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エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第二章 ニエモリ
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18話 飴


 その後、誰かが襲い掛かって来るって事が無いことを確認した上で宿坊に戻った。


 村長との話がそれなりに掛かったので、葛城姉妹はもうすでに起きているに違いない。そう思って寝室の扉を開けると猫のように寝具にくるまって姉妹二人が寝ていた。寝顔だけ見ると本当に年頃の可愛い娘にしか見えない。昨日の事を思うに、よほど疲れたのだろう。あまり女性の寝顔を見続けるのは失礼だと思うので、扉をそっと閉めて厨房に向かう。


 食糧庫にある食材を見繕って朝食を作ってみよう。昨日のカエデほどではないが、孤児院に居た頃に仕込まれたから多少は心得がある。密談の毒抜きの為に、久々に挑戦するのは悪くないと思えた。


 実際、腕前は落ちていなかったようで、主菜、副菜、汁物が一品ずつと質素ではあるが三人前の朝食を作り終える。これに主食のパンを加えれば十分だろう。


 冷めない内に食べた方がよいだろうなと思い、姉妹を呼びに行こうと思ったら食堂の扉が開いた。


 なんだか二人とも寝ぼけているような、だらしない顔でテーブルに着く。起きたら居なかったことに何か言われると思ったが、そういった事はなく半分夢心地のようだ。


 顔でも洗ってきたらどうだ、と言おうとしたが食事を食べた後でもいいかと思い直して配膳する。


 すると、いただきますの声もなく、猛然とがっつき始めた。流石にそれは女の子としてどうなんだという荒々しさだ。


 まぁ、不味いと言われるよりはマシか。なんだか孤児院の年下の子を思い出して笑ってしまった。そんな子供を微笑ましく見守る気持ちで、俺も食事を摂る。



「お父さん、腕おちたー? 次はもうちょっと頑張ってねー」

「私はすき、おかわりほしい。お父さんよろしく」



 思わず口の中の汁物を吹き出すところだった。誰がお父さんじゃい! わしゃあまだ十代青春真っただ中の健全な男子なんだが……完全に寝ぼけているな。


 とりあえず、黒木刀で二人の頭を小突く。ちょっと面白いけど、この状態を放っておいたら後で怖そうだ。



「りふじん……ッ!?」

「いったーい。なにすんのよ、お父さっ!?」



 ようやく目が覚めたようで、俺の顔を見て、姉妹揃って目を白黒させた。そして、静かに食事を摂り続ける俺を他所に、てきぱきと食器を片付けて何処かへすっ飛んで行った。


 恐らくは顔でも洗いにいったのだろう。やはり男女が一緒に住むのは難しい気がするなぁ。


 あと、やっぱり幸せな家庭で育ったんだと思わせる言葉を聞いて……どんな結末になっても、この姉妹だけは無事に故郷へ返してやりたいと思った。




---




「ちがうの! ちょっと寝ぼけただけなの! だからさっきのは忘れて!!」

「……ふかく、もうお嫁にいけない。せきにん取って」

「わかったから、ドサクサに紛れて俺の血を吸うのは止めてくれ。もう何処にも浸食はないだろうーが」



 戻って来た二人は、俺が食器を洗って片付けるのを待って襲い掛かって来た。


 姉妹ともども俺の腕に噛みつきながらしゃべるという器用な事をやっているが、普通に痛いし、舌がこそばゆいので勘弁して欲しい。こんな事をするのは、随分と気を許してくれている証拠だと思うのだが、何か友達とか恋人とかそういうのをすっ飛ばした上に時間軸を斜めに跨ぎ、本当のお父さんになった気分だ。


 美人二人に引っ付かれても、全然嬉しくなく、うっとうしいという気持ちの方が強いのは何なのか……朝立ちはしていたから、性欲がなくなったという事はないんだけれども。いや、血を吸われている所為だな、コレ。


 とにかく両腕にくっついて離れない姉妹をなんとかひっぺがした。

 


