6話 新任務
地軸逆回転後のこの世には『魔女』と呼ばれる存在が公式に認められている。
彼女たちは人類が培ってきた文化では理解できない超常的な力を振るう、ヒトにとって畏怖の対象である。ただし、外見も精神もヒトとそう変わらない……というか、普通のヒトが超常的な能力に目覚めたというのが正しいようだ。
魔女の存在が確認された当時は大規模な魔女狩りが行われて凄まじい犠牲を出したようであるが、なんやかんやあって少なくとも建前上では融和の道を進んでいる。
彼女たちの力は強大で、また、世界に数十人しかいないという希少な存在でもあり、各国の在籍数がそのまま軍事力の序列になっているとかなんとか。
孤児院時代に常識を学ぶ過程で話だけは聞いていたが、一般人には縁遠い存在であり、関わることはないと思っていたが……何故こんな場所に?
見上げる先、再び女が掌から火箭を放つのを視認するや、慌てて上官殿と共に伏せる。数瞬後、吹き荒れる爆風に呻き声を上げつつ、急所を手で覆い身を固めた。
どうやら本当に魔女らしい。人間兵器とは聞いていたが……これほどか。
爆風が過ぎ去り、恐る恐る立ち上がって砦の外を見ると巨大なクレーターが増えていた。雨が降ったら小さな湖が出来そうなくらいの規模で、これをヒト一人が成しえたとは思えない圧倒的なチカラだ。もしかしてこのままクロモリを焼け野原にするつもりか?
そう思って視線を魔女の方に向けると、構えていた腕を下げ、クロモリの方をぐるりと一瞥したのち、踵を返して砦の中へ入っていった。
「……なんなんだ、一体」
「魔女だよ、魔女。派手にやりやがったなァ……防衛隊自慢の巨大バリスタもオシャカになって、こりゃあ当分、整備係は休み返上のフル稼働だぜ」
いつの間にか横に立ち、出来たクレーターを見て嘆息する上司は、前から彼女の存在を知っていたようだ。なんだかすごく嫌な予感がする。
「本当に魔女なんで……いや、これを見て疑う気はありませんが、何のつもりでこんな真似を」
「さァな、ストレス発散を兼ねた試し撃ちって、トコじゃねェか? 此処に来てからずっと籠りっきりで退屈してたンだろ。魔獣をカタしてくれたのはありがてェが、あーあー、ひっでぇ有様だなおい。砦に岩が刺さってンじゃねぇか」
「上官殿……貴方は何を知っているんです?」
「予想はついてるンじゃねェか? まぁ、こうも大胆にお披露目されたら隠している意味はねェか」
何が面白いのか、爆発の余波で飛んできた岩を指差して笑っていた上司が、気を付けの態勢になって俺の方を向き敬礼をする。反射的に俺も気を付けの態勢になって敬礼を返した。
「クロモリ防衛局、護衛隊所属の乙14142号に新たな任務を伝える。明日より魔女クラウディアの護衛となり、クロモリの調査、探索を実施せよ。目標は虹色に輝く枝だ。クラウディア殿を死守の上、何としてでも虹色の枝を確保し、持ち帰れ! 以上だ」
「了解しました。明日より魔女殿の護衛、及びクロモリの調査、虹色に輝く枝の探索任務を拝命します…………って、はあ!?」
そのぶっ飛んだ内容に思わず変な声を上げてしまった。護衛任務もそうだが、探索任務も理解の範疇を超えている。
比較的見つかりやすいといわれている銀色の草花でも毎回探索隊が多大な犠牲を払う上、ここ数年持ち帰ったことはないハズだし、黄金の果実なんて生まれてこの方見たことがない。その上の虹色の枝なんて上の連中が作った御伽噺だと思っていた。
それを探して魔獣の巣窟であるクロモリの深部に行け? それも魔女を死守してとか……普段の護衛任務の百段ぐらい難易度が上なんですケド。
そんな俺の心情を知ってか知らずか全てを諦めた笑顔で上官殿は告げる。
「あのな、この任務、防衛局長の更に上から出ているらしいンだわ、つまり絶対断れねェ。いやー、さっきはお前を止めて本当に良かったよ。死ンでたらオレの首も飛んでたからな。まァ、諦めろ。護衛の経験と実績が一番あるのはお前だし、正直、上はお前を持て余してるからこの話は渡りに船ってヤツだ。安心しろ、オレもお目付け役として付いていくから」
ずっと青い顔をしていた理由はこれか。
上官殿は俺に巻き込まれた形で……さすがにいたたまれない。俺が上官殿の立場だったら任務内容を聞いた途端、胃が爆発していただろう。まじめに任務をこなしていただけなのに、なんでこんなことになったのか。
ようやく出てきた増援部隊の驚く声を背に、俺は中天近くの満月を見上げ、嘆息した。