4話 洗礼(下)
その後、車から荷物を降ろし、クラウディア達の居室や、葛城姉妹に用意されたゲストルームに向かう暇もなく、高位の魔女達の案内を受けて宮殿内を移動している。
大変な事件とか口走っていたから、そちらが最優先なのは分かるが……その前に彼女らの騎士たちと戦えってのは何なのか? 歓迎会にしてはえらく過激で、嫌な予感の警鐘が鳴り響いている。
それにしても……宮殿の外装も凄かったが内装も凄まじい。細かい意匠が至る所に施されており、華美ながらも過剰にならないくらいのギリギリのところを攻めている感じにセンスを感じる。
俺みたいな無骨な人間には武器の良し悪しくらいしか分からないが、このレベルにまでなると感心せざるを得ない。どうやら魔女の島はよき職人、よき人材を抱えているようだ。
「はは、余裕だね。戦うと聞いて萎縮すると思ったが……魔女の騎士――エミリアやマルローネと戦場を共にしてそれとは、よほど腕に自信があるらしい。エミリア、君も狂戦士君と戦ってみるかね?」
「……お戯れを。私如きでは彼に何かをする前に斃れるでしょう。正直、腕試しという戯れじみた状況でなければ、命を賭して止めておりました。例え魔女の騎士、総出であっても彼に打ち勝つイメージが浮かびません」
「それは……君ほどの騎士に、そこまで言わせるのか! それほどまでに彼の力は卓越していると?」
「なんだ、報告書を読んでおらぬのか? こやつ、神魔獣ドラゴンと真正面からやり合う戦闘馬鹿だぞ。ルートが本気を出したら、1分かからず魔女の騎士なんぞ全滅よ」
「いやちょっと待て! ……あれは誇張された話ではなく、本当の話なのか!?」
「準公文章とされる報告書に、嘘を書く理由はありません。戦術級以上の魔法を封じた上ですが、私との決闘でも引き分けたのです。魔女の騎士どころか、プロフェッサー階位の魔女であっても容易に下すでしょう」
「う、嘘だろう……」
此処まで持ち上げてくれると面映いが、言っている事は事実だ。なんでもありという状況であれば、例えエミリア殿が十人に分身して掛かってきても負けることはないだろう。
しかし、これから行う試合はどんなルールが課せられるか分からない。俺の戦闘技術は対魔獣を想定しているので、対人戦ではやりすぎて反則負けになってしまうかもしれないし、もし、技の綺麗さを競えっていうのなら勝ち目はない。
俺の戦闘技術は意地汚く生き残るためのもので、洗礼された舞踊ではないのだから。
「テミス、この程度の事で慄くな。高位魔女の従者となるべく幼き頃から研鑽を重ねた者どもが猛っておるのだ。憧れの地位をぽっと出の、何処の馬の骨ともわからぬ男如きにかっ攫われそうになっておるのだからな、彼奴等の意を汲んでやれ。たとえその結果が惨敗になろうともな」
「……そうですね、失礼しました。例え負けるにしても、非殺傷の武器で存分に打ち合えば、彼女らの気も収まるでしょう」
「あの、お言葉ですが……俺、木刀でもゲキドくらいの魔獣なら簡単に真っ二つに出来るんですけど」
「「…………嘘だろう!?」」
う~ん、こりゃまいったな。
五芒星、六芒星の魔女が共に報告書を嘘と断じてるとか……素手でやるしかないか? それだと実戦から離れすぎていて腕試しにならないと思うし……だけど、まだ相手もどんなだか分からない。なるようになるか。
---
案内された場所は広く開けた中庭の、修練場と思われる場所だった。
そこには十数人の色違いの服を着た女性が集まっており――黒っぽい服を着ている数人が魔女の騎士で、それ以外の黄緑色っぽい服を着ているのが従者候補なのだろう。明らかに纏っている雰囲気や、袖から露出している腕の筋肉の付き方が違う。
しかし、いずれも俺に対する敵愾心は同じだ。全員が全員、強く睨みつけてきている。
気持ちは分かる。分かるが……俺も生半可な気持ちでこの場にいるのではない。
好きになった女の側に居たいし、出来る事なら支えてやりたいのだ。それは、魔獣と戦う以外に興味が無かった俺にとって、初めての己の裡から出て来た欲で、大切にしたいという想いがある。ヒトの恋路を邪魔するというのなら、俺という名の馬に蹴られて地獄に落ちてもらう。
俺が負けじと、僅かに殺意を込めて睨み返すと……魔女の騎士と思わしき女性達は耐えたが、候補者と目される人達の多くが、恐れ慄いて倒れこんでしまった。
ちょっと待った。この程度で腰を抜かすとか……貧弱過ぎないか?
