最終話 後始末
さて、その後の話をしようと思う。
まずはヨグの村の今後についてだ。頭脳体を失ったニエモリは、急速に枯れ果てた後に乾いて砕けて黒い砂となり、それも風に吹き飛ばされて……その日のうちに元の出島の姿に戻った。すなわち広い砂地、そして磯場だ。時間が経てば砂地に草も生えてくるに違いない。そうなれば、元の観光地に戻るだろう。
魔獣の脅威から解放されて、漁業を再開した村人の表情は明るい。不要となった自警団の詰め所は、公民館や漁業組合の建屋として使われていくようだ。
なお、近くの村に避難していた家族も呼び戻すそうで、どうりで女子供を見なかったわけだ。
エミリア殿の嗜好を知った俺としては、エミリア危機一髪を未然に防げて胸を撫で下ろした。黒木刀で頭をどつけば幼児趣味は治るのだろうか? 一度試してみるのもアリだな。
因みに例の分隊長であるが、実は妻子がいる事が判明した。いや、それじゃあ嫁とか言っていたのはなんだったんだと問い詰めたところ、現地妻が欲しかったんだと白状したので黒木刀で殴っておいた。涙目になっても駄目だ。妻子にチクらないだけ有難く思って欲しい。本当だったら離縁ものだぞ?
……なんにせよ、時間はかかるだろうが元の活気ある漁村へ戻って行くことを期待したい。
次に村長と超常力戦隊であるが……俺がニエモリの頭脳体に負けることは考えていなかったらしく、ニエモリが消えたと報告してもさほど驚きはしなかった。だが、その後に虹色の枝に類する何かが残るとは予想していなかったらしく、玄武が残していった虹色の台座を手渡したところ、祭りが始まった。魔の浸食を抱えた超常力戦隊について、虹の欠片を飲み込めば元の体に戻れることを伝えたが、本当に聞いていたかどうか怪しく思えるほどのはしゃぎようだった。
なにせ、いつもの悪人顔が恵比寿様に裏返るほどの喜びようは見ていて引くほどだ。股間をお盆で交互に隠す盆踊りとか、腹踊りって本当に実在したんだな……アケノモリ防衛局の闇は深い。
そりゃあ、銀色の草花や黄金の果実を超える、不老さえもたらすやばいブツだ。国家予算並みに価値があるアレがあれば富や権力は思いのまま。使いようによっては何者にでもなれるだろう。しかし、ブレーンを欠いた小悪党がどこまでやれるのか。
使いこなせるか、その重みに耐えられずに潰れるか……例えば、この虹色の台座の件とニエモリが消滅した件について、併せてニエモリの『気まぐれ』という線で政府を誤魔化すつもりらしく、この時点でもう駄目な雰囲気が漂っている。
しかし、今後の村長と超常力戦隊の行く末は俺の知るところではない。変な事をしたら止めに行くと釘は刺しておいたので、おかしな事にはならないと信じたい。
あとは……神魔獣ドラゴンの件については、ちょっと自分の中で整理が追いついていないので、また今度にしたい。もしかしてドラゴンと交信したヒトって俺が初めてではなかろうか? もしそうだとしたら、あの時に得た情報は……胃が、胃が凄く痛い! 下手をすれば大混乱……墓まで隠し持って行かなければいけない情報だ。いずれまた、一部はどこかで語る事もあるかも……いや、やっぱり語りたくないなぁ……。
そして最後に、この物語のキーパーソンであった葛城姉妹の事、そして、ようやく会えたクラウディアとオクタヴィアの事について語ろうと思う。
先に宣言した通り、葛城姉妹は俺に付いてくることになった。
魔獣の脅威から解放されたヨグの村で彼女達の役割は無くなったから、この村に居続ける理由はない。そして、何処まで本気かは分からないが、恋?をしているって彼女たちの気持ちを否定することはできない。いや、俺には好きな女がいるってちゃんと伝えて断ったんだが、それでも俺に付いて来るって言われたらどうしようもない。
