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エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第三章 アケノモリ
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1話 海上移動


 すこーし前。俺は海のある場所で観光がしたい、そう言った覚えがある。


 今はそれをすんごく後悔している。十数時間前の、そんな呑気な事を思っていた自分をぶん殴りたい。


 何が言いたいのかというと――俺は今、酷く船酔いをしていた。それはもう、胃の中の全てを海にぶちまけてもなお足りず、胃液さえも吐いて喉やら食道が胃酸で焼けて痛いくらいには盛大に船酔いしていた。


 推進用の大型プロペラにはしっかりと安全措置がなされているが、もう、ホバークラフトの最後尾は俺の指定席だ。


 大型プロペラの威容も音も凄くて怖いが……吐きたい気持ちの方が優先度が高い。これがまだ十数時間も続くともなると、この世の地獄が出現した気分だ。


 因みに、魔女二人とエミリア殿は流石に慣れているらしく、葛城姉妹も平気な顔をしている。恐らくは竜神様の末裔だからだろうな。水のカミサマである竜神様が船酔いとか、笑い話だ。


 この船の副船長さんは気遣って少し速度を落とそうか提案してくれたのだけれども、俺一人の都合で時間を遅らせるわけにはいかない。つーか可能な限り早く陸に着いて欲しい。



「いや、すまん。まさかここまで酷いとは予想しておらなんだ。魔獣相手に縦横無尽に動き回るお主が船酔いとはな。船酔の薬を準備するのをすっかり忘れておったわ」

「自分で動くのと、乗り物の振動は違うと聞きますし……(わたくし)、全く乗り物に酔わない体質ですので船酔など慮外の範疇ですが、そんなに辛いものなのですか?」

「なっさけないわねー、縦揺(ピッチング)横揺(ローリング)に、片揺ヨーイング! それに海の上を高速ですっ飛ばすこの爽快感、楽しくて最高じゃない!」

「わたしは風、いいえ、とびうおみたく天翔ける魚、とーりとーん!」


 

 なんであいつらは、あんなに元気なんだ……ファッ●ン!


 ヨグの村で半月くらい過ごし、もう慣れたと思っていた海の匂いも今の俺には致命的だ。


 何かが腐ったような生臭い匂い、高い湿度、粘つく風、時々掛かる波しぶき……その全てがアウトだ。それなら船内に居ればと言われたが、船内は船内で防腐塗料の匂いがきつくて更に気分が悪くなる。常人なら平気なのかもしれないが、俺の五感は特別製らしいからなぁ……。


 呑気に船外の屋上で海を眺める五人が羨ましい。


 そりゃあね、生まれてこの方、移動する乗り物なんて馬しかなかったところに、こんなハイテクを見せられたら興奮するしかない。なんて格好いい造形物だと思った。目的の為に突き詰められた道具の機能美は人類が共通して感じる美であろう。


 しかし、船酔はそれを完全に台無しにした!


 なんで海には波なんて余計なモノがあるのか? ホバークラフトは普通の船と違って空気の力で浮いているのに、結局は波があると影響を受けるんだよなー。


 もっと出力を上げれば影響は少なくなるかもだが、その分、燃料が掛かる。ヨグの村から魔女の島まで丸二日の距離は、それ相応に燃料が必要だ。海の真ん中で立ち往生とか、冗談じゃない。


 なにせ、沿岸部と太洋の海の色は全く違って、沿岸部では青っぽかったのが、藍色というか紫色というか……こんなん落ちたら死ぬだろって色をしている。


 波の高さもせいぜいあって0.5mくらいだったのが、今や2~3mくらいが普通だ。今以上に高度を下げたら間違いなく転覆するだろう。それが立ち往生ともなれば、海に飲まれて藻屑となるに違いない。

 

 魔獣よりもこの世に怖い存在があったとは……たまげたなぁ。



「あの、そろそろ食事の時間なのですが、どうします?」

「お、おかまいなく……どうせ食材を無駄にしてしまいますので」



 副船長さんがずっと俺に気を掛けてくれているのがありがたい。40~50代の女性で、船長と交代で船を走らせる役割を持ちながらも、食事の世話もしてくれるというスーパーウーマンだ。俺がクラウディアに出会っておらず、あと、彼女が20歳若かったら問答無用で文通を申し入れていたかもしれない。



「水だけでも飲んでくださいね。胃の中に吐くものがあった方が楽ですので」



 確かに。胃液で喉をやられるよりは、胃の中に水を入れて少しでも中和した方がマシか……。


 俺に水差しを手渡すと、副船長さんは俺を気の毒そうに見た後、船内に入って行った。


 その気持ちを有難く思いながら水を頂くと、少し酸味があって中には柑橘類と思われる皮の欠片が入っていた。少しでも気分を良くしようとするその気持ちが泣くほど嬉しい。ホバークラフトが陸地に着いた暁には、ぜひとも何か御礼をせねばなるまい。


 だが、しばらくして船の中から漂ってきた濃厚な食事の匂いに、再び吐き気が……。


 彼女は何も悪くない! 悪くはないが……もう、涙と胃液で顔面が崩壊しそうだよ。



 そんな感じで魔女の島に着くまで寝る事も出来ずに、船尾で吐き続け……島へ到着した時には、男泣きに泣いた。揺れない床にどれほど感動したことか。ホバークラフトに乗る前後で5kgは体重が落ちたと思う。もう、二度とホバークラフトなんぞには乗るまいとは思ったが、本部の行き来はこれに乗るのが前提なんだよな。


 うん、もし魔女の従者になれたとしても、俺はずっと支部で任務をこなす事にするぞ!


 ……もう、船酔も、海に反吐を吐くのも勘弁願いたいのだ。


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