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エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第一章 クロモリ
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7話 邂逅


 翌日――


 休暇日にもかかわらず、俺と上司は防衛局長室に呼び出されていた。


 恐らくは新任務の任命と魔女殿との顔合わせだろう。部屋の中央辺りに直立不動で上官殿と並び立ち、普段は顔を会わせない小隊長と部隊長が仏頂面で横に並んでいる。奥側には一目で高級とわかる机と椅子が設置されており、普段はそこに座って執務をしているであろう部屋の主を待っていた。


 あの後――魔女が行った暴挙で砦の一部が破損したため、工兵隊が砦の外に出て補修作業を行う必要があった。魔女殿のおかげで視認範囲にあった魔獣は一層されたし、潜んでいた魔獣はあの大爆発で脅威を抱いたと思うが、何せ最も活動的になる満月の夜だ。再び魔獣の増援が現れないとは限らず、俺たち護衛隊は工兵隊の作業が終わる朝まで護衛任務を続けた。


 そして漸く解放されたと思ったら局長室への出頭命令だ。慌ててシャワーを浴び、身なりを整えて出頭、気をつけの態勢で待つこと小一時間……蓄積した疲労は既に限界を超えていたが、気合と根性で眠気を抑えている。


 しかし、あともう小一時間待てと言われたら、立ったまま気絶する自信がある。


 同じ任務をこなした上官殿なんて、意志に反して体が痙攣し始めており、その振動が空気を震わせ伝って来ている(正面を向いているので推測だが)。


 部隊長と小隊長の同情的な視線が唯一の救いだ。ぜひともお咎め無しにして頂きたい。


 そんな益体もないことを考えて眠気を必死に散らしていると、ようやく防衛局長が魔女とその侍従?を伴い、隣室から現れた。


 緊張よりも、やっと現れてくれた事という安堵の雰囲気を出した俺達に、局長は怪訝そうな表情を見せるも机の前に立つ。そのタイミングで部隊長が号令を発し、それに合わせて俺と上官殿が揃って敬礼をする。



「ご苦労、楽にしてくれ」



 じゃあ、もう倒れていいですか? という言葉を飲み下して休めの態勢になると、局長が俺達の新しい任務について話し始めた。


 内容は昨日、上官殿から聞いたものと同じで、魔女を守り、クロモリの深部に赴いて虹色の枝を確保せよとのことだ。


 追加情報としては、任務を遂行するために防衛局の備品はある程度自由に使っていいとのことで、当然といえば当然だが、局長のお墨付きを頂けたのはありがたい。


 しかし、示された期限の3か月は短すぎやしないか……クロモリの深部に潜む魔獣がどれほどのものか分からず、魔女殿の力は昨日見たが全容は不明だ。もし、あんな大規模破壊しかできないのであれば魔獣の殲滅はともかく探索には不向きだろう。まぁ、午後からお互いに接触は自由とのことなので、おいおい情報交換や力量確認をしていけばいいか。


 改めて魔女殿へ視線を向ける。


 昨日は遠く離れていて凛とした女性であるという事しか分からなかったが近くで見るとエライ美人だった。艶やかで長い黒髪を後ろで束ね、意思の強さを表している目の上に細い眉があり、形のよい鼻と小さな口がバランスよく調和している。恐らく、俺がこれまで見た女性の中で最も美しいだろう。こんな場面じゃなければ見惚れていたかもしれない。


 だが、今は新任務の内容を聞いている最中だ。集中しないと。そうこうしている内に局長の話は終盤に差し掛かった。



「――さて、最後にこの場でクラウディア殿からこの者達に言いっておきたいこと、聞いておきたいことはあるかな? 無論、この後で交流を深めて頂くが、この場で確かめておきたいこともあるだろう」

「……では、一つだけ」

 


 黙って局長の話を聞いていた魔女殿が、初めて言葉を発した。


 その凛とした声は昨日初めて見た時と同じく覇気を伴っており、自然と背筋を伸ばさせるような威厳に満ちている。見た目からすると俺の隣に立つ上司と同じくらいの年頃で、二十を超えない娘が局長と同じくらいの威厳を身に纏っているのは、魔女という生来のモノがそうさせるのか、その立場が彼女を鍛え上げたのかはわからない。


 分かるのはこの場で寝ぼけた返答は許されないということだけで、それを一言喋るだけで分からされた。先ほどまでの眠気が綺麗さっぱり吹き飛んだ状態で、魔女殿の言葉を待つ。



「お主らが防衛局で最も優れた護衛者であることは局長殿から聞いている。では、その座に至るために必要だった各々方の欲について聞きたい。常に死と隣り合わせでありながら他人を守る術を磨いた根源の理由を。命を預けるのだからな、お主らの性根を知っておきたいのだ」



 ――これはまたヘビーな面接だ。要は自分の生きる目的を示せと言っているのだ。上官たちが立ち並ぶこの場で。思った通り、下手な返答は命取りな質問だ。


 しかし、これには何と答えたらよいのか。


 護衛隊に配属されてからこの方、魔獣を殺すことに頭がいっぱいで、そんなことを考える暇なんてなかったというのが本音だが……そんな答えをこの場で言う訳にはいかない。この場にいる全員に頭の悪いヤツとして認識されたら防衛局に居場所がなくなるだろう。


 ただ、惰性で生きて来たと言うのも違う気がする。なんの目的も生きがいも無ければ、先に逝った仲間と共に命を失っていたはずだ。俺を生かした『欲』とは何なのか……。


 俺が悩んでいると隣の上司が先に口を開いた。



「自分が生きて此処に至った理由は……出世の為です。ご存知かもしれませんが、防衛局の孤児院出身である私たちには名前がありません。今は単なる消耗品として番号が与えられているだけです。それを覆す下士官の地位が、ヒト個人として認められる名前が欲しい。それを目指すための場所がたまたま護衛隊だった。それだけです」



 その渇望に満ちた声には普段の軽薄な色はない。己が本音を曝け出したことが分かる、明確で、成し遂げる事の強い意思を感じさせるその言葉に涼風を感じたくらいだ。


 横を見ると同じく孤児院の出身だろう小隊長が強く頷いており、上司の言葉は孤児院出身者に共通する夢であり、目標だろう。咄嗟に答えたにしては満点の返答に違いない。


 しかし……右に同じくと、言おうとした俺の口はどうにも開かなかった。代わりに、今までずっと隠していた身勝手で醜く、常軌を逸した俺の欲動が顔を覗かせた。



「自分が護衛隊で生き残れた理由と生きる目的、それは闘争本能を満たすため……簡単に言えば魔獣と殺し合いをするのが楽しいからですよ。己の力と鍛え上げた技で頭を一杯にして、魔獣とギリギリの殺し合うのが面白くて仕方がない。防衛局に来てからずっと、こんな技はどうだ? あんな技はどうだろうって、考えが途切れたことがない。いつだって魔獣をどうやって殺すかが頭の中を占めていて、本能のままに暴れまわっていたら偶々生き残れた。魔獣から仲間を守れているのはその余禄にしか過ぎない。魔獣を殺すことに楽しみを見出せたから俺はずっと最前線にいながら生き残れたし、強くなれた。そしてそんな命を懸けた闘争こそに生きがいを感じている。それが俺と言う存在です」



 俺の言葉に部屋の中の誰もが硬直するなか、目の前の魔女だけがニタリと嗤った。



「なるほど成程、実に興味深い。局長殿、感謝するぞ、実に良い人材を紹介してくれた。とても己が欲求に正直で、私好みだ」



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