていただろうし、他の防衛局員も助けられなかった。タラレバの妄想は不毛だからやめよう。
それよりは何とか砦に入る方法を見つけないと……流石に船酔いで胃の中を空っぽにした上に、魔獣と連戦を重ねて体力が尽きかけている。まだ、森から魔獣が出て来る気配はあるし、このままでは俺も死人の仲間入りだ。
流石に砦の上まで跳ぶような跳躍力は当然ないし、試したことは無いが、わずかな出っ張りを掴んでのクライミングをやってみるか?
そうやって悪臭漂う中、悩んでいたら上から大きな声が掛かった。
「やあ、随分と暴れたな! しかし、そろそろ帰ってきたらどうかね? この様子じゃ、まだまだ襲撃は続くようだし、いくら君でも力尽きてしまうんじゃないかー!?」
見上げると、ディアナ殿が悪臭を気にすることなく笑顔で手を振っていた。隣にはサレナ殿も居て、こちらは辺り一面に広がる地獄絵図に恐怖を感じているのか凄く表情を青褪めさせている。
そういえば魔獣との戦いが忙しすぎで、すっかり彼女たちの存在を忘れていた。
あそこにいるってことは、無事にアケノモリ防衛局に入れたんだろう。帰還ルートが聞けるって事で、こちらも大声で質問する。
「お気遣い、ありがとうございまーす! 俺も退散したいと思っているのですが、何処から入っていいか分からなくて……開いてる門とか、分かりますかー!?」
「ああ、そういう事か……ちょっと待っていたまえっ。魔法でなんとかする!」
ディアナ殿はそう言うと、痛みを堪えるかの如く表情となり……次の瞬間には俺の立っていた地面が結構な勢いで隆起し、砦の高さくらいまで来たところで急停止。
俺はその勢いで吹っ飛ばされて……ディアナ殿の横に着地した。
「……ありがとうございます、助かりました。もうちょっと、優しくしてくれるとよかったんですが……」
「無事なようでなによりだ。しかし、そう文句を言ってくれるな。例の薬があるとはいえ、魔法の行使は出来るだけ抑えなければならないんだからな。それに、吾輩は彼女たちほど痛みにも慣れていないのでね」
ああ、そうか……クラウディアやオクタヴィアが、表情一つ変えずに魔法を行使するから忘れかけていたが、使うたびに腸閉塞並みの激痛が走るんだっけ。流石に、魔法を使うたびに魔人化の浸食を受けることは、本件の発端なので忘れてはいないが。
本任務の実行にあたり、クロモリ攻略時に使い余った銀色の草花を煎じた薬を持ってきてはいるが、無尽蔵に魔法が使えるわけではない。ミイラ取りがミイラにならないようディアナ殿には魔法の行使を抑えるよう事前に話し合っていたのだが……こんな当たり前の事さえ忘れるとか、脳味噌に栄養が行っていない証拠だな。
「いや、アケノモリ防衛局を救った恩人には不適切な対応だったのかもな。下手をすると任務が始まる前に失敗に終わるところだったのだから」
「いえ……クロモリでは、砦の補修もしながら魔獣と戦っていましたから、この程度のは事は……まあ、日常茶飯事とは言わないですが、年にそれなりの回数はありますので、流石になくなるまではありません。そんな言葉で死んだ仲間は帰ってきませんが、ね」
「か、帰りたい……これが魔獣の森、防衛局……酷すぎる」
えーと、サレナ殿は初めてだったな。魔女の騎士になって間もないと聞いているし、だったらこの地獄絵図に慄くのはしょうがないだろう。俺も初めて防衛局の外に出て魔獣と相対した時は、泣いたし吐いたし漏らした。
寝物語に聞いた英雄譚で語られるような綺麗な戦場なんて何処にも存在しない。
あるのは……いや、自ら望んで魔女の騎士となった彼女に諭す事じゃないか。これから、いくらでも地獄を経験する機会はあるし、乗り越えていって貰わないと。
それはさておき、今後の話をしたい。先ほどの件で防衛局には借りを作れたハズなので、ぜひとも便宜を図って欲しいものだが……。
「それは難しいかもだ。前回、オフェリアが失敗しているからな……今回の調査も無理を言って捩じ込んだことだし、正直なところ歓迎はされていないってことは、此処に来る前に話した通りだ。現在の惨状だって、前の事が原因だと疑われているかもしれん……先ほどの件で、少しは信頼を取り戻せたってところかな」
「そうですか……しかし、少しは改善できたのなら体を張った甲斐がありますよ。とりあえず飯にしませんか? さっきから腹が減ってどうしようもないんで」
「フフ、悪いが、先に防衛局長殿に挨拶に行くべきだな。吾輩もここは初めてなので食堂へ案内できんしな」
悪臭が漂う中、俺が食欲を示したことに、マジかコイツみたいな表情を浮かべたサレナ殿だが、何処でもなんでも食べるってのは戦闘職にとって生き残るための重要な才能だ。なにせ、エネルギー切れで倒れてそのまま魔獣の餌食になった防衛局員を何人も見て来たので間違いない。しかし、そうか……さっきから腹が減りすぎて胃が痛いくらいなんだけどな。
「流石にちょっとした携帯食を食べる時間くらいはある。そして、神魔刀に黒羽衣でよかったかな? それを仕舞いたまえよ。流石に抜き身の刀を持ったまま、防衛局長と話はできないからな」
「承知しました。では、サレナ殿、申し訳ないが俺の荷物から着替えを出して頂けますか? この黒羽衣を脱ぐと、下は裸なもので……」
「裸ですか……はあ、一回一回、難儀ですね……ディアナ様はあっちを向いていてくださいよ? 流石にこの場で筋肉祭りは駄目です」
分かっているよとディアナ殿は言い、言われた通り向こうを向く。
この辺もコイツには改善して貰わないと……一々服を新調するのも大変だ。せめて下着くらいは着用しててもいいようにしてくれないモノかね。




