23話 呪い
エミリア殿が俺の生きていることを伝えるべく社を去った後、宿坊の一番奥の部屋に移動し、カエデが来るのを待って今後の話をすることにした。
まずは葛城姉妹に落ち着いてもらうために血を吸って貰っている。いつもより犬歯を突き立てる深さが違うが、よほどエミリア殿に思う所があったのだろう。キキョウから話を聞いたカエデも同じかそれ以上の強さで犬歯を突き立てている。
別に彼女と色っぽい話をしていたのではなく、俺を連れ戻しに来たワケでもないのだが……間接的には、そうなるけど。
とにかく、俺がエミリア殿と長く話していたことに怒って、尻尾でびったんびったん地面を叩きながらシャーシャー威嚇してくるのだからしょうがない。いつか道端で見たマムシの威嚇より怖いのだ。血を吸って落ち着くのなら安いものだ。
しかしこれは……うん。
お父さんどころか、癇癪を起す赤ん坊に母乳を与えて泣き止めさせる母親にでもなった気分だ。
同年代の美女相手に腕を差し出し、口をつけて舐められてるのって、見方によってはとても淫靡な風景だってのに、もう恋愛感情の一欠けらも沸く余地もない。だからこれは浮気じゃないんだからな! もし、この光景を見られたとしても、誤解による戦術級魔法は勘弁して欲しい。
それにしても、神通力を使ってないのに感情の高ぶりで魔の浸食を促進するなんて、なんか手遅れ感が凄いんだが……。
「じゃあ、言い訳とやらを聞こうじゃない。場合によっちゃあ、この宿坊から二度と出さないから覚悟してね」
「くびすじからすう? うなじでもいいよ、●●●からはちょっと早いかも。お話ししだいでやるけど」
血を吸ってなお縦に割れている目が怖い……交渉が決裂したら戦うしかないな。
さて、まずは葛城姉妹が俺の血を頼りにするのは間違いだって根幹の話からしてしまおう。
さっきは話の流れがあって端折ってしまったが、改めて魔女の騎士であるエミリア殿に俺の異常な再生能力とその期間、ひいては血の効果がどれほど長続きするかを聞いたのだ。
魔女が長年の功績を讃えられて、その任を終えるとき、虹色の欠片を飲み込んで治療――魔女の力を失うという話を以前にクラウディアに聞いた事があった。
更にエミリア殿にその詳細を聞くと、飲み込んだ虹の欠片は魔女の力を消し去っても、不老を保ち、傷を癒す効果がしばらく続いたとか。
その異常な再生能力は血にも及び、それを口にしたヒトへも効果があったとの事で、まさしく今の俺の状態がそれだ。
俺の匿名カルテにはそれに似たような事が色々書いてあって、採血量がそれなりにあったことで色々試したらしいな、あの医者先生……。まぁ、医者も研究職の一種だからしょうがない事だし、それを見たエミリア殿がピンときて、俺の生存を確かめるべく此処に来たので文句は言えないが。
話はずれてしまったが、エミリア殿に虹色の欠片を飲み込んだときの効果時間について聞いたところ、1か月程度との事。
俺の場合、魔法を行使する器官がなく、その部位の治療に消費されない分だけ、魔女よりは長く効力を保つだろうが無期限ではない。期間限定の再生怪人というわけだ。
あれを飲み込んでいなければ確実に死んでたので文句は言えないが、もう少し頂戴しておけばよかったなぁ……いや、今回みたいに話をややこしくさせる種になってしまうか。
とにかく、俺の血の効力が期間限定ということなら、葛城姉妹が俺に拘る必要もなくなり、別の手を探さなければならないのだ。
以上の事を分かりやすく話したつもりではあるが……なんか、凄く俺を呆れた顔で見ているな。
「アンタってやっぱり馬鹿ね」
「重要なのは貴方がそばにいてくれること。それ以外にない」
「いや、待ってくれ……俺の話をちゃんと聞いていたか? もう少し経てば、俺の血を吸っても元に戻れなくなる。それ以上に重要な事ってないだろうに。俺が側にいたってヨグの村で力を使い続ければ死ぬんだぞ?」
せっかく克服した魔の浸食への恐怖を、再び思い出させる事になったのだ。それをどうにかする話を更にしなければならないって思っていたのだが、この姉妹の反応は完全に想定外だ。
何を考えている?
