7話 歓談
「じゃあ、貴方はこの任務が終わるまで、私の奴隷でいいですよね?」
「ダメに決まっているでしょう! なんで、そんな話に行きつくんですか!?」
「私のご主人様になってくれないなら、奴隷にするしかないじゃないですか!」
「…………ディアナ殿、このヒト一発殴っていいですか?」
「ああ、是非そうしてやりたまえ。あれだ、犬と同じだよ、力関係を教え込めば従順になる」
冗談で言ったのに、真面目に返された。慣れている感じが凄い。苦労しているんだろうなぁ……。
再び妙な妄想を連爆し始めたサレナ殿の頭を黒木刀で少し強めにどつく。
これは暴力ではない、躾だ! それに下手に誤解されるとクラウディアによって消される可能性が出て来たからな。これは彼女の為でもあるのだ。
残念ながらサレナ殿は黒木刀の一撃で気絶してしまったが、静かになったので話を続けるには丁度いい。
「まあ、許してやってくれ。同年代かそれに近い男と話すことに慣れていないんだ。この本部に居るのは全て女だし、本部に出入りしたり、派遣先の各地で相対するのも歳の行った御仁が多いのでな。舞い上がっているのだよ」
「……出先でこれは不味くないですか? エミリア殿かそれ以上に厄介な気がするんですが……」
自分の被虐妄想を永遠と語る女と、ショタ嗜好を隠そうとしない女。
どっちも対外的に、いやヒトとして失格な気がする。なんでこれが政治的にも地位が高い、魔女の騎士という立場にあるのか全く分からないぞ。
「これで、猫を被るのは上手いんだ……はしゃいでいるのだよ。サレナが初対面からこんなに己を曝け出すなんて初めてだ。気に入られたのではないかな? エミリアも相当君を気に入っているようだし……結構な人誑しだな君は」
えー……あれって気に入ったヒトに対する自己の暴露なのか? 確かにあれもこれも、他人にバレたらヤバイやつだけどさ、曝け出す相手を間違っているだろ。俺は単なる戦闘バカだぜ。
例えばアレだ。エミリア殿なんて早いところ亡き者にすべく、男子孤児の守護者とかの名目で防衛局に送るのがいいのかもしれないとか本気で考えていたのだ。
彼女としても、可愛いかどうかは別として幼い子供は沢山いるから文句は言わないだろう。魔獣から命を守ってくれる見た目が清楚で綺麗で強いお姉さんに惚れこむヤツもいるだろうしな。孤児は孤児で歳を経る毎にどんどん死んでいくけど、それに負けないくらい毎年生まれて来るし……10歳以下の逆ハーレムを実現するとか言っていたから、丁度いいような気がしてきた。
あれ? いや、マジで需要と供給がイイ感じで成り立っているな………………うん、自分で考えといてなんだけどヤバイわ、この話。エミリア殿には感づかれないように封印しないとな。自らの想像力に感謝だ。防衛局に新たな地獄を造ってしまうところだったぜ。
「どうした、顔色が悪いが……先ほどの父親の話を思い出してしまったのか?」
「いえ、完全に別件ですよ。先ほどの父親の事は……任務とは切り分けますのでご安心ください。割り切る事は防衛局で生きる為の必須技能ですから」
「まったく……十代の男の子にしては達観しているな。育った環境がそうさせるのかもだが、もっと大人を頼ってくれていい」
お、おお、凄いぞ。本物の大人だ……今までの上司が走馬燈のように頭を巡ったが、歴代1位の良識人かもしれない。これは是非とも期待に応えねば!
