プロローグ
魔女の島、ムーに赴くにあたり、この世界の移動技術について話しておこうと思う。それには少しバックグラウンドとなる物語を語る必要がある。
遥か昔にあった地軸逆回転にて、地上におけるほぼすべての文明が吹き飛び、地上に生きる全てのものが壊滅的なダメージを被った。地形も激変し、今まであった山や森は平地となり、湖や川は干上がり、建築物は吹き飛び……自然物や人工物の多くが海に落ちて行った。海に落ちたそれが堆積することによって、海には多くの島々が出来る事となり、今、向かおうとしている魔女の島『ムー』もその時に出来たと聞く。
グレートリバースから、かろうじて生き残った人類は元の文明を再建していくことを決意。
しかし、人口の90%以上を失った人類に余力はなく、再構成された環境に応じて必要な技術の取捨選択を行いながら文明の再建をすることになった……千年以上が経った今も元の文明の形に戻していく途中というのが現状だ。
なんにせよ、グレートリバースの為に、地表は高くとも標高1kmを超えないような平らなものとなり、また、ヒトが住んでいた平地は色々なモノが移動してきたり吹っ飛んだりしたことによってデコボコな状態になった。これによってグレートリバース以前にはあった飛行機や車よりは、地面から浮いて進むホバークラフトが活躍している。
無論、これは余裕のない人類にとっては貴重なモノであり、重要な人物や物資の移動に使われるが、普通のヒトは徒歩か馬などの動物を用いて移動する。
それで魔女の島への移動には、この貴重なホバークラフトが用いられる。なにせ、国防力の要である重要人物であるし、魔法を使う事で常に魔人化のリスクを抱えている身としては、本部に保管されている虹色の枝の波動を受ける為に、必要時には最速移動を行わなければならない。
因みにこのホバークラフトは内燃機関式で、驚くことに素材には魔獣の皮や骨、燃料には魔獣の血をベースにしたものが使われているそうな。ここにきてようやく、魔獣の死骸の使い道を知り、どんな風に使われているかどきどきしながら実物が来るのを待っていたのだが、見た目はその……普通?の幅広くてデカいプロベラが付いた船だった。そりゃあ、魔獣の外骨格そのまま使うわけないよなと、赤面したのは秘密だ。
なお、内燃機関があるのなら、武器として銃とか爆弾があってもおかしくないと思うだろう。
どうもグレートリバース以前に起きた世界大戦によって人類、及び巻き込まれた動植物も五割が死に絶えたという。その世界大戦によってこの星が怒り、グレートリバースが起きたという思想が根強くあり……人同士の原因となった武器、それも老若男女問わず誰でも容易に殺傷を行えるという銃や爆弾、それに類するものを作る事がタブー視されているのだ。
現在作れる、そして、使える武器は必ず人力を要するモノ――剣、槍、弓、ぎりぎりで弩弓となっており、例えば、建築用のダイナマイトを人相手に、いや魔獣に対しても使えば、いずこからともなく粛清官が現れて、使用した関係者を組織単位で丸ごと抹殺するという、国際的な死神機関が目を光らせている。
話はずれてしまっているが、話ついでに言語についても補足しておこう。
グレートリバース以降の世界においては、言語は世界共通言語を使うこととなっており、世界の何処に行っても言葉が通じる。これはどん底から立ち上がるべく、各国の言語をいちいち翻訳していては齟齬を生んで復興がままならないとし、有識者会議を重ねて開発された言語である。無論、それまで使われていた言語も残ってはいるものの、方言扱いとなっている。
以前、別の国へ行ったときは誰かに翻訳を任せたい……とか言ったような事があるが、それは防衛局で教える内容が戦闘に関するもの以外は恐ろしく適当だったことによるものらしい。魔女や葛城姉妹と話していて、どうも話が食い違う事が多々あり、おかしいなと思っていたら、それが原因だった。
そんなワケで今、俺は凄く絶望している。
十代の半ばから常識の勉強し直しって、すんごく厳しい気がする……嘆いていてもしようがないから勉強するしかないんだが。
さて、長らく語ってしまったが、クラウディアとオクタヴィアの魔法通信により、魔女の本部から迎えに来てもらったホバークラフトが目の前にある。
場所はヨグの村のもとニエモリがあった出島だ。
ホバークラフトに乗り込むのは、魔女二人とエミリア殿、葛城姉妹、そして俺だ。マルローネ殿は退職届をクラウディアに手渡したので、魔女の島へは行かずに上官殿のいる防衛局に戻るとのこと。結婚式までに祝辞は考えないとな……。
そんな俺達の出発を見送るのは、悪役顔からすっかり恵比寿様顔に転換した村長だ。
どうやらヨグの村を虹色の台座を使って豊かにしてくことを画策しているようだが、どうなることやら……。
「世話になったね、君の更なる活躍を期待しているよ」
「村長もお元気で。カエデを奪ってしまって申し訳ないが……」
「はは、恋する乙女を止めることは誰にもできないさ。それに秘書一号……アビゲイルが、補佐についてくれる事になったからね。問題はないよ」
「……(凄く裏切りそうな名前というのは偏見か) そ、そうですか……健闘を祈りますよ、お元気で」
挨拶を終え、ホバークラフトに乗り込んだ俺達は一路、魔女の島へ向かう。さて、どんなところなんだろうか。そして魔女の従者となることにどのような試練が待っているのやら……。
不安と希望の両方で胸をどきどきさせながら、俺達の新たな未来を想った。
……海から何処かへ向かう黒い流星がまるで俺の門出を祝っているようで――俺は何も見なかった。何も見てないぞぅ!




