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エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第二章 ニエモリ
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13話 魔獣カズラ(中)


 あの気色悪い大型の魔獣は夢で戦ったことがある。カズラと呼ばれていたモノに違いない。


 このニエモリではアレと交戦した経験が無いようで、誰しもがあの巨大で気色悪さの極致である魔獣を見て恐怖に表情を染めている。


 あの個体の全高は約15mほどであり、ニエモリの木々に隠されて三分の一程度しか見えていないが、その異様な姿は見ているだけで吐き気を催すほどだ。


 ウツボカズラのような丸く膨らんだ袋が本体で、野生動物にも拘わらずに目立つ極彩色仕様だ。そこから生えている細長い数十本の触手は何故かパステルカラーであり、視覚を含む全ての感覚器を兼ねると同時に獲物を捕らえる捕獲器官でもある。


 そしてその触手の先端は名状し難きアレな形状をしており、これ以上は俺の中にある語彙では表現しきれないが、男女共に大顰蹙な感想を持つに違いない。


 機能としても恐ろしく、触手の先端にある小さな牙には麻痺毒があり、一噛みでもされたら全身麻痺となる。動きを封じられた獲物は穴という穴に触手を突っ込まれて内部を食い荒らされたり、本体の袋に格納して繁殖の苗床にされたりと、想像するだけで吐いてしてしまうような凄まじい未来が待っている、らしい。


 そんな凶悪な攻撃手段があるため、職業的な軍人であっても中隊規模であれば壊滅させられるらしく、一個体の生命体としては破格の戦闘力を持つと言えるだろう。


 あと、厄介なのが本体の袋に溜めているだろう体液だ。


 捉えた獲物を逃がさないように催淫効果があるらしく、アレをぶちまけたら魔獣が集まってきたり、えーとその……交尾を誘発させたりと凄いことになるらしい。


 要するに、戦っては攻略が難しく、勝っても負けても酷いことになる、災厄のような魔獣なのだ。



「た、たすけてくれっ、あんな化け物……冗談じゃねぇ!!」

「にげろにげろ! あんなん無理だ、捕まったらぜってぇ死ぬ!」

「おわりだ……この村はもう終わりだ! 船を出せっ、やっぱり俺らにゃ、船しかねぇんだ!」



 あのように自警団――村人が武器を持っただけの集団では、恐慌をきたすのも当然だ。というか、あんなのを相手に守りながら戦えとか無理なので、早く逃げて欲しい。


 可能であれば葛城姉妹にはサポートをお願いしたいのだが……あぁ、無理か。両方とも立ったまま失神しているっぽいぞ、コレ。


 巫女殿は白目を剥いており……神主殿は面をしているから分からないが、魔獣が来ているのにピクリとも動かないのだからそうなのだろう。あとは……辺りに漂うちょっとアレな匂いは無かったことにするのがいいだろうな。俺だってあんなん夢の中で対峙して心構えが出来ていなかったらちびっていたと思うし、武士の情けだ。


 カズラの出現にもかかわらず、次々と突進してくるゲキドとアギトの群れを十二神将で叩き斬りながら、アレの対処方法を考える。


 いや、正直な話、葛城姉妹を抱えて逃げるのが一番良い策なのだろうが、此処を抜かれたらヨグの村どころか、近隣まで被害が及ぶだろう。アレを退治するまでどれだけの被害が生じるか分からないし、被害を最小限に抑えるためには、この場で討伐してしまう必要がある。



「なんだこれはッ、もう満月は過ぎたというのに何を騒いでいる! 立って見ている事すらも出来ないとは、お前たちは全員、訓練をやりなおし…………ば、かな……か、カズラだと!? なぜニエモリ程度の規模で、あのような化け物が出て来る!?」



 少し離れた場所で村長が騒いでいるが、どうやらカズラの出現は完全に想定外らしい。


 確かに、島の直径は1kmにも満たず、森はそれよりも更に一回り小さいのだ。それなのに、今も出て来ている魔獣の数は昨日から100を軽く数え、普通に考えたら小規模な森にそんな多くの動物が生息している訳がない。もっと言うなら全長15mもの生物が生きていくためには餌が足りさ過ぎるだろう。あんな化け物が出て来るのを不自然と思わないのは、森の正体を知る俺だけかもしれない。



