3話 洗礼(中)
俺達を乗せた車は、殆ど振動を感じさせずに目的地――魔女の本部へ向かう。
まるでキャスター付きの椅子で、何処までも平坦な道を滑っているかのようで……魔女の島まで乗って来たホバークラフトの揺れが幻だったのではないかと思うくらい静かだが、しかしスピードはホバークラフト以上に出ているようだ。
内装もえらく豪華に見える。クッションはふかふかで、五人全員が座ってもなお余る向かい合わせの座席には、なんと果物や飲み物が備えつけられており、魔女二人なんて、その飲み物の栓を開けてグラスに注ぎ、優雅に口に運んでいる。
葛城姉妹も、これには借りて来た猫の状態で、ただし目だけは爛爛と輝かせている。
いやまったく……俺達が普段利用している馬や馬車とは全く違う乗り物の世界に脳がバグりそうだ。
「そう驚いてばかりいては困るぞ。私の従者となるのであれば、お主にもこの車の運転をしてもらうこともあるだろう」
「あら、クラウディアさんの従者と決まったわけではありませんわ。エミリアも婚活が上手く行けば、私の騎士の枠も空きます。極東支部でクラウディアさんの従者を務めるより、本部詰めである私の従者を務めて頂く方が幸せでしょう。ところでエミリア、進捗はどうなのです?」
「は、中々に私好みの男子が見つからず……あの、キキョウさん、カエデさん、貴女方の故郷にこう、半ズボンとサスペンダー、そして白いワイシャツと赤ネクタイにルーズソックスが似合う10歳以下の若くてカワイイ男の子はいませんか? 誰の手垢も付いていない、うぶで性の手ほどきしたくなるような御方であれば、なお大歓迎です」
「そんなファンタジーないきものは存在しないよ?」
「いたとしても、直ぐに汚されてスレてしまいますね。限界集落を舐めない事です」
「……そうですか。世知辛い世の中ですね」
……エミリア殿、貴女は一体どこへ向かっているのか? 更にやばい性癖オプションが増えて……オクタヴィアが駄目だこりゃって顔になってるぞ。
それに、葛城姉妹の故郷も大概だな……! そんな村で育ったから君らもそんなにアグレッシブなのか? そういや以前に、父親が食事を作るのが当たり前みたいな感じを出してたから、彼女らの村では女尊男卑なのかもしれない。
さて、そんな与太話をしていたらアリエル殿が運転していた車が止まった。
道中全く止まる事が無く、速度はずっと100kmを維持して走ること約半時間。車の窓に写る建物は、実に壮麗な宮殿だった。
ここに来るまでに見た建築物から魔女の本部は更に凄いモノだろうなと思っていたら、まさか宮殿とは……度肝を抜かれるとはまさにこの事だろう。
キンキラキンの宮殿は、どれだけお金が掛かっているか全く想像がつかない。いや、お金もそうだが、これを造る素材、そして建築技術は想像の埒外だ。維持するのも大変な費用が掛かるだろう。
各国の国防力に影響を与える魔女だから、その権威を示すのに必要なのかもしれないが……これを造ろうと提案したヤツは絶対自分の趣味に走っただろ。
圧倒されつつも、呆れを多分に含んだ感想を持ちながら、扉を開けて車外に出る。
すると、なにやらちょっと怖い雰囲気のお姉様が二人、階段の上に並び立ってこちらを睨みつけているが……出迎えにしては剣呑な雰囲気だ。
一体、誰なのか……なんか、クラウディアやオクタヴィアよりも高級そうなローブを身に纏っていて、もしかしたらエレメントを超える偉いさんなのかもしれない。
とりあえず、車から荷物を降ろす事は中断して、気を付けの姿勢で待った方がいいだろうな。下手に挨拶したらまずいことになりかねないと、俺の警報が鳴り響いている。
そう思っていると、クラウディアとオクタヴィアが俺と葛城姉妹の前に進み出て、膝を折った。
「……まさか、貴女方に出迎えて頂けるとは思ってもいなかったよ。健勝そうでなによりだ」
「五芒星の魔女、テミス様。そして六芒星の魔女、ヘカテ様。無事、虹色の枝を確保する任務を終え、帰還しましたわ。枝はディアナに預けましたが無事届きましたでしょうか?」
