15話 生贄
とりあえず、カズラによる危機は去り、魔獣がニエモリから出て来る様子がなかったので、島からヨグの村へと戻る事になった。
その前に、カズラの麻痺毒液を全身に浴びてしまった俺は葛城姉妹に監視――見守られる中、素っ裸になって海水浴を行い、違和感がなくなるまで毒液を洗い流した。無論、着ていた服や下着についても可能な範囲で洗い流したさ。
本当だったら毒液の付いた服なんて再び着用するのは嫌だったんだけど、素っ裸の俺を見る葛城姉妹の目が、どこかの淫獣二人の影を思いださせるほど怖く、仕方なく着用した。
だが、その露骨にがっかりした表情は何なんだ。
特にカエデなんてスケベ魔神とかなんとか言って、俺をなじってなかったか? そっくりそのまま返すぞ。医療以外で異性の裸を凝視するなんて絶対セクハラなんだから、勘弁して欲しい。
……まぁ、それは百歩、いや千歩譲っていい事にしよう。しかし、俺が服を着用するやいなや、両サイドから腕をがっしり抱えたのはなんでだ?
けれどそれは口に出せなかった。なんか凄く怒っているみたいで、少しでも文句を言おうなら腕を引きちぎられそうな雰囲気があったから。
「逃げたら殺すわ。もちろん、死ぬまで血を抜いてね。安心して、100年ぐらい掛けてじわじわとやってあげるから」
「逃げたら食べる。わたしあなたをまるかじり。●●も、おいしくいただく。これで次代も安泰でとてもうれしい」
……どうやら俺は二人の輸血装置へと格下げになったらしい。
そうだよなー、『魔の浸食』を抑制できる血を持った俺が、大型魔獣に突っかかって行って死にそうになったら、そりゃ怒る。それに俺の血があったらこの二人、わりと無敵なのは先ほどのカズラを屠った様子をみれば明らかだ。逃す理由がない。ついでに言えば、村長に一方的に言いなりになる必要もない。なぜなら俺の血を得た彼女たちは暴力で全てを解決できるから。
その証拠に、キキョウは被っていた般若面と全身黒タイツを脱ぎ捨てて、カエデと似た容貌を堂々と空気に晒している。力ずくで俺の血による効果を押し通す気満々だ。
本当に俺の見込み違いだったワケだ。
ちょっと前に聞いたアレは何だったのか……あそこまでは悲劇のヒロインっぽかったのに、切替えが早すぎる。これが女の逞しさなのか……。
そんなワケで、両手を吊られてドナドナされていく宇宙人の気分を味わいながら、松明のある場所まで戻って来た。
自警団の誰もが逃げ出した中、村長だけが俺達を迎えてくれたが……そんな俺達の様子に、随分と驚いたようだ。俺が必死に目をぱちぱちさせて助けを求めているのに、それに気づかないくらい戸惑っている。
頑張れ! いつもの面の皮の厚さはどうしたんだ!? 俺をこの竜姉妹から解放してくれぇ――
「えーと、だね……説明が欲しいんだが……」
「まずはコイツを医者に連れて行ってもいいですか? あの化け物の麻痺毒液みたいなのを被っちゃったみたいで、診て貰わないと」
「じゃましないで、しにたい?」
「……」
村長を援護しようにも、相変わらず俺の両手は葛城姉妹に拘束――抱えられており、それがまた凄い力で抜け出すのは当然のように出来ず、声さえも出せない。村長も姉妹のそんな異様な雰囲気を感じ取っているのか凄く消極的だ。
「……先ほどのカズラがどうなったとか、神主殿が元の姿に戻っているとか、それは百歩譲って後でもいい……いいのか? あぁうん、優先度は下げよう。しかし、君たちに居なくなられると、この村の防衛が難しくてだね」
「守るヒトなんて何処にいるんです? あの辺で船に乗って怯えている人達は、何のためにいるの?」
「いい機会。つかえるように鍛え直して。できないなら燃やす」
これまでにそんな厳しい返答を貰った事がないのか、絶句してしまった。
思いっきり正論ではあるし……あの縦に割れた瞳孔で睨まれると、恐怖で何も反論できなくなるのは良く分かる。あと、苛立ったことを示すかのように、したーんしたーんと何かを地面に打ち付けるような音が両脇から…………あっ、尻尾生えてるやん。
