26話 制圧
「とても正気とは思えんな。ドラゴンに勝ち、ニエモリを消すとは……資料で触れた事もあるが、あれはヒトの手に負えるものではない。ましてや個人の力でどうにかできるモノでは絶対にないといえる。逆に要らぬ干渉をした事で、カズラ以上の大型魔獣が出てこないとも限らん。そうなったら君に責任が取れるのかね? 村長として、そのようなリスクは絶対に許されん! 残念だよ、エン君。君はこの村を守り、利益をもたらす存在だと信じていたのだが……超常力戦隊よ、彼を制圧しろ」
「……俺を止めたいのなら、命を賭けろ。そう言った筈です」
神魔刀を一息で抜いた勢いをそのままに、切っ先を村長の喉元に当てた。そして誰かが救援に動けば刺し貫く、そんな本気の殺意を周囲にばら撒いた。
俺に神通力を放とうとした超常力戦隊は当然の如く動けないし、葛城姉妹も硬直している。姉妹は突然の展開に混乱しているだけなのかもしれないが、動かないのは正解だ。どちらが動いても俺は本気で村長を殺す気でいるのだから。
そんな俺の行動に一番驚いたのは村長だ。冷や汗を流し、顔色を青くさせている。
以前の論争で超常力戦隊に気を掛けていた手前、彼女らには手を出さずに、大人しく捕縛されるとでも思っていたのだろうか? そして魔獣の森の管理者たる己にも手を出さないと……だとしたら、とんでもなく甘い。統治者としては失格だ。
そもそも戦闘になるかもしれない場所に最高責任者が出向いている時点でアウトだが……元防衛局員、それも討伐隊ともなれば自分の目で確かめたくなったのもしょうがないか? それに付き合わされた彼女らは堪ったものではないと思うが。
「わ、私を殺すのか!? ヨグの村の長であるこの私を……? 待ちたまえ! 私はこの国の政府からニエモリを任された管理者でもあるのだぞ!? 私を敵に回すという事は、この国の政府をも敵に回すという事だっ、それを分かっているのかね!?」
「村長、貴方は決して無能ではない。この一週間で、俺に関する情報を可能な限り集めた筈だ。その中にはこんなエピソードもあったでしょう、クロモリの狂戦士は、上司の意向を顧みずに魔獣と戦う事を優先する上官殺しの死神だと」
「く、狂ってる!」
ま、確かにこれだけを言っただけじゃ、そう取られてもしょうがない。ハッピーエンドに近づけるために、やれることはやっておくか。
切っ先を外して納刀すると、顔面蒼白の村長は尻餅をついて荒い息を繰り返す。
しかし、村長を助け起こそうという者は、この場にはいない。まだ俺が、動いたら叩き斬るという殺意をばら撒いているから動けないと言った方が正しいだろう。試しに後ろに控えていた秘書一号さん?に目を向けると、必死に目を逸らされた。恐れられているなぁ。
さて――相互理解は大事だ。少し補足しよう。
「ニエモリを消せば、葛城姉妹も超常力戦隊もお役目御免で、ヨグの村は魔獣に怯えることがなくなる。それに今、ニエモリからは大型魔獣カズラが出て来るなど想定外が続いていて、これからもカズラ以上の大型魔獣が出てこないとは限らない。前にゲキドの上にアギトが載っているのを見たでしょう? カズラの出現もそうですが、明らかにニエモリは俺達ヒトを試している。次の満月――最大活性するタイミングでニエモリ自体が襲ってきても俺は驚きませんよ」
「なっ、そんなことが……いや、あり得ん! 魔獣の森に関する資料は調べ尽くしたのだっ、そんな事例は何処にも書いていなかった!」
「では、これからその初めての事例が起きるんでしょう。これ以上、想定外が起こる前に新魔獣ドラゴンを殺してニエモリを消す。そうすれば魔獣からヨグの村を解放できる……とても合理的ではないですか?」
俺がそう言うと、何を言っているんだコイツはとでも言うように、悪人顔をさらに濃くして馬鹿を見るような表情になった。
