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エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第二章 ニエモリ
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16話 幕間


 翌日、起きたのは朝の早い時間だった。


 今日も両隣には葛城姉妹が居て、俺の両腕を抱えている。ただ、昨晩のように強い力での拘束では無い。起こさないようにゆっくり静かに腕を抜こうとしたら、なんの抵抗もなく抜けた。


 やはり昨日は色々な事があって疲れたのだろう。気持ちよく寝息を立てており、起きる様子はない。


 改めてよく見れば、あどけない寝姿は年相応の少女であり、昨日のような狂気は全く感じられなかった。


 寝ているから当然かもしれないが、しかし、狂気をはらんだヒトの寝顔は弛緩せずに狂相となることを、俺は防衛局での集団生活を経て知っている。もしかしたら、昨日は無理をして演技をしていたのかもしれなかった。


 だが、彼女たちの心の裡は彼女らにしか分からない。女心は秋の空というから、深読みしすぎても馬鹿を見るだろう……多分。


 俺は自分がやりたいと思った事をするだけだ。


 そこに葛城姉妹の思惑は関係ない。ただ――命の借りを返さずに去るほど不誠実ではないつもりだ。


 それに、記憶の肝心なところである影法師二人に関するモノが戻っていないし、そこには、なぜ此処に来ることになったのかの理由についても含まれる。


 何より、このニエモリという場所は俺の闘争本能を満足させてくれる。昨日は、見切っていたハズの魔獣の行動パターンも新しくなって死にそうになった。


 まだ、命を賭けての鬩ぎ合いが出来るというのなら、この地を去る理由はない。



 昨日の徹夜明けの仮眠とは違い、夜から朝まで十分な睡眠を取った所為なのか、思考が明瞭になった気がする。体調もようやく万全といった感じで、これなら不覚は取らないだろう。やはり一日六時間以上は睡眠を取りたいものだ。


 よし、本当に調子が戻ったか確かめるのに、木刀を振ってみるか。


 まだ起きる気配のない姉妹を置いて寝室を抜け出す。


 しかし、一応、俺も年頃の男なんだけど、無防備に過ぎやしないか? 信頼してくれているのか、臆病者(チキン)と馬鹿にされているのか……置いて行かれるのが怖いのか。


 妙に生きることを諦めていた姿勢が、生きることに貪欲になってくれたのだから、俺の行動は結果として良かったんだと信じたい。こんなにも俺に執着するようになるとは想像できなかったが……どうしたものか。



 新調した服――葛城姉妹が用意してくれた袴の、いつの間にか腰にあった黒木刀を右手に持って、宿坊の横にあるちょっとした広場に立つ。


 昨日の事を思い出すと汗顔の限りではあるが、少なくともカズラの毒液飛ばしをどうにかする方法を考えておかねば。『十二神将・帳』は防御技として優れてはいるが、かなりの体力を使う。心構えも肉体的な溜めも必要だから、少しでも躰に不調があれば咄嗟に出せず、昨日のような不覚を取る羽目になる。もっと精錬するか、別の技を編み出すか……宿題は山積みだ。


 それに……昨日も少し違和感を覚えたが、黒木刀が少し大きくなっている気がして……今日、改めて見ると、やはり変化は明確だ。一昨日、昨日と段階を経て、元の大きさより一回り大きくなっている。


 今まで重さや色は変わる事があったけれど、形状が変わるなんて初めてで……言い訳になってしまうが、昨日に不覚を取った事の一因であったりする。もう二度とあんな事がないように、手と躰に馴染ませておかないと。


 黒木刀を大上段に構え、一息に振り下ろす。


 悪くはない。あと千回ほども振れば修正はできるだろう。願わくはこれ以上の形状変化はして欲しくないんだけど、コイツにそれを願うのは無理だろうか。壊れないのはとても便利だけど、我ながら厄介な武器に見初められたものだと思う。


 さて、それはともかく、先ほどから待たせて申し訳ない。ご用件は何だろうか?



「やあ、朝早くから精の出ることだ。魔獣は私に押し付けておいて、いい身分だね」

「身から出た錆というやつでは? それに苦労しているのは貴方自身じゃなく、部下たちでしょうに」



 玉砂利を踏む足音から誰かの接近には気づいていた。しかし、こんな早い時間に直々に足を運ぶとは……黒幕っぽいのに、随分とフットワークが軽いことで。


 木刀を振る俺の横には、両手を脇に広げていつもの胡散臭い笑顔を浮かべた村長がいた。



「防衛局時代はなんでも一人でやっていた。その癖が今も残っていてね……少なくとも大事な事は、自分自身でやらなければ気が済まない。君もそうだろう?」

「……記憶の大半が蘇ったら、すぐに思い当たったよ。貴方はいわゆる上官殿が辿る出世ケースの一つだな。いずこかの防衛局の卒業生だ。俺も卒業生の一例……とは言えないか。なにせ出世して異動したんじゃなく、自主都合で退職したもんでね」

「やはりか……その上官とやらが誰を指すかは分かりかねるが、我々は同じ釜の飯を喰らう同輩だったということだな。君が何処の拠点出身かまでは分からんが」



 それはそうだ。なぜか防衛局に横の繋がりはなく、ある時まで他の拠点がある事すら知らなかった。それにどんな思惑があるかは分からないが、碌なものではない気がする。



「改めて名乗らせて貰おう。元アケノモリ防衛局が討伐隊、甲64932号だ。今は村長や自警団長などと呼ばれているがね、君になら私の今の名前を教えてもいい。途中退場とはいえ、昨日もだいぶ儲けさせてもらったからな」

「はは、ご丁寧な名乗りを有難く頂戴しますよ。元クロモリ防衛局が護衛隊、乙14142号です。この地では『エン』のままでお願いします。まだ、記憶は完全に戻っていないし、あの名前を許すのは気心を知れた仲間と決めていますので。昨日の失態と、見捨てられたことは忘れちゃいませんよ?」



 さぁ、あの姉妹が起きて来る前に聞かせたくない話はしておきましょう。場合によっては……命を賭けたモノになるかもしれませんがね。


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