8話 到着
さて、唐突に始まった魔女の宴――もとい、筋肉鑑賞祭りであるが、そこに本日分のノルマを終わらせたクラウディアとオクタヴィア、更にはエミリア殿や葛城姉妹、気絶から醒めたサレナ殿も参入して、乱痴気騒ぎに発展した。
あれだなー、女三人寄れば姦しいというが、ちょっと嘘があるな。いくら綺麗で美しくて知性的な女性であろうとも、男子の裸と場の勢いがあれば、おっさん化するのである(おばさん化ではない)。
お触り禁止だっつーのに、べたべた触って来るわ、フンドシに手を掛けて脱がそうとするわ、自分も脱ごうとするわで、もう滅茶苦茶だ。葛城姉妹なんて興奮しすぎて尻尾まで生やし、手拍子に合わせてびったんびったん床を叩いていたし。
これが伝説に聞く、女学院のノリというヤツだろうか? 飲み物にアルコールは入ってなかったハズなんだけどなぁ……。
もう、二度と恋人以外の前では脱がないと誓った次第である。実際、騒ぎを聞きつけて止めに入ってくれた五芒星や六芒星の魔女が居なければ、どうなっていたやら。
首謀者であったディアナ殿や俺はしこたま怒られて、それ以外の皆は厳しいのペナルティを貰ったらしいが……まぁ、自業自得だ。なお、俺達だけ刑が軽いのはお触り代である。察して欲しい。
そんなワケで、ワルプルギスの夜は過ぎ去り、短時間ながら結構打ち解けることが出来た。
魔人化したエレメントを元に戻すという前代未聞の高難易度任務を前に、激励の場を設けてくれた……う~ん、まあ、そう考えた方がいいだろう! 俺は随分とキビシイ思いをしたが、皆の士気が上がったのであれば本望だ。
なるほど管理職ってやつは大変だなと、最近、上官殿を思い出す日が多い。
夜が明けて、翌日はアケノモリ防衛局に向けて移動する日だ。
皆が揃って見送りに来てくれたが、『浮気したら殺しに行く。勝手に死んだら国ごと消し飛ばす』という、クラウディアの言葉は激励だったのか脅しだったのか……。
既にこの身は自分一人のモノではないのだと知って、身が引き締まる思いだ。
移動中については特に記録することはない。魔女の島へ行く時と同じくゲロ祭りである。もう、船尾に専用席を作って貰ってもいいかもしれない。
因みに前回は言葉で礼を告げるだけで終わらせてしまったが、今回はちゃんと御礼の品を船長と副船長に渡した。孤児院仕込みの手作りクッキーであり、ワルプルギスの夜が終わった後の短い時間に厨房を借りて作った。
この前も、そして、今回もお世話になるのだから、機会があるときにちゃんと礼はしておきたい。なにせ、任務に失敗して死んだら二度と会えないので。
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そんなこんなで、ほぼ二日間の船旅を終えて俺達はアケノモリ防衛局に到着した。
船長さんと副船長さんに礼を言って地面に降りると、ようやく生き返った感じがする。前回と違って酔い止め薬を服用したから、ちょっとはマシだったが、できたらもう二度とアレには乗りたくない……無理な願いか。
笑顔で去っていく彼らを手を振って見送り、改めてアケノモリ防衛局の全容を眺める。
……本当にどこも同じなんだな。
砦の造りはクロモリ防衛局とそう変わらない。高い外壁も、修理に修理を重ねた跡も……魔獣や防衛局員の流した血が、拭いきれずに付着しているのも全く同じだ。
そして、ああ、この遠くから聞こえて来る悲鳴は、隊員が魔獣に傷つけられた事によるものか、死に際の断末魔か…………いつ聞いたって不快で、悲しくて、何とかしたくなる。
「ディアナ殿、ちょいと加勢に出向いてよろしいか? ここ数日、戦っていないので体が猛っておりまして……暴れたくてしょうがないのです。何よりも元防衛局員としてあの悲鳴は放っておけない」
「気持ちは分かるが……船酔の影響は大丈夫なのか? 少なくとも、サレナは無理そうだ。吾輩もエレメントの魔女として、勝手にこの地で暴れるわけにはいかんから加勢出来ぬが……」
「はは、ご心配召されるな。陸に降りれば酔いなんてすぐ醒めますし……アイツらへの闘志が、そんな甘えを許さない」
再びあの黒い森を見た時から俺の心拍数は勝手に上がっていって戦闘態勢に移行している。それに、防衛局員の悲鳴を聞いた今、堪えろと言われたら爆発してしまいそうなほど、体の中に秘めた圧力が上昇しているのだ。
「……まったく報告書通りだな、君の今までの上司はよく手綱を取れたものだよ。わかった、行ってきたまえ! 上への説明はしておくから、堂々と元同僚を救ってくるんだ」
「感謝します……では、ルート・トワイス、これより出撃します」
力強く頷くディアナ殿と、未だ船酔の影響が抜けずに地に伏しているサレナ殿に頭を下げた後、悲鳴が聞こえる方向へと疾く走る。
間に合うのか、間に合わないかは時の運だ。あの時の新人は賭けに負けた。しかし、今回は間に合った。
血を流して地に伏している隊員へ向けて今にも飛びかかろうとしていたアギトに対し、走りながら拾った石を投げると、久々にしては狙い通り石は飛んで行ってアギトを撃ち落とした。
驚いている防衛局員から誰何の声を聞いた気がするが、今はそれどころではないだろう。再び飛びかかろうとしていたアギトを今度は黒木刀でもって叩き斬る。
さぁて死神が戻ってきましたよ、魔獣の皆さん。防衛局の仲間を痛めつけてくれた分、同じ痛みを、そして、死という恐怖に怯えてもらおうか!
口に広がる苦みを噛みしめながら、俺は目の前のアギトとゲキドの群れに突っ込んでいった。