頭をひねる俺に姉妹共々、溜息を吐いた後、キキョウがカエデに促されて口を開く。
「私は貴方に恋をした。ただそれだけ。貴方といっしょなら何もこわくない。ただ、離れるのはイヤ。どこにもいってほしくないし、貴方だけを感じていたい。こんなに虜にしておいて、にげるなんて絶対にゆるさない」
「女の子に恥をかかせないでよね。お姉ちゃんも、まぁ私もそういうことだと思って。アンタ、鈍すぎだってば」
…………………………………………はっ!?
なんか意識だけ五十光年ほど離れた青春銀河に逝っていた。え、なに、俺、愛の告白を受けたのか? 何でだ、心当たりがないぞ。
ヨグの村で俺がやった事と言えば、姉妹に代わって魔獣と戦った。そして、魔の浸食を一時的に巻き戻した。それだけだ。
感銘を与えるような言動は特になかったハズだし、逆に魔獣を殺し過ぎて恐怖さえ与えた。なにせ、出会ってから半月も経過していなくて、お互いを分かり合える時間は全く足りない。
そりゃあ魔の浸食を抑制した事に対しては感謝されたが、それが最大要因か? しかし、恋心にまで繋がるかというと……うーむ、やっぱり良く分からないぞ。
仮に彼女たちの恋を認めたとしてもだ……放っておけば、魔の浸食を抑えるライフラインが途絶える事に替わりはなくて、愛しいヒトとなるべく一緒に居たいって事と矛盾しないか?
「わかる必要はない。どうせ最後に死ぬなら、愛する人と共に死にたいの」
「そう、アンタは私たちと一つになるの、ずっとずーと、永遠に」
「まった! 悪いが俺は君たちの心中の物語には付き合えない。力づくでというのなら、俺も穏便にとはいかないぞ!」
淫靡でありながらもどこか異様な雰囲気を纏い迫って来る葛城姉妹に、俺の警鐘がガンガンと鳴り響いた。
明らかに破滅に向かって一直線だってのに、それを完全に無視して突き進む。それは駄目だ。
俺の思考にも近いものがあるが、俺のは己の全力を出し切り、魂まで出し尽くして足掻いた末にどうにもならなければ受け入れようってモノだ。生きる事を実感するために、しかし命を危険に晒して戦う、それが俺の抱えるどうしようもない矛盾。けれどもそれは生きてこそだって分かっているし、どんな手段を使っても生き伸びるって意思が根底にはある。
しかし葛城姉妹のこれは、前提として死ぬことありきだ。成り行き任せの自暴自棄――心中願望にしか思えない。
最初のカズラと戦う前にも感じて、戦った後は俺の見込み違いと思っていたが、本質は何も変わってなかった。
その破滅を望む性根は叩き直してやらねばなるまい。
ただ俺は口下手な戦闘バカだ。口先で何を言っても丸め込まれそうな気がする。ここは一つ、決闘スタイルでいこうじゃないか。正論であってもそれを成す力が無ければ机上の空論だ。
俺は傍らにあった黒木刀を掴むと、葛城姉妹に表に出るように促した。
「戦えっていうの? アンタみたいな戦神の化身と……卑怯よ!」
「そうかもな。けれど、俺が好きな女は俺より強いよ? 彼女に及ばない俺に負けるようじゃ、結局、俺は此処から居なくなる」
「……わかった。私のすべてを使って貴方をものにする。カエデ、手伝って。好きな女を私にしてみせる」
「そうね……結局は力づくか。私達だって竜神様の末裔なんだから、甘く見ないでよ!」
そうだな、甘く見るつもりはない。お前たちの力は良く知っているし、それも二人が連携するってんなら、もしかしたらオクタヴィアよりも危険度は上かもしれない。
だから俺も本当の本気でいく。
俺だけの為じゃない、葛城姉妹を生かすために……神魔刀クロモリ、お願いだ。力を貸してくれ!
そんな俺の必死の願いが通じたのか、黒木刀の鯉口からピキッという音が響いた。