「あ、こら! 前に私が言った事を忘れたの? アンタと普通の人とはだいぶ感覚がズレてるって。アンタ、ライオンどころか大型魔獣を超える戦闘力があるんだから、加減してあげないと駄目じゃない!」
「かわいそう……ひどいことしちゃダメ」
葛城姉妹に怒られてしまった。
そうかー……これくらいでもダメか。この調子じゃ、実戦を経てない子も居たんじゃないかな。でも、実戦を経てなくて俺に挑もうなんて、無謀を通り過ぎて単なる馬鹿だぞ。
彼女らの思惑が何であれ、俺は戦闘に関しては真摯でいたいのだ。そこに手加減が入る余地はなく、その根底には俺が育ってきた防衛局という環境がある。
俺は自らの意思でヒトを殺したことはないが、仲間を看取る、そして、介錯した事は数えきれないほどあるのだ。
何せ魔獣はヒトを綺麗に殺してくれない。
四肢を嚙み砕く。頭を齧り取る。糞の詰まったハラワタを食い荒らす。内臓を食い破って胆汁臭をまき散らす。汚れた血と黄色い脂肪とそれらが混じった肉片と、あらゆる汚物が散乱する地獄の中で、何で生きているんだって状態の仲間に懇願されて俺は……数えきれないくらい止めを刺してきた。
多くの上司の胃を壊して病院送りにしたことから死神と呼ばれることもあるが、それは揶揄いや冗談の類だ。本当の……俺が死神と呼ばれた由縁は、仲間の葬送を誰よりも多く行ってきたことから綽名された。
これまで必死で生きて来た仲間を、せめて最期は苦痛なく送ってやりたくて……誇りを守ってやりたくて殺した。だから、その二つ名自体は嫌っていない、死神の名を揶揄われるのが嫌なだけだ。
俺の戦闘技術は仲間を守り、そして葬送するためにある。だから、それを単なる力試しや見世物にしたいというのなら、相応の覚悟を持ってもらわねば。いや……勿論、魔獣と殺し合って生きることを実感したいという狂った想いが一番にあるのだが、それだと尚更手加減が入る余地はないな。
「さて、テミス殿、ヘカテ殿、あそこに立っている女性達を叩きのめせばよいのですかな? 多少、手心は加えるが、腕の一本、足の一本は覚悟して頂く。なに、俺達が回収した虹色の枝、その波動があれば新しい四肢が生えてくることは自らの体で確かめてある。命の保証はするが……それ以外は諦めて頂く」
「ま、まて! 君は、年若き乙女にそのような無体な真似をするというのか!?」
「……これは異なことを、戦場では男女関係ありません。現に今も防衛局では、男女関係なく年若き命が惨たらしく魔獣に喰われ、散っているのです。理不尽は戦場の常……どのような形であれ、試合は遊びではない!」
俺の怒鳴り声を聞いて、五芒星の魔女も六芒星の魔女も一歩足を退いた。
その顔は青ざめており……威厳は彼女らの方が上だが、胆力という意味ではクラウディアやオクタヴィアの方が遥かに勝っている。
もしかしたら事務方や研究職で、戦闘には慣れていないのかもしれないな。まあ、組織のお偉いさんに必要なのは知識と政治力だもんな。お偉いさんなのにバトルマニアなクラウディアやオクタヴィアの方が変なのかもしれない。
さて、それは置いてどうしたものか……高位の魔女二人は慄いているだけで動けないし、エレメントの二人は我関せずという態度で、それはエミリア殿も葛城姉妹も同じだ。
このまま、あそこで棒立ちになっている魔女の騎士たちを叩きのめしてもいいが、それだといらぬ軋轢を生むだろう。さすがに、来たばっかりで就職する職場の雰囲気を悪化させるのは嫌だ。
そう思っていたら魔女の騎士の一団から、一人の黄緑色っぽい服を着た女性が進み出た。
見た顔だと思ったらアリエル殿だった。
帽子と黒い執事服を脱ぐとこんなにも印象が変わるものか。先ほどのエレガントな雰囲気は何処にもなく……恐れと緊張と、強い闘志を漲らせて木刀を手にして俺へ向ける。
「先ほどは失礼しました。戦う気になった貴方がこれほどまでに激烈な方だとは、思いもしませんでしたよ。単なる世間知らずの田舎者だと……己のヒトの見る目の無さが恨めしい」