「ご配慮有難く……必ずやオフェリア殿を元に戻せるよう、尽力します!」
「うん……そうだな、彼女とはもっと話しておけばと後悔が尽きないよ。エレメントという重責にかまけてないがしろにしていたというか、彼女一人に調整役を任せていたのが不味かったな……私もそうだが、クラウディア殿もオクタヴィア殿も我が強い面々だ。どれだけの心労があったのやら……」
彼女の事はまだ多くを知らないが、クラウディアやオクタヴィアほどで破天荒では無いだろう。それはこれまでの会話で全く変なところがないことから伺える。
「はは、人間誰もが一癖、二癖あるものさ。ここは懇親の場だから、吾輩も少し恥を晒すとだな……筋肉好きの面があるのだよ。サイドチェストとかモストマスキュラーなどの単語を聞いたことがないかね?」
「ああ……ボディビルの有名なポーズでしたっけ?」
「そう、それだよ! 鍛え上げた肉体美を競う神聖な競技だっ! 美しくも迫力ある筋肉は正に芸術で、どんな宝石よりも私の目には魅力的に映るのだ。魔女の騎士の中では特にエミリアなど実に理想的な肉体を持っている! しかし、ここのところ女性の筋肉は見飽きている感があってね。よければ、君の筋肉を見せて欲しいのだが……ダメかな?」
……あっれー、なんか変な方向に話が進みそうになっているぞぅ。いやいや、アイツらの欲求に比べたら可愛いモノじゃないか。えーと腕をまくり上げて、力こぶを造れば満足するか?
俺の体はボディビルダーほど筋肉がついているわけではない。破壊力という点では良いのだが、何せ慣性の法則から質量が大きいほど初速が遅くなったり、減速がし難くなったりで咄嗟の行動に支障をきたす。それは、俊敏な魔獣相手に命取りだ。耐久面においても、幾らヒトの骨格に筋肉を積んでも、鉄板を易々と切り裂くような相手には無意味だしな。
そんなワケで、俺の体は魔獣を殺しきる力と瞬発力を兼ね備えたバランス型となっている。これは筋肉好きにとって、よいモノなのなのだろうか?
「お、おおお、す、素晴らしい、なんて美しいんだ……こんな機能美に溢れた筋肉は見たことがないよ! 外から見ただけでも分かる、この筋密度はどうだ……まさに芸術品。もっと、もっと見たいぞ!! さぁ、脱いでくれ、そんな君の美を覆い隠す蛹は脱ぎ捨てて、本来の姿を見せるんだ!」
あ、駄目だコレ……彼女のアレなスイッチを押しちゃったぞ。
しかし、う~ん。これから苦楽を共にする上司と出来るだけ親交を深めておきたいし……触られなければ、大丈夫か? あと、下着は絶対に脱がないからな!?
「はっはっは、当然じゃないか。芸術品に触れるなど! ……いや、やっぱり触りたいな。見て触って舐めて堪能し尽くすのが筋肉への礼儀というか、必然というか……吾輩の体も触っていいから……駄目!? あっ、そう」
なんかもう逃げたくなったが、ええい、ここまで来たら覚悟を決めよう。
ヨグの村からずっと着ていた袴を脱ぎ捨て、フンドシ一丁の姿になると、サービスとばかりにサイドトライセップスのポーズをとってみる。防衛局でいつしか隠し芸をやった時の再現だ。あの時も上官殿と並んで、女性隊員にはウケてた記憶があるが、果たして如何なものか。
「YaFoo! コイツはグレイトだぜェ!! 次、次はどうなんだっ、なんでもいいぞぅ! あと是非ともダブルバイセップスは入れて欲しい。無論、サイドチェストもだ、アブドミナルアンドサイは必須だぞ! やったぁ、この世の春が来たァー!!!」
しまった。完全に止め時を失った。これからどれくらい付き合わされるんだろう。
あとやっぱり、魔女ってやつは変人しかいないみたいだ。日頃のストレスが溜まっているのかもしれないが……オフェリア殿は、このヒト達にずっと振り回されてきたというのなら、同情するしかない。そりゃ魔人化も進むわ。
――こんな感じで、魔女の島の一日は過ぎて行った。
休む暇が無いというか、本当に退屈しない日々が待っているとは誰が予見できただろうか。それも変な意味で。
明日は明日で、またもゲロ祭りが待っているんだよなぁ。