二人が膝を突くって事は、彼女らを超えるお偉いさんなのだろう。たしかホバークラフトの中で船酔いを紛らわせようと、クラウディアが教えてくれた話の中に、魔女の階位があったっけ。それによると次のように分けられているらしい。因みにキキョウとカエデは実力的には上級らしいが、来たばかりだから見習いなんだそうだ。
・見習い ← キキョウ、カエデ
・初級
・中級
・上級
・マスター
・ドクター
・ネーム
・プロフェッサー
・エレメント ← クラウディア、オクタヴィア、ディアナ(New)
・ペンタグラム ← テミス(New)
・ヘキサグラム ← ヘカテ(New)
・月の巫女
こんな感じで俺の脳内に焼き付けた。魔女の従者見習いとしては以後もこの表に魔女の名を付け足していくことが必要になるだろう。番号社会で生きてた手前、ヒトの名前を覚えるのは苦手なのだが、後でメモしておくのがいいかも。
さて、俺達が上位の魔女二人に対して畏まっていると、五芒星の魔女が口を開き威厳のある声で告げた。
「任務、ご苦労だった。虹色の枝は確かに届いている。あれほどの見事な枝を持ち帰るとはな、流石はエレメントの主席と次席だ。其方らには十分な報酬を用意した故、あとで楽しみにしているがいい。それと残念だがマリーの退職の件も聞いている。致し方ない事とは云え、惜しい人材を逃したな」
「私はホッとしているよ。適齢期内に連れ合いを捕まえられたのだからね。報酬というなら……僭越だが、エミリアによい男を見繕ってやって欲しい。だいぶ拗らせているみたいなんだ」
「そうですわね、私達は己の職務を全うしたにすぎません。エミリアには、是非、彼女の要望に沿ったお相手を見つけて上げてくださいませ」
「……済まぬが、それは聞けぬ。組織ぐるみで罪を犯す訳にはいかんのでな、エミリアには自力でなんとかしてもらう他ない。頑張れ」
「ハッ! お任せください、私は必ずや10歳未満の逆ハーレムを造るという野望を実現します!」
……なんだか喋るごとにヤバイ性癖が顕わになって行くよな、このクリーチャー。
こんなんを魔女の騎士にしたヤツは誰なんだろう? いや、優秀なのは知っているが、その代わりにヒトとして大事なモノが抜けているような気がするぞ。俺にエレメンタルキャリバーとか、恥ずかしい二つ名を付けたのもこのヒトだし。
そんなことを直立不動なまま考えていたら、高位の魔女二人の視線が此方を向いた。いずれも知的な美女で、クラウディアやオクタヴィアよりも若干年上の外見は二十歳くらいに見える。例によって虹色の枝の波動を受けているから外見通りの歳ではないだろう。クラウディア達を凌ぐ貫禄を感じさせるとか、何十年選手なんだろうな。絶対に口には出来ないけれど。
「君が噂の狂戦士か。男を魔女の従者にすると聞いたときには驚いたが……なるほど、我らを前にして緊張はしているが臆してはいない、と。なかなかの胆力をもっているようではないか。それに……フム、いい顔をしている。戦士の相貌だな」
「…………」
どうやら、五芒星の魔女の第一印象は悪くはないようだ。そして、六芒星の魔女は……何か不思議なモノを見たような、困惑しているような……。
そういえば、俺としても何処かで見たような変な既視感がある。しかし当たり前ではあるが、防衛局やヨグの村で見る機会があったとは思えない。魔女との接点なんてクラウディアが初めてだし。まあ、似たような顔のヒトとどこかですれ違ったのかもな。
怪訝に思っていたのは数瞬だけで、直ぐに気を取り直し、続くテミス殿の話に耳を傾ける。
「さて、我らが出向いたのは、お前たちを労うためだけではない。想定外の大変な事件が起こってしまったのだ。その解決について話さねばならなかったのだが……狂戦士君の顔を見て少し気が変わった。まずは噂の彼の実力を確かめたい。歓迎会も兼ねて、我らの騎士たちと戦って貰おうではないか」
そういってニタリと笑う高位の魔女に、やはりこのヒト達もクラウディアと似た気質を感じざるを得なかった。




