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エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第三章 アケノモリ
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5話 烙印


「報告書を見て娯楽小説風に作ったのかと……今日、彼の顔を見てその半分の実力もあればと思ったが、まさか報告書通りの実力とは……分かるわけないじゃないか!」

「怖い……あの顔、やはり…………あの地獄を生き残って怪物に育ってしまったのか、何たる事だ」



 高位の魔女二人は、なんか自分の殻の中に籠ってしまった。まだ宴会芸しか見せてないんだが、精神的に脆過ぎないか? こんなんだったら大変な事件とやらの方を先に聞いておくべきだったな。時間が経つほど事件は被害を拡大して解決が難しくなるのが常だ。


 俺に怯え切っている魔女の騎士たちには避けられるし、一体どうしたものか……。



「申し訳ありませぬ。事件については後程、吾輩から説明させて頂く。魔女の騎士たちは後片付けをした後、解散しろ。貴様たちの為に身体を張って気絶してしまったアリエルも丁重に運ぶのだぞ」



 ほとほと困り果てていると、別の場所から声が掛かった。


 その姿や声には覚えがある。俺達が防衛局に虹色の枝を持って帰った後、それを回収に来たもう一人の四精霊の魔女(エレメント)だ。



「ディアナではないか。姿を見せぬと思ったらどこに行っていた? そういえばオフェリアの姿が見えぬが……」

「彼女が最も魔人化が進んでいましたから、まだ臥せっているのではなくて? あそこまで進行していたなら戻すにも違和感が凄いかと。それにしてもエレメントが全員揃うなど、ここ十年はなかった事ですが、理由がありますからね……流石にわたくしも、あのような事態になるとは想定外でした。枝の管理者として責任を取って現場に赴いている間、代理を務めて頂いた事に御礼申し上げますわ」

「半月ぶりと言ったところですかな。もっと早く戻ってくると思っておりましたが……事情はエミリアの報告書を読んだので把握しております。虹色の枝を確保した報酬とは別に、お二人とも謹慎処分、そして各所からの苦情処理をして頂きますよ。これは月の巫女様の決定事項です」

「ああ、やはりか。もしやと思っておったが……降格とならず、謹慎で済んだだけマシか」

「き、聞きたくありませんでしたわ」

「それだけではありません。そこな新入り二人の教育係も担当して頂く。当分の間、休暇は無きものと考えて頂きたい!」

「お、おおぅ」

「仕方ありませんわね……」



 なんだか俺と葛城姉妹を置いて話が弾んでいるな。あとやっぱり決闘で戦術級魔法を使ったのは処罰対象だったか。双方がエレメントという強大な力を持つ魔女で、相応の責任が求められる立場だもんな。お咎め無しとはいくまいよ。


 まあ、俺にも責任の一端があってタダでは済まないと思っているが、何を課せられるやら。



「察しが良くて助かります。ですがその話は場所を移して行いたく……テミス様、ヘカテ様、いつまで呆けているのです、そんな体たらくでは下の者に示しがつきませぬぞ!」



 魔女としての実力はどうか分からないが、どうやらこのヒトが実質的な取り仕切り役のようだ。指示に淀みが無いし、委員長的な――出来る上官的な気質を感じるぞ。


 ようやくまともに話が出来そうなヒトと会えて、俺はとても嬉しい。こういうヒトは上官殿と同じく胃を痛めるタイプだから、出来るだけ気を使って労わってあげないとな……俺とて、いつまでも上官殺しではいられない。


 そんなワケで、俺達は揃って六芒星の魔女の居室へ行くことになった。そこが一番広くて機密性も高い部屋だそうなので。


 部屋の主であるヘカテ殿は嫌な顔をしたが……俺ってそこまで嫌われるような事をしたかな?




---




「単刀直入に言おう。魔人化が進んでいた第四席のエレメント、オフェリアが完全に魔人と化して脱走した。彼女を見つけ次第、処分する。幸い、まだ被害は出ていないが大変深刻な事態だ」

「馬鹿な! エレメントの一角が魔人化だとっ、なぜそんな事態になった!?」

わたくしたちは、満月という期日までに余裕を持って虹色の枝を確保したのです。効力も十分で、彼女が魔人化するなんて信じられません!」



 全員が座れる円卓に就いた後、ディアナ殿から告げられた事態は、想像を超えて深刻だった。


 見習いの立場で重要会議に出席していいモノか分からなかったが、クラウディアに一緒に居ろと言われ、葛城姉妹もついでに同席しているが……これは漏らしたら消される情報だな。


 それにしても、えらいこっちゃ……たしか魔人化した魔女って、魔法の行使に痛みを感じず無制限に使える状態でありながら、頭が破壊衝動に支配されているという、ヒトの形をした厄災……だったはずだ。結構前に一回しか聞いたことが無いから曖昧な記憶情報だが。



