17話 必要悪・落
「ああ、その物騒な物は仕舞ってもらえるかな。落ち着いて話ができないのでね」
「貴方が刃の付いていない武器を恐れるのですか? 討伐隊と言えば、いくらでも替えの利く護衛隊や伐採隊と違って、索敵から討伐までを一貫して行う精鋭と聞いていますが」
「ハハ、私が現役だったのは随分と昔の話だよ。それに毎年10パーセント未満の生存率の壁を越えて生き残った護衛隊員を馬鹿にする防衛局員は、どこにもいないだろうさ、無能な上以外にはね。事実、君はその木刀を持って複数の魔獣を相手に後れを取らず、あの大型魔獣カズラを相手に生き残った。その戦闘力も、生存する能力においても、化け物と言って支障ないだろうさ、いや、褒めているのだよ?」
「…………承知しました、武器を置きましょう。それにしても、興味深い。部隊構成はどこの防衛局も同じですか」
「この国の防衛局は皆、同じような部隊構成だとも。魔獣の種類がほぼ同じらしいから似るのも当然だ。国外では基本種以外に変種がいると聞くがね」
へぇ、そいつはいい話を聞いた。この国の魔獣に飽きたら別の場所に行くのもいいかもしれないな。俺は頭が悪いから、他国の言葉はその時、横にいる誰かに任せよう。
……さて、世間話はこれくらいにして本題と行きましょうか。
黒木刀を地面に刺して一歩下がる。これぐらいが譲歩できる限界だ。
あからさまに素手で危険の無いことをアピールしている村長だけれど、この男に気を許すなってのはカエデから忠告を受けているし、元より油断するつもりはない。元防衛局員で討伐隊と聞いたからには尚更だ。正直、今のタイミングで物陰から矢が飛んできても不思議じゃないと思っている。それだけの情報を村長は昨日、目にしているのだ。
村長はそんな俺の態度にヤレヤレと言った感じで肩をすくめ、いつもの悪人顔で話す。
「そう構えるような話ではないよ、まっとうな疑問とそれへの答えが欲しい。神主殿が元の姿に戻った理由を知りたいのだ」
「それは俺にも分かりません。彼女に直接聞いてください。神通力を使う家系のことはこの土地に来て初めて聞きましたし、神主殿こそが専門家でしょう。それに女性のプライベートを適当な推測で語って燃や――怒られたくはないんで……」
これは本当の話だ。俺の血が効いたのは事実だが、理由は全くわからない。もし村長の血が『魔の浸食』に効いても、あーそうなんだ、と何も考えずに言ってしまいそうな不可思議な話だ。
だから俺は嘘をついていないし……村長相手に全ての情報を口にする義理はない。
あと、やっぱり葛城姉妹が怖い。
「そこをなんとかならんかね? 是非ともその情報が欲しいのだ。今後の防衛に関わって来る話でね、昨日言いかけた戦闘部隊の運用をより良くするための最優先事項なのだよ」
「ですからそれはご自身で聞いてください。あの姉妹の癇癪から俺を守ってくれるなら、聞き出す事を考えんでもないですが……無理でしょ?」
「…………うん、無理だな。神通力を無尽蔵に使える存在なんぞ荒魂となんら変わらん……わかった、この件は神主殿と巫女殿に直接聞く事にしよう。案外、簡単に教えてくれるかもしれん。それまでに出来るだけ機嫌を取ってもらえると助かる」
……危なかった。今、葛城姉妹が同席していなくてよかった。俺の血で戻ったとか口走らないよう伝えないと。昨日は力づく云々を心の中で言ってしまったが、面倒は少ない方がいい。拉致監禁に怯える日々とか勘弁願いたいのだ。
「あと、君に聞きたいのは魔獣カズラの件だ。次にアレが出て来ても対処可能と考えていいかね? いや、今日、君に会うまで気が気でなかったよ。あの規模の魔獣の森からカズラほどの大型魔獣が出て来るとは完全に予想外でね。まったく、とんだ計算違いだ。想像以上に魔獣の森の管理者というものは辛い仕事だよ」
魔獣の森の『管理者』? ……まぁたヤバイ単語が出て来たぞ。わざとか、俺を元防衛局員と知って口を滑らせたか、いずれにしても心に留め置かなければならないキーワードな気がする。
「…………カズラの対処自体は問題ないですよ。俺が駄目でも葛城姉妹が居れば何とかなるのは、昨日見た通りです。えーと、超常力戦隊ジンツウリキンでしたっけ、貴方の部下の手には負えないんですか?」
