5話 魔女(下)
「どうだァ……もう、いい加減にしてほしいぜ……ハァ、ひぃ、ふゥ」
「見える範囲じゃ、あと数匹ってところです。今回はやたらと多いですね」
最初に魔獣の群れを視認してから、ずっと石を投げ続け……いつしか太陽は沈み、空には綺麗な満月が輝いていた。
時には休憩や食事を挟んでの戦闘であったが、山と積まれた石がなくなるまで全力で投石すれば疲労困憊で立っているのがやっとの状態だ。
上司も全ての矢を使い果たし、弓を放り出して大の字になって倒れている。俺と違って水とスープしか口にしていないのによく保つもんだとその効率の良さに感心する。
防衛局の攻撃を受け、大地には千を超える魔獣の死骸が横たわっていた。
魔獣の死体を放っておくと、それを栄養源に三日と経たずに色濃い草木が生え始めるので、魔獣の死骸回収も伐採隊の重要な任務なのだが、伐採隊の休み明けの回収作業は凄いことになりそうだ。
いや、ここまでの量ともなると他の部隊も手伝わされることになるだろう。護衛する範囲も広くなって……こりゃあ、大変だ。
生き残っている魔獣が護衛隊から矢を射掛けられて数を減らしていくのを見ながら、うんざりした気持ちで溜息を吐く。
明日、明後日は確実に筋肉痛だろう。何もなければ明日は休暇を貰えるだろうが、明後日はまたも砦の上からの投石任務だ。筋肉痛を引きずったまま任務をこなすのは戦闘狂と呼ばれている俺でも気が重い。
今日は用意された石も使い切ってしまったし、上官殿も立ち上がれないほど疲労している。見える限りで魔獣は殺し尽くしたし、夜勤の連中に引き継いだら、早く寝るとしよう。あー……今日、あの悪夢を見たら確実に死ぬな。
篝火と月の光に照らされた魔獣の死骸を見下ろしつつ、そんな益体もない考えが頭を巡っている。脳が眠りかけている証拠だ。しかし――クロモリの裾に新たな魔獣の群れが現れたことで眠気は綺麗に吹き飛んだ。
「上官殿、更に敵の増援です」
「おいおい、嘘だろう……こンなの、初めてじゃねェか」
流石に倒れている訳にはいかず、上司が立ち上がって俺の横に並ぶ。
見下ろす先には二百を超える新たな魔獣が現れていた。護衛隊や討伐隊も魔獣を視認したようで、ざわめきが大きくなると共に増援を求めて伝令係がすっとんでいく。
同時に魔獣は進撃を開始。仲間の屍を乗り越えて凄まじい勢いで砦に迫る。
「おい、やめとけよ。張り切るのは黙認するが、自殺行為は見逃せねェ。他の連中に任せるンだ」
「ッ! ……しかし、このままだと砦が、仲間が死にます」
置いていた木刀を拾い、砦の上から飛び降りようとしていた俺の肩を上官殿が掴む。その細い身体のどこにそんな力がと驚くほど強い力だ。
「この馬鹿ッ、この高さから飛び降りて無事には済まん。それに精魂尽きたその体で何ができるというんだ。お前の力は体調が万全であってこそのものだ。何度でも言うぞ、他の部隊に任せるんだ!」
急にまじめな口調になって、俺を押し留める上司に驚く。
仕事はしっかりとこなすが、いつも軽薄な態度で接してきていたので、俺のことを厄介者扱いしているだけと思っていたが……ちゃんと部下として見ていてくれていたのだ。そうでなければこの砦を破られようとしている場面で俺を止める理由がない。
「……わかりました。石や矢が余っていないか、防衛隊の連中に確認します」
「オレも行く……今日は徹夜だな、くそったれ」
砦の上から攻撃できる手段を求めて俺たちは走り出した――が、いずこから放たれた火箭が魔獣の群れの中心を射抜き、大爆発。その余波が、俺たちをなぎ倒した。
しばらくして体の感覚が戻るのを確認すると、掛かった砂やほこりを払いつつ、立ち上がる。
近くには上司も倒れていた。見る限り外傷はないようだが、内臓を傷つけていることもあるから油断はできない。近寄って声を掛ける。
「上官殿、無事ですか?」
「あ、ああ……大丈夫だ。何が、起こった?」
「わかりません。急に魔獣が爆発して……その前に砦から何かが飛んでいったように見えましたが」
砦の外、爆発が起こったあたりを見ると、未だ砂埃が舞っていて見え難くはあったが、クロモリの裾さえも消失する巨大なクレーターが出来ているのが確認できた。もちろん、その直撃を受けた魔獣どもは根こそぎ吹き飛んでいる。
いったい何なんだ……もしや、開発部隊の新兵器だろうか? 上官殿に止めてもらって良かった。砦の外に出ていたら俺もミンチになっていただろう。
まさに九死に一生を得たことを実感して、鳥肌と吐き気が止まらない。あんな凄い兵器があるのなら事前に教えてくれてもいいだろうに。
そう思い、火箭が放たれた砦の一段高い所を見ると――満月を背に、一人の美しい女が佇んでいた。
豪奢なローブを身に纏い、右手を前に突き出して油断なくクレーターの方を見る目は鋭く、俺たちを鍛え上げた教官達に通じる意思の強さ、いや、それ以上の覇気を感じさせる。
まさに寝物語に聞いた戦女神のようで、その在り方に見惚れてしまった。
それが……永い付き合いとなる、魔女との出会いだった。