 ……さて、第一波の魔獣はあらかた片付けた。カズラがまだ森の中にいる内に、葛城姉妹には正気に戻ってもらうとしよう。


 俺は黒木刀に付いた魔獣の体液を素振りで払い飛ばし、腰ベルトに収めた。そして、まずは巫女殿に近寄って軽く頬を叩く。



「気をしっかり持て、アレに捕まったら最後だぞ。早く逃げろ」

「……あ、エン、なんなのよ、アレは!? あんな生き物、いるワケがない、在っていいモノじゃない! 私たちは、あんな化け物と戦おうとしていたの!? う…………ぉえ」



 半狂乱となったカエデ殿が俺の服を掴んで揺さぶってきたが、気持ち悪くなったらしく、急に口を押さえるも間に合わず、虹色の液体を吐き出した。


 そうだよなぁ。あんな気色悪い化け物を年頃の娘が見たら取り乱すのも、拒絶反応が出るのも当然だ。


 吐いた虹色液体は見なかったことにして、肩を抱いて神主殿へ押し付ける。



「貴女は大丈夫か、神主殿?」

「うん、ちょっと気持ちが悪くなって意識が飛んじゃってたけど……アレを何とかしないといけないんだね?」



 流石に最前線で体の変質に抗いながらも戦い続けた実績は伊達ではない。カズラを見たのは初めてのハズなのに戦意を燃やせるなんて、元から殉死を意識して戦ってはいないということか。正直な話、見直した。


 けどまあ、アレを倒すのは俺の役目だろう。



「神主殿には俺のバックアップをお願いしたい。万が一、俺が倒れたらアイツを神通力で焼き殺してくれ」

「な……にを言っているの、あんなの木刀でどうにかなる生き物じゃない。私に任せて、貴方は妹と逃げて」

「はは、気持ちはありがたいけど、アレは普通の倒し方じゃダメなんだ。後始末が凄いことになるんでね、被害を抑えるためには俺のある技を使う必要がある」



 たしか……『死突』だっけか。敵の中枢神経を狙って突き壊す技だ。


 午前中にあの夢を見ていなければ、俺も挑もうとは思わなかったかもしれない。皆を守るためにはアレを使わなければ…………


 いや、違うな……俺は……そう俺は、何を我慢しているんだ? 何で護ることを優先している?


 いつも俺は魔獣を見つけるや最優先で殺してきた。護ることになったのはその結果にしか過ぎないって自分で宣言してたじゃないか。いつだって俺はアイツらと鎬を削って戦ってきた、命を賭して遊んできたんじゃないか!


 あぁそうか、これがヨグの村に来てからずっとあった違和感の正体か。


 何が護るだ、俺が村を救わなければいけない? ……こんないい子ちゃんを演じていれば、そりゃあストレスも溜まるし、違和感も凄くなるわ。



「エン……貴方まさか、嗤っているの?」

「嗤っている? 俺が……」



 自分の顔を両手で触ると、確かに俺の顔は喜びの表情を作っているようだった。


 ああ、それはそうさ。どれだけ工夫を凝らそうともゲキドやアギトの相手はもう飽きてしまった。ようやく歯ごたえのある遊び相手がやって来てくれたんだ。嬉しくって笑わない方がどうにかしている。アレは誰にも渡さん!



「神主殿、いや、キキョウ……そして、カエデ。アレの相手は俺がする。君たちは……アイツと殺し合いをする俺を良く見ておいてくれ。戦うってことは醜くて命が続く限り足掻くってことを……綺麗でカッコいい殺し合いなんて何処にもないってことを知ってくれ。命のやりとりはいつだって凄惨で……けど、そんな場所でしか生きられない、馬鹿な生き物がいるってことを知って欲しい」

「何をバカな事をいっているのよっ! アンタがなにを言っているのか、私には全くわからないわ!! それより貴方、本気でアレと一人で戦うつもり? 無理よ、絶対に殺されてしまうわ!」

「せめて一緒に戦う……貴方といっしょなら、私は……」



 俺の服を掴んで揺さぶったり、引き留めようとしたりする葛城姉妹を冷徹に突き放し、ようやく森から出て来たカズラへ向かって歩を進める。

 

 悪いが、君たちの心中と復讐の物語に俺は付き合ってやれない。何せ戦闘バカなもので、そんな情緒は持ち合わせていないのだ。ついでに言うと俺には多分……待っているヒトがいる。


 さぁ、此処から先は俺とお前だけの時間だ。待たせてしまって済まなかった。



「我はクロモリ防衛局が護衛隊、乙14142号改め、ルート・トワイス……渡世の義理、なんて事は言わない。俺は俺の理由でカズラ、貴様の命を頂戴する!」



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