表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第二章 ニエモリ
65/101

28話 ニエモリ


 新月、それは魔獣が最も大人しくなる日だ。


 どうやら魔獣の森は日光を自身の成長エネルギーに使い、月光は魔獣を生み出すエネルギーとしているらしい。防衛局に所属していた時は、月齢に合わせて部隊運用シフトが組まれていたし、護衛隊であった俺としても体感していた通りなので、そこに異論はない。


 プランBの実行――ドラゴンの抹殺を宣言してから二日目の夕方。


 俺と、そして葛城姉妹はニエモリへ続く道の、いつも松明を燃やしている場に座って頃合いを見計らっていた。俺は既に黒羽衣を纏い、神魔刀を剥き出しにして準備は万端だ。葛城姉妹もあの巫女服を着用し、手には薙刀を持って、こちらも突入を今か今かと待ちわびている。


 なお、超常力戦隊と村長は、自警団の詰め所に引っ込んでいる。どうやら、ヨグの森には関係のない外部のヤツが勝手にやったことで、自分は知らなかった……というスタイルで行くらしい。下手に手伝ってもらっても守ることに気を使わなければならないし、俺の邪魔をしないのなら、それが一番なのかもしれなかった。


 あと、もう十分くらいで日が落ちる……そうなれば、決戦だ。


 なぜ視界が良い昼間に仕掛けずに夜を待っているかというと、ドラゴンブレスのエネルギー切れを狙っているからだ。


 あんな強烈なエネルギー放出は、周囲の森の光合成で得たエネルギーを収集しなければ説明が付かない。また、オクタヴィアがマントルエネルギーを汲み上げる云々と言っていたが、地下十数kmからエネルギーを取り込むのは結構な時間が掛かるだろうし、汲み上げること自体にもエネルギーを必要とするはずだ。だから、それを見越して夜を決戦の舞台としたのだ。


 なお俺達に必要な明かりについては、神魔刀の刀身が結構な光を放っているので不自由はない。


 周囲五メートルくらいは難なく照らしており、直接見たら眩しいくらいだ。せめて色を虹色から目に優しい色にしてくれないかと頼んだら、薄いオレンジ色にしてくれた。


 やりゃあ、出来るじゃねーか、こりゃすごい! ん? あとで頑張った分、血を吸わせろ? はいはい生き残ったらな。これからドラゴンの血も吸うっていのに、腹ペコなヤツだな……。


 

「う、うらやましい……」

「ちょっと、私達も神通力を使ったら浸食されるんだから、わかってるでしょうね?」

「あいよー、血を吸う以外、働きに応じてサービスするよー。孤児院仕込みのマッサージとか、割と好評だったんだよ。死神とか言われ出した時からぱったり客がこなくなったけど」



 なにせ、いつかヒトと戦う事も考えて、急所や経絡とかの解剖学を一通り学んだからなぁ……ツボを適度に刺激してやれば、気持ちよくなって眠ってしまうヤツが多かった。いや、決していかがわしいヤツじゃなくて、代金も食券という良心的なものだったんだよ!? どこか体を故障してしまって引退したら、これで食っていけないかなと画策しているのだ。



「すごいやる気でた。わたしドラゴンまるかじり。尻尾までおいしくいただく」

「クリームとオイル、何処にしまったんだっけ? お姉ちゃんも探すの手伝ってよね」

「……ウチはそんなサービスはやってませーん。真面目にやらないと……死ぬからな? どうやらあの二人は間に合わなかったみたいだし……さぁて、そろそろ行こうか」



 いつの間にか、夕日は水平線の向こう側に消えていた。


 西から登ったお日様が東に沈む、か。昔はそれが逆だったって聞くし……実は今の月齢周期、満月から下弦の月を経て新月となり、上弦を経て満月に戻るってヤツも逆だったと聞く。


 『地軸逆回転(グレートリバース)』……今、俺達が生きている世界は、それが起きた後の世界だと聞いているがピンとこない。生まれたころからそれが当たり前で、生活に支障が在るわけじゃないから。


 いま必要なのは、周囲が夜の帳で暗くなった。それだけだ。



 どんなことがあってもいいように、ゆっくりと確実に、ニエモリに向かって歩を進める。


 色々と意表をついてきたニエモリの魔獣だ。この出島へと続く道の両側――海から魔獣が襲ってきても、俺は驚かない。魔獣が海を泳ぐなんて終ぞなかったが、このニエモリはやる可能性がある。だから葛城姉妹には全方位を警戒するよう命じている。


 海の波音が雑音となってちょと分からないが……ふむ、襲ってくる様子はないか……新月だし、そんな余裕はなかったのかもしれない。


 しかし、出島に上陸して、いよいよニエモリの中に入ろうという段になっても、魔獣が出てくる様子はなく……どこかおかしい。クロモリでは新月であっても魔獣の視線を感じたものであるが……。


 こういう時は音響探知ロケーションだ。柏手を一拍打つ。


 しかし、森の中に魔獣が生息しているような気配が全く感じられず、まるで抜け殻のような……森自体が死んでいるような気さえする。



「この前に来た時、こんなんだっけ? もっと、なんていうか、敵対するヤツには容赦しないって感じが、凄くしていた気がするんだけど……」

「そう……この森自体が一匹の獣のような感じだった……けど、いまは死んだ森みたいな?」



 姉妹も俺と同じように感じているらしい。


 なんだ、それは……何が起きているっていうんだ? もしや、森のエネルギーを一点集中して、ヨグの村へ放とうとしているのか!?