「ちょっと待ってくれ、君のネーミングセンスは最悪だな!? ――いや、部隊名を考えるのが面倒だからこの際、正式にその名称を採用しようかな……ンンッ、とりあえずそれは横に置いておこう。カズラが出たら使いを走らせるから、すぐに来て欲しい。虎の子の戦闘部隊ではあるが実戦経験に乏しくてね、今、彼らを失うわけにはいかんのだ」
「……了解しました。元より戦いの場を譲るのは嫌なんで、駆け付けますよ」
「それが聞けてよかった。少しは私の胃への負荷も減るだろう」
昨日のリベンジを果たさなければ気が済まないし、葛城姉妹や超常力戦隊とやらの負担を減らすためにも、大型魔獣との戦闘は出来るだけ俺が担当したい。
さて、村長からの俺への話はこれで大方、終わったようだけど……俺から村長に確認しておかなければならないことがある。場合によっては殺し合いになる――そんな気持ちを隠してなるべく平静を装い、話を振る。
「それにしても防衛局の地獄を卒業した貴方が、別の場所で防衛局に良く似た別の地獄を作るなんて、一体どうしたらそういう発想に行きつくんですかね?」
村長は一瞬だけ呆気に取られたかのような表情になったが、すぐにいつもの悪人面を作った。
「フッ……前にも言ったがね、私は食い詰めた哀れな家系に活躍の場を与えてやっているだけさ。それどころかスペアは使い潰さずに次世代へ繋ぐ糧もくれてやった。十分に救いの手を指し伸ばしてやっているつもりだがね」
「俺が言っているのは戦隊の方も含みますよ。村長さんが、どうやって超常力を持つ戦隊を作ったか知らないが、力に代償は必要で……神通力の当主の次は、その戦隊を生贄にするつもりでしょ? 彼らを生贄として魔獣の森から富を得る……本質は俺達が過ごした地獄――防衛局と何ら変わらない。千の犠牲を求め、代わりに万の富を与える……誰かが教えてくれたこの神話は本当に汎用性が高い。貴方の箱庭を示すのに、実に適していると思いますよ」
俺が出来るだけ平坦に村長の思惑を述べると、村長は今まで見ていたのよりも数段邪悪な笑みを浮かべた。
ようやく自分の芸術を理解してくれたパトロンを見つけ出したかのように、あるいは、本物の悪魔を見つけたマッドサイエンティストの如く嗤う。
「……昨日漏らした一言から、よくそこまで的確に推測できるものだ。確かに私がやっていることは防衛局となんら変わらない。そのまま放置しておけば無駄に消費される命に、活躍の場を与えてやっているか否かの違いでしかない。防衛局よりは随分と効率的に命を消費させてもらっているが、その果ては同じだ。しかし、君のいう神話は、いわば人間社会の縮図だよ! 犠牲無くしてヒトは……いや全ての命は歩むことができない。それは誰もが目を背けながらも認めざるを得ない、そう、摂理と呼ばれるものだ」
……命は犠牲を求めるモノ。別にそこに異論はない。何せ、全ての命が他の命を糧に生きているのは事実だ。
だが、村長のいう摂理とやらを聞いた上で、この箱庭を許すかどうかは別問題だ。
俺には曲げられない信念がある。この地では記憶が無くて右往左往することが多かったが、村長の意図を確かめた今、方針は決まった。
たとえ傲慢でも、自らの器が足りずとも、やらなければならないことはある。
「俺は頭が悪いから、どうも論争は苦手でして……だから、貴方の箱庭に対する答えは以前に言われた挑戦を受けることで返答とさせてもらう。俺は、葛城姉妹も、ヨグの村も、貴方から解放して、この地獄を終わらせる」
「ほぅ…………承知した。さて、君一人に時間を取り過ぎたようだ。私はこれで失礼するよ。戦闘だけにしか能がない君が何処までやれるか……奮戦を期待する。フ、ハハハ、クッはっはは!」
村長は嗤いながらこの場を去って行った。俺にそんな事は出来るはずがないと確信しているようだった。
だが、それは今の葛城姉妹の置かれた状況を知らないからの余裕だろう? 多少歪ではあるが、あの姉妹を村長から解放することはほぼ出来ているのだ。次は、この村を貴方から解放する。
何せ俺はあの上官殿の叫びを聞いたんだ。あの慟哭に背は向けられない――新しい地獄の完成を見過ごすことは絶対に出来ない。
どんな形であれ、この状況を乗り越えてこそ、本当の意味で俺は防衛局を卒業できる気がする。そして、上官殿の真正面に立つことが出来る気がするんだ。
それが、この地を離れられない一番の理由になった。
例えそれを成す事が一部のヒトにとって『悪』と呼ばれる事であっても、俺は成し遂げる。