2話 洗礼(上)
魔女の島、ムーは大きな島だった。
近づいたら水平線が見えず、逆に地平線が見える。エミリア殿に尋ねると1万k㎡はあるというから下手な小国よりも大きいまであるだろう。
ホバークラフトから降り立ち、まず気になったのが、その外観だ。
ヒトがそんなにいる気配が無いのに、凄く綺麗だ。少なくとも舗装されるなどしてヒトの手が入っている場所にはごみ一つ、葉っぱの一枚も落ちていない。
どうやら、至る所に自動でゴミを回収する自動装置が稼働しているようで、それが景観を保っているらしい。
最初に自動掃除機?とやらを見た時は、でっかい虫が道路を舐めているのかと思って驚いたが、アレが人工物であると聞いてしこたま驚いた。機構もそうだが動力はどうなっているのか? あんな小さいのに内燃機関は無理があると思って聞いたら、デンキとバッテリーと呼ばれるモノが使用されているようだ。それって地軸逆回転前の遺産ではなかろうか? それを当たり前のように使っているのか……。
その他にも、等間隔に並んだ街灯、凹凸の全くない道路は、石畳ではなくアスファルトというのか? 遠くに見える建物はガラスがふんだんに使われていて効率的かつ機能的なデザインで……まるで夢の国へ迷い込んだようだ。
今まで俺が住んでいた防衛局、そして少しの間だけだが滞在したヨグの村とでは、文化の再現度合いが全く異なる。違和感がありすぎて……船酔で存分に吐いたのに、また吐き気がこみ上げてきそうだ。
驚くことはまだまだありそうだが……とにかく移動が先だな。
迎えと思われる自動車(!)が、港のエントランスに来ており、既にエミリア殿がオクタヴィアの荷物を持って後ろの荷台に入れている。俺も従者を目指す身としては右に倣うべきだろう。
此処まで運んでくれた船長さんと副船長さんには深く腰を折って礼を言い、地面に置かれたクラウディアの荷物を持つ。なお、葛城姉妹の荷物は自分で運ぶように言う。
「すごくとてもふこうへい」
「えー、なんでよ、私たちの荷物も運んでよー」
「君らは俺と同じく、見習いだろうが。それとも俺に父親面させたいのか?」
「……フフッ、ルートは寿退職してしまったマリーの代わりだ。ルートを従者にしたければ、私と同じ階位にまで上り詰めて貰わねばならん。なに、お主らであればそう、中級、いや上級から始められるであろうから時間は掛からぬよ。見込み通りであれば二十年ほどで済む」
「うー、ひどい」
「炎の魔女様は、持たざる者の気持ちが分からないようね……まあ、早くコツを掴んで追いついて見せますよ」
因みに、魔女二人と葛城姉妹の格付けはいつの間にか済んでいたようで、こんな感じだ。
恐らくは各の違いを本能で感じ取ったんだろう。姉妹の神通力が対人規模としたら、魔女殿は大軍かそれ以上の規模で魔法を行使する。あと、口には出せないがキャリアも随分と上で、戦運びも比較にならない差がある。
俺が言うのもなんだけど、俺を巡って修羅場にならなくて本当に安堵している。
「すぐにでも下剋上をねらう。カエデ、手伝ってね」
「虹色の枝とやらを強奪したら勝ち目が……いえ、自前で取りに行く方が全てを敵に回さなくてすむかな? まずは魔女がどれだけのモノか教えてもらうじゃない」
「はっ、威勢のよいことよな。だが、何があってもルートは渡さんぞ? 灰になる覚悟で挑むのだな」
「私の事もお忘れなきよう。次の序列入れ替え戦では必ずやクラウディアさんを下して見せますわ」
なんだか、ドラゴンを前にした時のような寒気がするが……気のせいだろ。いつまでも魔女の島に圧倒されていてもしょうがない。運転手の方も待たせているし、早く荷物を積み込んでしまおう。
そう思って一時的に話を聞くために地面に置いてあった荷物を、再び掴もうとしたら消えていた。
一体何処へと顔を巡らせると、なんと運転手のヒトがいつの間にか荷物を車に積み込んでいた。殺気が無かったとはいえ、俺に気配を感じさせずに荷物を持っていくとは……。
その黒い執事服と帽子で身を固めた青年は、驚く俺にニヒルに微笑んで見せた。
おー、カッコいい、実にエレガントだ!
思わず拍手をしたくなったが止めておいた。だが、心の中でおひねりを投げておく。従者になるってことは、こう言う所作も自然と行わなければならないのかなと、身が引き締まる思いだ。
そんな俺に対し、エレガントに微笑むと、やはり美しい所作で後部座席のドアを開ける。
うん、やっぱり凄く拍手したいぞ!
「何を見惚れておるのだ、さっさと車に乗らんか。ああ、今日はお前が運転手か、アリエル。今日も男装が無駄に似合っておるな」
「お久しぶりでございます。クラウディア様、もしやこの方が噂に聞く?」
「そうだ、マリーに代わる従者候補であり、後には我が騎士を務めて貰う予定のルートだ。見知りおけ、色々な意味で度肝を抜いてくれるぞ?」
「ほう、そこまでクラウディア様に惚れこまれているとは……フフ、このアリエル、とても興味が湧いて参りました」
……えー、あれ、男装? っていうと、このヒトは女なのか!?
う~む、まぁ、そう言う事もあるか。よくよく思い出せば、魔女の周りの人は女性ばかりだと聞いている。流石にこの島が女性しかいないってことはないと思うが、お出迎えの運転手ともなると、女性であると考えるのが普通か。
しかし、この中性的で、なんか、男以上にカッコいいと思える見栄えは計算と研鑽によるものか。実に素晴らしい。いや、なんか俺以外は葛城姉妹も含めて誰も感心していないのが逆に不思議なくらいである。
俺だけが感心していると、男装の麗人は再び微笑みながら俺に一礼してこう告げた。
「改めまして、ご紹介に預かりましたアリエルです。この際、申し上げておきましょう。貴方とは、クラウディア様の従者の座を掛けて争うライバルです。その粗野な風貌で私たちにどれだけ対抗できるか……どうか、クラウディア様を失望させないよう、お願い致します」