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エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第一章 クロモリ
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4話 魔女(上)


 元上司から新任務の連絡を貰って数日が経過した。


 人事異動が公示されるまでは今の任務を継続するしかなく、満月に向かって魔獣の出現が増える中、体力と神経がすり減っていく日常を送っていた。


 ちなみに現上司に新しい任務の内容を聞いてみたが、いつもより青い表情で首を振るばかり。その時が来るまで下っ端が知る必要はないそうだ。


 気になる事ではあるが、そちらに気を取られすぎても命取りだ。新任務を拝命する前に魔獣に食われては元も子もない。


 ――とは言え、もうほぼ満月になりつつある今、伐採隊は砦の中に引っ込んでいる。これはクロモリから魔獣が出てくる頻度が多すぎて伐採の仕事にならないためで、彼らに付き添う俺たち護衛隊も砦の中だ。


 伐採隊が籠る期間は満月前後の一週間ほど。


 いつも命の危険に晒されている代償として、その期間は全て休暇になっている。彼らにとって待ち焦がれた時間で、さぞかし補給隊の娯楽係は賑わうことになるだろう。


 なお、護衛隊はというと、砦の防衛を専門とする『防衛隊』や、周辺地域にもぐりこんだ魔獣を討伐する『討伐隊』と共に、自らがエサとなって魔獣を引き付けて砦の上から石や矢を降らせる仕事がある。


 砦は魔獣を想定した強度を持たせたモノになっているが、あくまでそれなりだ。例えばゲキド――とにかく突進してくる魔獣で体はイノシシの三回りほど大きい――の突撃を何度もくらえば穴が開く。そうなれば砦の中に魔獣が入り込んで地獄絵図だ。そうさせないために魔獣が砦に取り付く前に殲滅しなければならない。


 本職である防衛隊や討伐隊の遠隔攻撃に比べれば焼け石に水くらいの効果しかないが、何もしないよりはマシだという理由で、護衛隊はこの期間、砦上の外郭に配置される。伐採隊より体力的にも精神的にもキツイ仕事なんだから労わって欲しいもんだが、上は本当に護衛隊を消耗品として見ているらしい。がっでーむ。


 目の前に山と積まれた拳大の石を見つつ、両肩をぐるりと回して肩の調子を確かめる。その横では上官殿が数えきれない矢の束を前に、弓に張られた弦を引っ張って調子を見ていた。


 黙って待つのも退屈なので石の山を見つつ話しかける。



「なんか割り当てが多くないですかね。全部使ったら帰っていいって聞いていますが、一日掛かりでも使えきれない量じゃないですか」

「オメェが毎度毎度、使い切るからだろ。本職のアイツらが居るンだから適当にやればいいいモンを張り切りやがるから……魔獣ばっかりじゃなくて、その張切る先を娯楽係のお姉様方にぶつけたらどうだ? その精力だ、一躍人気者だぜ」

「えっと、自分はまだ通える歳になっていませんから……それに大怪我をして再起不能になったら、嫌でもそっち側に配属されると聞いていますから、五体満足な内は通おうとは思いませんよ」

「ハァ、なりは大人でも、ココロはガキか……こんなンが出てくるから、もぅちっと情操教育にも……あー、いや、なンでもねェ。オメェのような魔獣絶対殺す童貞マンに、シモの話を振ったオレが馬鹿だった」



 失礼な。俺だってお年頃なんだからそっち方面には凄く興味がある。けれど、死神だのなんだの言って嫌悪の目で見てくる女に対し、そういった感情を抱くことができないのだ。俺はナイーブなのでそういった女性に劣情は抱いても行動にまでは発展できない。


 その辺だけは気兼ねなく突貫できる他の連中が羨ましく思う。俺より年下なのに先輩方に誤魔化して貰って通っているヤツもいるらしいし。



「さァてと……そろそろか? いい加減、他の連中に手柄を回すくらいの分別はつけろよ。本職以上に目立ってどうすンだ」

「自分はそんな器用な真似はできません。いつだって全力投石です!」

「断言すンなっ、努力しろ、バカ!」



 そんなことを言われても魔獣を目の前にすると体が勝手に動くのだからしょうがない。口の中に苦みが広がると同時に、視界は開け、全てのものがゆっくりと映るようになる。いわゆる『ゾーン』に入った状態というものになるらしい。詳しい事は分からないが俺の身体を調べた学者によれば、いくつもの死線を潜り抜けたことで敵を視認すると自動でその状態に入るという、俺だけの特異的なモノらしい。他のヒトにも再現できれば戦力増強になるのに、と嘆いていたな。


 はたして上司が予想した通り、魔獣がクロモリから出てきたのを視認した途端、俺はゾーンに入った。


 積んである石を掴み、狙いを定めて全力で投げる。石は放物線を描いて見事に命中した。しかも運よく頭に当たったようで、倒れて動かなくなる。



「早速かよ……なンで弓で届かねぇ距離を投石で届かせられるンだか」

「上官殿、後からどんどんきますよ、用意を」

「へいへい、頑張るとしますか」


 

 俺が殺した個体を踏み越え、十、二十……五十、そこからは数えるのが面倒になったので止めたが、ぱっと見て二百を超える魔獣がクロモリの裾からゆっくりと現れた。


 その醜悪な姿と圧倒的な数を前に、周囲からちらほらと呻き声が上がったが、アレは新人連中だろうか。


 教本で見るのと実際とでは大違いで、俺も最初は嫌悪感で全身に鳥肌が立ったものだ。とはいえ、今日はまだマシな方で、ゲキドとアギトは比較的、野生動物に近い姿をしている。これが、カズラやらトンビとかだったら、見た瞬間、戦意喪失してたかもしれない。


 ちなみにゲキドは、とにかく突進・暴走する頭がイソギンチャクになったイノシシっぽい体格の魔獣で、アギトはミツクリザメの顎が出た状態を固定したものに四肢がついたような魔獣、らしい。


 元のイソギンチャクやら、ミツクリザメがどんなものかは知らないが、野生動物にも醜悪な姿を持つものがいるもんだと嘆息した覚えがある。見慣れたら、そういう生き物もいるんだと納得して戦意を落とすこともなくなるが。


 

「じゃあ、届くヤツから順番に殺っていきます」



 防衛隊、討伐隊からも矢が放たれ始めたなか、俺も手に石を持って全力投石を開始した。


 

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