村長に渡す前に削り取っておいた虹色の欠片を渡して、飲み込めば神通力とは関係ない身体になれるって伝えたら、思いっきり投げ返された挙句、ついてくって言ったでしょうが! と怒られながら血を吸われた。生活費的にもそれで充分解決できるんだけど、そんなに俺に拘る理由は何なのか……解せぬ。
そんなワケで、玄武が去った後に到着したクラウディアとオクタヴィアに土下座して、彼女らをワルプルギス機関に入れてもらえるよう頼み込んだ。実は、各地で似たような事例があるらしく、葛城姉妹の受け入れは問題なくスムーズに行くようで安心した。
そんな手続きよりは、彼女らが鎮静薬から醒め、直接、俺から生きているってことを伝えなかったことに、おかんむりのようで、そっちの説教時間の方が長かったくらいだ。最後に泣きながら抱き着かれたのが凄く心に刺さったが……それは甘んじて受けるべきだろう。
ようやく……本当にようやく、帰って来れたのだ。記憶を失って、ずっと欠けていたピースがピタリとはまったこの感じ。やはり、クラウディアこそが俺の愛する女で、オクタヴィアが運命の女というコトなんだろう。
言葉はいらない。ただ、抱き合っているだけで満たされる。
――だからこれ以上のお触りは勘弁な。また、あの時のように黒木刀で気絶させられたくはあるまい?
「よいではないか! もう、私とお主との間に遮るものはないというのに。もう我慢に我慢を重ねて堪え切れぬのだ!」
「そうですわ! あの本気の決闘で生き残ったというコトは、私を自由にしてよい権利を勝ち取ったのです」
「「さあ、めくるめく愛欲の世界へ!」」
俺に飛びかかって来た二匹の淫獣を、とりあえず黒木刀で殴って気絶させた。
衆人観衆の前で何を言っているんだこのアホどもは。文通、いや交換日記も諦めよう。しかし、デートから始めるのが筋だろう。その後にご両親への挨拶もしなければならないし、正式な男女交際に至るイベントは沢山あるのだ。それをすっ飛ばして婚前交渉など、もっての他だ! つーか、俺はクラウディアで手一杯で、オクタヴィアと二股なんて無理なんだが? いつも仲が悪いクセに何で二人掛かりで襲い掛かって来るんだよ。
「うーん……お姉ちゃん、コイツやっぱりだめな気がしてきた。諦める?」
「あきらめるには早い、つまり、まだきよい体だってこと。挽回のチャンスはある。隙をついて犯す?」
「あー、そういう……なるほどね。さすがお姉ちゃんだよ」
どこかからか、俺を蔑むような声が聞こえて来たような気がするが……俺は信念を曲げない! 正式な手順を踏まないと死ぬって防衛局のジンクスがあって、それを守って生き残った身としては破る事はできないのだ。守らないやつは本当に死んでったからなぁ……ジンクスを打ち破った上官殿が羨ましいぜ。
――と、以上がここ数日の回想だ。
ニエモリに関する後始末に一段落が付いて、今、俺は無理を言って一時間ほど時間を貰い、ニエモリのあった出島の沿岸部に座って海を眺めている。
本当ならすぐにでもワルプルギス機関のある本部――日付変更線に跨る黄昏の島『ムー』へ、正式に魔女の従者となるべく出向かなければならないのだが……最後にどうしても二人きりで話しておかなければヒトがいて、今はその彼女が来るのを待っている。
最後まで海で観光が出来ないことが心残りではあるが、魔女の本部があるという島は海に囲まれているというから、そこで海を堪能すればいいかと思い直すことにした。
なにせ、彼女と本音で話すことは、この時をおいて他にない。自らは決して表に出ず、村長を意のままに動かして多くのヒトの運命を弄んだこの物語の黒幕と。
ざっくざっくと砂を踏みしめる音に、待ち人が来たことを知り、海から振り返って彼女に視線を向ける。
「呼び出して悪かったな。どうしても確かめたいことがあってね」
「…………」
おそらく、俺の要件は承知しているのだろう。彼女はいつものように明朗快活に微笑み、続く俺の言葉を待った。