「つまり、私達の魔の浸食と同じね。この身が全て竜となれば……そうね、四方八方、間違いなく焼け野原になるでしょうね」

「わたしのばあい、見初めた雄とむげんに●●●するだけかも。いえすむがいにんてい。あ、搾取しすぎて雄がしんじゃうかな?」



 あのなぁ……カエデはともかく、キキョウは黙ってくれるかな? 今は真面目な話をしているんだ。



「いや、まだ被害が出ていないという事が、そして、オフェリアの浸食速度が予想以上に早かった理由が、まさにそれ――魔女の精神性に関係するんだ。此処からはその道のエキスパートである、テミス様に説明してもらう」 

「うむ、先ほどは情けない姿を見せて申し訳ない。私が常日頃から研究しているテーマの一つに、魔法による魔女の変質があってな、ディアナから説明を引き継ごう」



 なるほど、彼女は研究者気質なのか。確かに好奇心が強そうだったから頷ける話ではあるが……眼鏡をその豊満な胸の谷間から出すのは有りなんですか、先生ーッ!? くそっ、厚いローブを着ているのに胸の処だけあきらさまな改造がしてあって、意識して目を向けないようにしていたのに……やられたぜ!



「ゴホンッ……さて、まず魔人化した魔女には個体差がある事を教えておこう。その多くは、倫理観と理性の喪失、そして今まで魔法を使う事によって受けていた痛み、魔法を自由に使えなかった事の抑圧から解放され、無制限に魔法を使う厄災となるのだが……オフェリアは違った。元々が責任感の強い子でね、君達が赴いたクロモリとは別の魔獣の森、アケノモリの攻略に赴き……虹色の枝の確保に失敗した事を強く悔やんでいたのだ」



 それは……ヨグの村の村長が所属していたという防衛局、もう一つの魔獣の森か!


 そこへオフェリア殿は赴いて失敗したと……てっきり別の国の魔獣の森へ向かったんだと思っていたが、同じ国内の魔獣の森に来ていたとはな。



「ん? その辺りの事はオクタヴィアから聞いていると思ったが……流石に魔獣の森――新魔獣ドラゴンはこの星のマントルエネルギーを吸い上げて成長するくらいは聞いているだろう? すなわち龍脈と呼ばれている地層が入り込んで地震がよく起こる場所――君の国だな。そこには大きく成長して虹色の枝を持つに至るドラゴンが発生しやすいのだ。つまり、君の国が最も多くの魔獣の森を抱えているワケで、だからこそ万が一に備えてエレメントの筆頭を常駐させているんだよ」

「はー……いや、そういう理由が……すっごい事を聞いちゃいました。漏らしたら……やばいですね」



 そういえばニエモリの頭脳体――玄武も似たようなイメージを送ってきていたな。あの出島はマントルエネルギーを吸えないから住みにくいって。光合成だけで何とかやり繰りしてたのに、魔獣を殺されまくって敵わんとかなんとか……。


 いや、今はその話が主じゃないな。魔人化したオフェリア殿の話を聞かないと。



「うん、とにかくオフェリアはアケノモリで枝の確保に失敗し、退却した。かなり魔獣に苦戦したようで、この島に辿り着いた時点であと一月という所まで浸食が進んでいた。けれど、次の新月までは確実に持つハズだったんだ! 責任感が強いオフェリアは自分を責めた。枝の消失原因となった馬鹿女の監督をしていたのもオフェリアだったしね……その自責の念が、枝の効力を打ち消すほど侵食を促進して……つい先日だよ、アイツが魔人と化して脱走したのは。恐らくはアケノモリへ向かったんだろう。もうそれが何で必要かも分からず、妄執だけがある」



 精神の在り方が侵食具合を早めるか……葛城姉妹の自己浸食を見て来た俺としては、その説を否定する気にはなれないな。感情を高ぶらせて尻尾を生やした時には吃驚したものだ。



「さて、状況は分かったかな? ただでさえ強大な力を持つエレメント階級の魔女が、魔人と化したのだ。さらに其処へ虹色の枝が加わったらどれほどの厄災になるか、想像もつかない。そんなワケで早急な『処分』が必要なのだ」

「馬鹿な……オフェリアを殺すなどと! あれはいいヤツなんだぞっ、気配りも、責任感も……我ら決して仲が良いとは言えぬエレメントを、繋ぐ役割を進んで担ってきたのだっ、その女を殺すなどと!」

「ええ……あの方は、(わたくし)達のいわば要石……なくすには惜しい方ですわ」

「だが、放っては置けまい? 今回の件、秘密裏に、それも早急に事を運ぶ必要がある。前回の虹色の枝消失事件と合わせて、今回の事件が表ざたとなれば、我らワルプルギス機関の権威喪失は免れない。世界のパワーバランスが崩れ、大きな混乱が生じるだろう。そのような事態になる前に、早急に抹殺せねばならんのだ!」



 論争は五芒星ペンタグラムの魔女の強い口調で一端静かになった。


 事態は下手をすればワルプルギス機関の存亡にも影響するような大事だ。確かに狂った魔女は抹殺というのが最も手っ取り早いのだろう。


 しかし、防衛局で多くの死を看取ってきた身としては、確認しておかなければならない事がある。助けられる命は助けるべきだ。いや、せっかく防衛局を退職して自由になったってのに……上官殿、貴方に再び向き合うってハードルは結構、高いですよ? もちろん逃げるつもりはありませんがね。


