21話 軟禁
あれから一週間ほどが経過して――俺は軟禁されていた。
軟禁されたと言っても世間一般に知られるほど狭い空間にではなく、社の境内であれば自由に行動可能だ。
けれどもその境界を越えたら葛城姉妹のどちらかがすっ飛んで来る。そして俺にしがみついて泣くのだ。シクシクというよりは幼女のぎゃん泣きという感じで、あれをされたら何もできなくなる。
こうなったのは完全に予想外で……まいった。男を引き留めるには一筋の髪があれば十分とか聞いたことがあるが、まさか自分がこのような形で実感するとは思わなかった。
魔獣もあの夜からは出て来ていないと聞いているし、そうなると俺が村の役に立てることは無いのだが、体が鈍ってしょうがない。筋肉トレーニングは欠かさないようにしているが、俺は実戦の中で心技体を鍛える派なので消化不良は否めない。力を使うと魔の浸食がある葛城姉妹を鍛錬に付き合わせる訳にもいかず、鬱憤が溜まる日々が続いている。
最近はルーチンの筋力トレーニングを終えた後、拝殿の正面で座禅を組んでイメージトレーニングをしているが、流石に飽きる。
せめて海が見れたら……観光でもできれば気晴らしになるのに。いや、それが贅沢なのも分かっているが……ハァ。
なんでこんな事になったのか? ……それはあの超常力戦隊のお披露目の夜、俺が張り切り過ぎたのが原因だ。
カズラを黒木刀による投擲――黒流星で仕留めただけでもその場に居た全員を驚かせるに十分だったが、その後でカズラの死骸に群がって来た魔獣に対し、完全復調した躰を使って殺しまくりの大暴走をしてしまった。
神通力を使わずともヒトは十分に魔獣と戦えるってことを示すために、俺が持つ全ての術を使ったんだが、それがまずかった。
普通のヒトは木刀で魔獣を斬る事はできない。それどころか、その辺に住む野生動物すら無理だ。そんな当たり前の事を忘れていた。葛城姉妹に忠告されたし、初日に会った自警団も凄く怯えていたってのに……。
彼らの目に、十二神将や真一文字がどう映ったかは分からない。もしかしたら、言い伝えにある天狗の妖術に見えたのかもしれなかった。
だから、魔獣を殺し尽くし、返り血で血みどろになった俺に恐怖を覚えても仕方がない。
ニエモリのある出島から帰って来た俺に対し、恐慌をきたした超常力戦隊が神通力による火炎弾を放ってきたんだが……それを容易く黒木刀で打ち消したのも、恐怖に拍車を掛けたのだろう。
もう上に下への大狂乱だ。小の方はもちろん……大の方もやっちゃったヒトが居たかもしれない。
その時になって、ようやく自分のやってしまった事に気付いた。ヒトの希望どころか、地獄の死者――まさしく死神の所存だ。例え、戦い慣れた防衛局員だって恐慌に至っていただろうな。
困り果てた俺であったが……そこに小鹿のように全身を震わせ、いつもの悪人顔を作れなくほど顔を引きつらせた村長が近づいて来て、しばらく社で静かにしていたらどうか、との提案をしてくれた。
即刻、追放とならなかったのは、魔獣に対する戦力を手放したくなかったからか、若しくは、近隣の村に俺を解き放って責任を問われるのを恐れたのか……なんにせよ閉じかけた物語がまだ続けられることに安堵した。
魔獣の返り血を洗い流す為に不本意な海水浴を行い、その夜は大人しく社に帰った。
しかし計算違いは続いていて、その日から葛城姉妹の過剰な拘束が始まった。初日なんてトイレの中にまで付いてきたくらいで、ここ数日でようやく今の状態にまで落ち着いたのだ。
恐らく……自分たちの全力でも、俺を止められないと悟ったんだろうな。事実、彼女たちの力では本気の俺を止められない。
いつか消えてしまう俺に、ようやく克服した『魔の浸食』への恐怖を思い出したんだろう。それとも単純に俺に捨てられることに恐怖を覚えたのか……最初のカズラ出現の時に取った態度が不味かったかなと反省することしきりだ。
今だってキキョウが鳥居のあたりに立って俺をずっと監視している。姉妹で昼夜問わずの常時監視だ。当然の如く、寝るときは両腕を拘束されるし、息苦しいったらない。
しかし、いつまでもこの状態で居るのは不健全だ。本当に飼い殺しになるし、思い余って姉妹が俺の血について村長に話したら飼い殺しどころか、下手をするとこの国の政府に狙われる可能性もある。
こうなったら最後の手段だ。
次の新月まであともう数日ってところだが、その日に合わせてプランBを強行するしかない。ヨグの村の皆を味方につけた方が成功率は高いんだが……仕方がない。アレな演出でアレするかないか。
そうやって静かに覚悟を決めていたら、珍しくこの社に訪れる人の気配があった。敵意は無いし、キキョウが騒いでないから敵ではないんだろうが……。
あの惨劇以来、村長だってここへ来ることはなく、外に用事がある時は葛城姉妹のどちらかが出向いていた。物珍しさ目当てか、あえて恐怖を味わいたくなったか、奇特なヒトがいるもんだ。
そう思いながら目を閉じ、無念無想で玉砂利を踏む音を聞いていたら、驚くことに俺のすぐ近くまで来て真正面で立ち止まった。
はて? 恐怖を感じたいってのにしても近づきすぎだ。
怪訝に思いながらも目を開けると、そこに居たのは俺が幻想する白いワンピースに麦わら帽子の清楚な女性だった。腕と足に付いたキレッキレの美しい筋肉がそれを台無しているのが残念ではあるが……その容貌には覚えがある。
なんで……ここに彼女がいるんだ?
「久しぶり……というには、会っていない期間がそれほど長くはありませんが、こんなところで何を黄昏ているのですか、四精の魔女の支配者?」
「……エミリア殿…………その二つ名は止めてくださいって何度もお願いしたでしょうに」
しかし、その言葉でようやく全ての記憶が蘇った。
ずっと記憶の中で影法師だった二人――クラウディアとオクタヴィアの事、そして黒木刀の本当の姿も。何で俺がこの地へ来ることになったのか、ついでに何で俺の血が特異な力を持つに至ったのかも全てを思い出した。
なんてことはない。自業自得……いや、あの二人の暴走がこの物語の始まりだったのだ。
ルビに文字制限あるため、読み替えてください。
エレメンタルキャリバー ≒ エレメントキャリバー