「わ、わかった。全て後回しにしようじゃないか! エン君には随分と世話になってしまったからね、勿論君たちにもだ! それが欠けようとしているなら、大変だ! 治療が最優先だとも、ははは。さ、早く連れて行きたまえ! 何、此処の心配はいらないよ、私には虎の子の戦隊がいるのでね。君たちの神通力を模した、ン、ッンン! ……と、とにかく問題ないから、早く先生の処へ連れていくがいい。生きて帰れよ、エン君!」
……この野郎、日和やがった。いつも通りの胡散臭い笑顔に戻ったのに、俺の助けてってサインを露骨に無視してやがる。
それにしても動揺しすぎて奥の手を漏らしたな。神通力戦隊、ねぇ……問い詰めるのは後にするか。つーか今はこの二人が主役なので、誰も逆らえないというのが正しい。
結局この後、俺は医者に連れていかれたが、カズラの麻痺毒に対抗する薬なんてあるはずもなく、特に体に問題もなかったので、血だけ抜いて異常の有無を検査することとなり、それも検査結果は後日と相成った。
そして、そのまま俺達は戦場へ戻ることなく社へ帰還し……葛城姉妹に血を吸われる事となった。
「凄い! エンの血、とっても美味しいじゃない。お姉ちゃんずるいよ、こんな美味しいモノを独り占めにしようとしてたなんて! それに戻ってく、もどっていく……体が戻るって、こんな感じがするんだ! ちょっと感動しちゃったよ」
「ひとりじめしたつもりはない。カエデが必要だったら、お好きにどうぞ。でも、●●はゆずれない、わたしが最初。それを横取りするなら、殺すしかなくなる。いい?」
「ずるいよ、やっぱりお姉ちゃんはずるい! 当主の責務も持って行ったんだから、私に譲ってくれてもいいじゃない!」
「だめ、戦う?」
「もう! 一度決めたら絶対に譲らないんだから……でも、■■は譲らないよ、絶対、私が先なんだからね!」
「それならいい……許す」
「決まりだね。エン、アンタの全ては私たちが頂くよ、覚悟してね」
なんか、俺を切り刻んで食う事を相談しているように聞こえるんだが、気のせいだよな? だよね!?
余りに酷い言葉は理解拒否する仕様の俺の耳なのだが、とにかく不穏な事を言っているのは分かる。カニバリズムとか、俺とは関係ない銀河の中だけにして欲しい。
それにだ、俺はこの村にずっと居るつもりはない。
「あの……非常に言いにくいんだけど、俺には待っているヒトがいるみたいでして……」
「だいじょうぶ、ほかの雌が奪いに来ても殺して守る。あなたは私のもの」
「私もお姉ちゃんも、ヤル気十分だから安心して私たちのモノになってね!」
……ヤバイ、いつの間にか俺が生贄のルートに入っちまってら。
どうしよう……少なくとも今は、どうにもできないな。いつものように不貞寝するしかない自分に絶望だ。
村長に取り込まれそうになったと思ったら、今度は葛城姉妹なんて……竜の眷属は情が深いって聞くが、例に違わずか。本気でどうにかすることを考えないと、この村で一生を終えそうな気がしてきたぞぅ……困った。
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そんな感じでヨグの村の二日目は過ぎていった。こんなにも濃い時間を過ごしていて、まだ二日しか経ってなかったことにびっくりした。
正直な話、このまま最後の記憶――あの二人にまつわるモノが戻らなかったら本気で飼い殺しになっていた可能性が高かった。しかし、この閉塞しかけた状況を打破するものがあったのだ!
それは、この日の検査で採取した俺の血について、正体不明な特殊成分が混入している事を危惧し、外部に助けを求めた医者の当たり前の行為だった。
直接的に俺の記憶を蘇らせるなんて事は出来なかったが、あの医者先生には一生足を向けて眠れないと思う。