 俺は手を上げて、この場にいる誰もが注目する中、発言する。



「魔人化した魔女を戻す方法はないのですか? 虹色の枝の欠片を飲み込めば、魔女としての力を失うと聞いています。魔人化した魔女にどれほどの効力があるかは分かりませんが、元の状態に戻せませんか?」

「……たしかに可能性はある。しかし、未だ誰も試したことが無く……当たり前だが、無限に魔法を使える魔女に虹色の欠片を飲み込ませる事なんて誰が出来る? しかも今回の相手はエレメント階位の魔女だ。不可能と言って良いだろう」

「しかしそれは貴方達、魔女に限った事でしょう。俺なら……行けるかもしれない」



 そんな俺の言葉にテミス殿は難色を示したが、勝算が無ければこんな発言はしない。生身の俺だけだったら厳しいが、俺には神魔刀がある。黒羽衣で魔法を何処まで無効化できるか分からないが、試してみる価値はある。


 ぶっちゃけリミッター解除した魔女と戦う事が出来る機会なんてそうそうないだろうし……オフェリア殿を救えば、クラウディアとオクタヴィアが悲しまないというのなら、やらない理由はない。



「可能性があるのは分かった。しかし、それがどれほど難しい事か分かっているのか? エレメント階位の魔女が、無制限に魔法を使うというコトの恐ろしさを!? オクタヴィアと引き分けたと言うが、恐らくはその比ではないぞ」



 テミス殿は俺の対案に納得できないようだ。しかし、それまで沈黙を守っていた六芒星ヘキサグラムの魔女、ヘカテ殿が口を開いた。



「問題ないよ、彼はやり遂げるさ……なにせ、かつては死神と呼ばれた男の息子だ。報告書によれば、恐らく実力はヤツ以上だ。その上、神魔刀という常識では在りえざる武器も持つのだ。なんの心配もない」



 なんか、また知らないパワーワードが出て来たな……死神と呼ばれた男? それは俺じゃなくて……息子だと? 待て、もしかして、このヒトは俺の父親を知っているってのか!?


 俺を、捨てた……親を!!



「誰だそれはっ! そいつは一体どこにいる!? お願いだっ、教えてくれ!!」



 恐らくはこれまでの生涯で最も強い激情。


 知らぬ間に、瞳は限界まで見開き、歯の根は合わずにがちがちと音を立てている。手には笑ってしまうくらいの汗が滲み、心臓の鼓動は戦闘時のそれに迫って、頭の中は真っ白だ。


 孤児、捨て子、要らない子供!


 どれだけ時間が経とうとも、偉くなって誤魔化そうとも、その呪いは一生ついて回る負い目であり、烙印だ。その烙印を押したヤツは一体どこに居るんだ!!



「さてな、今、ヤツが何処にいるか私にも分からん……しかし、君がこの任務を成し遂げた暁には、魔女の情報網を使って探してあげるよ。なに、直ぐに見つかるさ。あの男は目立つからな」



 そんなすげない言葉に、走り寄って胸倉を掴み上げたい衝動に駆られたが、寸前で堪えた。自分でも噛みしめた歯がぎりぎりと鳴っているのが分かる。


 だが、ここは我慢だ。彼女は任務を達成したら、俺の親を探してくれると言っている。俺一人では絶対に無理な事をやってくれると言っているのだ! だから……クソッ、約束を違えたら八つ裂きでは済まさんからな!?


 深呼吸をして、心を無理やりに落ち着けさせる。


 誰もが俺を心配そうに、又は恐怖で慄く中、どうしても我慢できずに一つだけ言葉にしてしまった。



「俺の男親、そいつは一言でいえば、どんなヤツなんでしょう? それだけは、どうか教えて頂きたい」

「…………そいつは死神の他に、こう呼ばれている『魔獣喰らい』と。今は……それだけに留めよう。今の君は冷静さを欠いている。頭が冷えたら別の機会に……そうだな、君が任務を終えて戻ってきたら私の知ることを教えよう」

「その言葉、しかと記憶した。約束を違えたら……覚悟することだ」



 流石に此処まで頭に血が上った男が居ては会議を続けられないだろう。俺は深く腰を折って非礼を詫び、頭を冷やしてきますと断って部屋から退出した。


 そして、出た直ぐの廊下の壁にもたれ掛かり、腰を下ろして、天を仰ぐ。



 ああ、なんてこった。


 防衛局を出て、とうの昔に忘れ去っていた願望を叶える機会が巡って来るなんて……本当に俺は運がいい。最上位の魔女と話す機会なんて、防衛局で任務をこなすだけだったら一生、縁がなかっただろう。


 待っていろよ。アンタには聞きたいコト、話したいことが山ほどあるんだ。どうかそれまで……お願いだから、生きていてくれ。


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