 それだと不味い。クロモリのドラゴンブレスは一発だけでも、クラウディアとオクタヴィアの戦術級魔法を空に逸らす力があったんだ。それを超えるともなると、一撃でヨグの森を壊滅せしめても不思議じゃない。



「キキョウ、カエデ、森の中心部へ急ぐぞ! 何が起きているか分からんが、最悪、ヨグの村全てが蒸発するかもしれん。魔獣も気にしなくていいみたいだし、俺に続いて走れ!」

「わかった」

「よく分かんないけど、付いていけばいいのね?」



 いや、まさか、そんな思い切った手に出るとか想像もつかなかった。


 もっと村長さんに魔獣の森について聞いておけばよかったが、俺が夕方前に訪ねても仮眠室に逃げられて鍵を掛けられるとか、まともに話ができる状態じゃなかったからなぁ……。


 前に脅し過ぎた事を反省しつつも、森の中に分け入っていく。すると、その生気のなさは外よりも顕著だ。


 生えている草は全て芝生のように短く、木々も多くは痩せっぽっちで……外見を誤魔化すように天辺に葉っぱが生えているだけと、まるで張りぼてだ。起伏さえもなく、中心部である頭脳体がある場所まで、約四百mもない距離を、なんの障害もなく走り抜けた。


 そして、ニエモリの中心である、開けた円状の広間にあったのは……。



「あれが……ドラゴン? アンタから聞いていたのよりはすごく、可愛いんだけど? 甲羅がその下の虹色に光ってる岩とくっついていて逃げられないみたい……アレ、亀にみえるんだけど?」

「うん、あれは亀だね……尻尾が蛇みたいだけど亀だね。普通の亀よりおっきいけど、ヒトの子供より小さい。私の火の球一発で死にそうだよ? 泣いて土下座しているみたく見えるし……降参のポーズ?」

「どうなってんだこりゃ? いや、俺がクロモリで見たドラゴンは、全長1kmってのは言い過ぎだけど、200mくらいは確実にある巨大生命体だったんだが………神魔刀、何か点灯しているけど……ちょっと話したいって? あ、あぁ、どうぞ、よろしく?」


 

 さすがは同類らしく、アレと話が出来るらしい。


 そこからは戸惑う俺達を他所に、ニエモリの頭脳体である亀?と神魔刀の意見交換だ。


 神魔刀がピカピカ光れば、それに対して亀が四肢を使って鳴きながらジェスチャーするという……俺達は一体何を見せられているんだろう。


 いつの間に、異世界へ連れ込まれてしまったというのか。


 試しにほら、葛城姉妹を両の腕で抱きしめても殴られないし、血も吸われない。それどころか、より強く抱きしめろとしがみついて来るし、匂いつけのように頭を擦りつけて来る。


 異世界というよりは夢か……変な夢もあったモノだな……。


 そう思っていたら、神魔刀に頭をどつかれた。頭に黒羽衣のハチマキが無かったら脳味噌をぶちまけていたかもしれない、強烈な一撃だった。


 痛みを感じるってことは、目の前で起こったのは現実なのか。


 両脇に抱えていた葛城姉妹をぺいっと捨てて、神魔刀が送って来るイメージに身を任せていると……ああ、そうか、そういうコト……いや、ウソだろう、そんな事ってアリ?


 はぁ……ここで語るのは止すが、ドラゴンの世界も世知辛いってのが良く分かった。でも、君が此処に居ると、大変な事がヨグの村で継続されるから困るんだよ。


 え? 別の場所へ行く。頑張って生成した虹の欠片を渡すから見逃せって? ……まぁ、それならいいか? なに、次の場所はどこがいいって? うーんそうだな、月とかがいいんじゃない? 酸素や二酸化炭素が無いハズだけど、特に裏側とか誰にも邪魔されずに日光浴とか月光浴とかやり放題だよ? 行けたらだけど……ああ、行けるんだ。


 ニエモリの頭脳体である亀――尻尾が蛇だから『玄武』とでも言おうか? 玄武は自ら森と繋がる岩場と甲羅の間に亀裂を入れると、頭と四肢引っ込めて浮かんだ。そして、止める間もなく急上昇して、そのまま空へ消えていった。まるで夜空を切り裂く流星のように。


 残るは、玄武を支えていた台座だが、それが虹色に輝いており……おそらくこれが、玄武の言っていた虹色の欠片なのだろう。俺が飲み込んだヤツより結構な量……それこそクロモリで得た虹色の枝の半分くらいの量があるみたいだが……。


 ……とりあえず、今、目の前で起こったことを整理整頓するのが最優先事項だな。


 さっきの事に怒って噛みついてきた葛城姉妹、そして急速に枯れていく魔獣の森、そして枯れて行く木々の隙間から見えるようになった、遠くから近づいて来る赤と青の流星。


 それらを放心状態で眺めながら、俺は虹色に輝く台座に腰を下ろし、溜息を吐いた。


 月っていうと兎模様をイメージしてしまうが……そこから自分から火に飛び込んで食料になったっていう凄まじい兎の自己犠牲の物語を思い出してしまった。しかし、今回のニエモリでは、ドラゴンも含めて誰もそんなイケニエにならなくてよかったなと、心の底から安堵した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ガメラ……?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