「目が覚めたのなら、ついでに風呂でも入ったらどうかな? 寝てる間に引っ付いてたところの汗が凄かったし、君たちはもうちょっと身なりというか、男に警戒心を持った方がいいと思う。その間にちょっと俺は出かけてくるから」



 正直、姉妹の服がやけにはだけていて目のやり場に困るが、それは無理やり横に置く。


 この村を村長から解放すると決めたから、その実行に向けての情報収集だ。ニエモリ、村長、自警団、そしてヨグの村に纏わる事はなんでも知っておきたい。


 もうこうするしかないかなって大筋は頭の中にあるんだけど、終わった後に敵を作るのは最小限に留めたいのだ。昨日のあの様子だったら村人や自警団は問題なさそうだけど……村長の側近は無理かもしれない。


 最悪の想定は両派が争っての全滅エンドだが、それは絶対に回避しなければ。逆に全て上手くいった場合のハッピーエンドもありえるが……それに出来るだけ近づけるためにも、まずは自警団に話を聞こうと思っている。


 だから離れてくれないかな、再びくっついてきたお嬢様方。あと、隙あらば血を吸おうとするんじゃない、貧血になるだろーが。君らは吸血鬼かっての。



「やだ、私達も付いてく」

「ひとりにできない。あなたが視界に居ないのはイヤ」

「君らが居ると話がこんがらかる。ちょっと自警団に話を聞きに行くだけだから」



 この地の最大戦力が揃って行っては、話を聞くってのが尋問になってしまう。


 それでは、自然の状態で話を聞くより、自分の思いを強要するような答えになりがちで、本当に欲しい情報ではなくなるのだ。防衛局では脱走兵相手にそんな仕事もさせられて……嫌な思い出ではあるが、糧にはなった。だが、それを素人に言っても納得させるのは難しい。


 ……このままでは、埒が明かないな。ここは一つ、分かりやすい飴を使ってみるか?



「3時間ほどで戻るよ。それまでに戻らなかったら好きなだけ血を吸っていい。おまけで今日の添い寝を許可する……駄目かな?」

「やだ、そんなのつまんない。それに添い寝はアンタの許可がいるもんじゃないし」

「私たちを馬鹿にしすぎ。そんなんじゃひきさがれない」

「……じゃあ、オレが2時間以内に戻ったら、君らを縄で縛って吊るした上に、鞭で叩くってのはどう? 俺を信じられないなんて愚かな女たちだ! ……なんてな? ははっ、こんなことじゃ納得しないよな、どうしようかなぁ……」



 つい、何処かで聞いたような冗談を口走ってしまった。これでドン引いてくれて俺から離れてくれたらなぁと思っての事だったが……本当に離れられて、ちょっと焦った。


 いや、冗談だよ、冗談だからね!?



「それならいい、早くかえってきてね。一時間以内にかえってきてくれたら特典つける」

「鞭は乗馬用のやつでいい? お姉ちゃん、縄ってどこにしまってあるんだっけ? ちゃんとしないと痛いって書いてあったから、蝋燭の火で縄のケバを焼いとくね。油かクリームも用意しておかないと」

「……………………!?」



 いや、待て待て、まだ焦る時間じゃない。2時間以上経った後、3時間以内に戻ってくればいいだけのこと。


 腐ぅー……そう、何も困る事はない。いざとなればすべてを捨てて逃げればいいだけの事なんだ。頑張れ、ルート・トワイス、こんな事で挫けたら一生、上官殿に顔向けできないぞ!



 その後、なんだか凄く期待をしている表情の姉妹に俺は送り出された。


 もしかしたら、一部の女性の間でアレな読本が出回っているのかもな……見つけたら絶対、焚書してやる。可愛い女の子に何を教えてやがるんだ!


 しかし、あれ? これってもしかして、上官殿の言ってたジゴロ的な事をやってないか俺…………いや、気のせいだ、気のせい。彼女たちの性格がちょっとアレなだけ。そう、俺は悪くない。ジゴロの才能なんてないぞぅ! ……多分。


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