「いやいや、確かに俺は戦闘バカなだけの愚かなガキでしかないですよ。貴女のように車を運転できるわけでもなく、多くの常識も知らず、優雅な所作は全くできない。これから精進しようと思っていますが……しかし、この魔女の島においては、戦闘に関して学ぶことは無さそうだ」
「……言ってくれますね、これでも魔女の騎士に伝わる剣術の目録を許された身です。及ばずながらも、貴方の力を図る為に死力を尽くさせて頂く!」
そう言って木刀を正眼に構えるアリエル殿は凛々しく、強い気概を感じさせた。
これならいい。今も腰を抜かして座っている連中は論外だが、せめてこういった気骨のあるヒトがいるのなら、試合をする意味がある。
俺も、腰にある黒木刀を抜いて自然体となった。
「いつも済まないがエミリア殿、審判役をお願いする」
「……分かりました。しかし、彼女はとても気にかけている大切な後輩でして……くれぐれも命だけは奪わぬよう、お願い致します」
「分かっておりますよ」
さて、余裕ぶってはいるが、実戦形式に持ち込めてホッとしている。
型とか剣舞で勝負とか言われていたら絶対に負けていたからな。そんなん知識にはあるが、やったことが無いのだ。何せその足運びや体重移動には学ぶ事もあるが、踊りで魔獣は殺せない。精神的にも、殺せるのと実際に殺すのとは天と地の違いがある。実戦で鍛えた剣技の恐ろしさを教えて進ぜよう。
ただ、うーむ、世話になったこのヒトを傷つけるのはちょっと気が引けるな……。
ここはあれだ、孤児院のチャンバラごっこの中で、卑怯と言われながらも無敗を誇ったあの技を使おう。見た目は派手だし、実力差を見せつけるのに丁度いいし、傷つけることもない。
「では、始め!」
そんな開始の合図と共に、アリエル殿は裂帛の気合を込めた突きを繰り出してきた。
なるほど、心技体が揃った実に素晴らしい殺人技だ。狙いも喉と容赦がなく、彼女の本気が良く分かる。だが――顎のアサシンアタックほどではない。
俺は喉に迫る切っ先を、ひょいと横から左手で掴み取った。
「へっ?」
必殺の一撃を簡単に捕えられてよほど驚いたのか、間抜けな声を漏らしたアリエル殿に吹き出しそうになったが、これは真剣勝負の場だ。おふざけは許されない。
いつか、クラウディア殿がリンゴを片手で握り潰したことがあったが、実は俺もそれくらいの事は出来る。
なにせ握りが甘くてはミリ以下の精密な打ち込みも出来ないし、打った後に力を逃がしてしまう。握力は剣士、というか武器を使う人間にとっての生命線なのだ。
だから頑強な魔獣を両断する俺ともなると、こんなことが出来る。
木刀を掴んだ左手に最大限の力を込めると、べきばき、という音を立てて木刀の先端が千切れ落ちた。
アリエル殿が驚いて木刀を引こうとしたところを、再び捕まえて木刀を再び握り潰したところで、アリエル殿が木刀を落とした。
その目には涙と恐怖がある。頑張ったけれども、この辺が限界だろう。
俺は右手に持った黒木刀をコツンとアリエル殿の頭に当てると、彼女は糸が切れた人形のようにその場に倒れこんだ。気絶したようだ。
思った以上にデモンストレーションは上手く行ったな。こんなん実戦じゃ使えない宴会芸だが、驚かせるのと己の身体能力を見せつける格好の技なのだ。さて――
「次の相手は誰でしょうか? そこにいる魔女の騎士全員同時でも構いませんよ。エミリア殿も如何ですか? まだ、俺と戦ったことはなかったハズですよね。貴女であれば、こんな宴会芸ではなく『真一文字』を出してもいい。肩が落ちるかもですが……」
「……勘弁してください。技を競い合う以前に身体能力が違い過ぎます。ヒトは怪獣と戦えるように出来ていないんですから……挑むのなら、魔女の方々にしてください」
そう言ってエミリア殿が、五芒星と六芒星の魔女に視線を向けると、面白いくらい高速で首を横に振った。完全にやべーヤツをみる目だ。
実力の一端も見せていなくて、消化不良感が半端ないが……魔女の島の洗礼は、こんなところだろうか?
結局、随分と怖がらせてしまったが……いつもの事だし諦めよう、うん。