「だから、ドラゴンはヒトがどうにか出来るものではないのだ! 探索隊が多大な犠牲を出して、ようやくたどり着いたというのに、その威容を見て逃げ帰るほどの化け物なのだぞ!?」
「そうですか? 俺達はアイツに一撃かましてやって、角を――虹色の枝を持ち帰りましたが……眠っているアレを見ただけで逃げ出すなんて、酷い探索隊もあったものですね」
「!? ……貴様っ、アケノモリで、脱腸の思いで撤退を判断した探索隊を侮辱するのかっ、許さんぞ!」
えっ、もしかして村長、探索隊の生き残りだったりするのか? それはしまった。完全な俺の失言だ。
……よく考えれば、魔女の助力もない普通の人間があんな巨大生物を見たら、寝たきりとか言われても逃げたくなるよな。
どうもこの己の基準でモノを言う悪癖は、直さないと今後も要らぬ軋轢を生みそうだ。反省。
「口が過ぎた事は謝罪します。しかし、俺がドラゴンと対峙して生き残った事実は認めて頂きたい。再生能力が凄くてクロモリのドラゴンを倒しきるには至らなかったが、ニエモリほどの小規模なヤツであれば勝算がある」
神魔獣ドラゴンと対峙して以来、次に会ったときはどうやって殺すか、ずっと考えていたのだ。
攻略方法は単純で、エネルギー源である森と繋がっている尻尾を切り離した上で頭部を破壊する、それだけだ。いや、それで死ぬかはやってみないと分からないが、けっこう有効な手段だと思っている。
まぁ、普通の人間だったら土台無理な話ではあるが、俺には神魔刀がある。
あの時は余裕が無くて、とにかく本体ばかりを攻撃していたけど、よく考えればそういう手もあったのだ。そもそもが虹色の枝を持ち帰れって任務で、ドラゴンを殺すって話ではなかったし。
「……君の言う事などとても信じられんな。そんな曖昧な話より、神主殿や超常力戦隊の浸食を抑制するという君の血を供給してもらって制限をなくし、ニエモリから出て来る大型魔獣に対抗する。これが確実で皆が幸せになる道だっ、大人しくこのヨグの村の生贄になるがいい!」
ふん、やっぱり狙っていたか。情報源が何処からかは……まあ、予想は付いているが、それは横に置いておこう。
俺を最大幸福論理や感情論で惑わして捕縛したら、彼女らの輸血装置にするつもりだったんだろうが、そうはいかない。今日、エミリア殿が来ていなかったらプランBの決行も逡巡して、どうなっていたか分からなかったが……本当にギリギリの状況だったワケで、内心冷や汗ものだ。
「ああ、それは今日までの話ですよ。俺の血の効力はあと半月ほどで切れるって、確かな筋から情報を得ました。信じられないなら虹色の欠片を飲み込んだヒトについてワルプルギス機関に問い合わせるといいでしょう。それを嘘と断じるなら……ここで殺し合うしかない。着装――黒羽衣」
立ち上がり、神魔刀にそう命じれば、纏っていた袴を切り破り、鞘から転じた衣で俺の体を覆い尽くす。
この間、約一秒。
裸を期待していた葛城姉妹には悪いが、コイツを纏うために時間を掛けていては戦場では命取りだ。
こんなにも早く頼んでおいた改造案を実行してくれるなんて、神魔刀はなんていい子なのか。存分に血を吸わせてやらねばなるまいて。ん? 魔獣の血よりは、俺の血を吸わせろって? ……まあ、あとでな。
「貴様……単なる防衛局の落ち人ではないのか!? 何者だ!」
「乙14142号改め、今の俺の名はルート・トワイス。魔女の騎士見習い……従者ってとこかな。さ、交渉は決裂だ。死にたくない者は一秒以内に両手を挙げろ。それ以外は敵対者とみなし、叩き斬る!」
俺の宣言を受けて、その場にいる全員が両手を挙げた。
葛城姉妹は想定通り。超常力戦隊も、まあ、俺に恐怖を植え付けられていたから想定内だ。しかし、村長……黒幕として最後まで抵抗すると思っていた貴方が真っ先に手を挙げたのは想定外だった。
命の大切さを防衛局でイヤと学んだのは分かるが……代役とはいえ、もうちょっと悪役としての誇りは持ってほしかったかな。




