12話 魔獣カズラ(上)
夜の帳は完全に落ち、俺の左右で燃える松明と少し欠けた月のみが光源となっている。
昨日と同じ場所に胡坐で座り、そしてその後ろには神主殿と巫女殿が控えている。般若面を被り神通力を使う神主殿を、そして巫女殿を固定砲台としたら、俺は敵陣に突っ込んでで暴れる突撃兵といったところか。
もっとも、昨晩の時点で神主殿には限界が来ていると村長は認識しているだろうから、実質的に戦うのは俺だけだ。それでも全く戦闘に参加しないというのは不自然なので、神主殿や巫女殿には俺の討ち漏らしを処理してもらうようお願いしている。なお、自警団には更にその後ろで万が一の時の為に待機してもらっている。
そんな役割分担を事前に決めて、今は魔獣の出現を待っている状態だ。
ニエモリから魔獣がいつ出て来るか分からず、出現したら突進してすぐに距離を詰めて来るゲキドがいるので気が抜けない。自然と俺達の口は開かず、黙して待つことになる。
そんな訳で視線はニエモリから外さず、しかし、思考だけは己の裡で走っていた。
先ほどの村長の言葉から察するに、己が作った生贄システムによほど自信があるのだろう。事実、悪辣とは思うがこの村の皆が村長を頼っている状態では彼を排することには何の意味も持たない。わずかな結束すら失ってニエモリに蹂躙されて解散――そんな未来しか見えない。
しかし、自信がありそうな反面、色々と綱渡り的というか杜撰なところはある。例えば、自警団の練度不足は勿論のこと、戦力を神通力の家系に頼りすぎているのだ。いくら神通力関係者へのコネがあると言っても限りはあるだろうし、当主の出撃には回数制限がある。事実、昨日、俺がこの村に来ていなければ破綻していた。
ただ、あの村長の自信満々の様相からすると、更に明かしていない奥の手がある……そう考えるのが妥当か。
それに、俺が戦力になると分かるや、取り込もうとする柔軟性もある。例えば先ほどの挑発は、俺をこの村に長く滞在させようとするモノであることは明らかで、己が憎まれようともシステムを維持するのに貪欲だ。
うーむ、腹黒さというか頭脳ではとても敵わない。本当に何者なんだろう……。
元々が戦闘バカらしい俺にとって非常に厄介な状況といえる。もっと頭を使って立ち回れという誰かの怒鳴り声が聞こえて来るかのようだ。
あ、そういえば村長の考えると言っていた策とやらも聞いてないな。ドサクサで上手く誤魔化されてしまった。
「エン、来るわよ」
思索に沈んでいた俺の意識を、巫女殿が呼び戻した。結局のところ、現状の再確認だけで何の解決策も思いつかない自分のポンコツさに落ち込む。
なんというか、この村に来てから本調子ではないというか、違和感がずっとあるというか……いや、記憶喪失ということ以前に何かが引っかかっている。
だが、考えるのは後にしよう。多少慣れたからと言っても魔獣は凶悪で、一瞬の油断が命取りだ。立ち上がって黒木刀を軽く握り、改めてニエモリの方を凝視する。
なっ……これは凄いな、魔獣も共闘するという事があるのか……。
ゲキドが凄い速度で突進してくるのは昨日と変わりないが、何とその背中にはアギトが数匹載っていた。
驚く俺達をよそに、いつもの大暴走で近づいたゲキドの背中からアギトが飛び出した。俺の前面を全て埋めるかのような攻撃はまさに槍衾だ。昨日は終ぞ見なかった攻撃方法だぞ!?
一晩でこんな連携をするようになるとは……別個体のハズなのに、まさかニエモリ自体が学習しているとでも言うのか?
「エン!?」
「どいて、わたしがやるっ!」
葛城姉妹から俺を案ずる声が。
しかし安心召されよ、お嬢様方。この状況を打破するためにこの技がある。
十二神将――一呼吸に三つの剣閃を奔らせ、十二の敵を屠る対集団剣技は、余裕をもってゲキドとアギトを薙ぎ払った。
勢い余って半数が海に落ちてしまったのは……ご容赦願いたい。
「なによそれ……貴方、本当に何者なの?」
「……ばけもの」
ああそうか、昨日、葛城姉妹は早々にリタイアしてこの技を見たことがないのか。しかし、早急に慣れて欲しい。次の奴らが迫って来ているのだ。
先ほどと同じくゲキドの背中にはアギトが乗っており…………いや、逆に数匹のアギトの上にゲキドが乗っているヤツは何なんだ!? 意味が無いだろーが! まさか、色々試しているのか……魔獣が!?
「神主殿、巫女殿、状況が変わった、神通力の用意をお願いする。今日の魔獣は昨日とは一味……いや二味、三味は違うぞ!」
「そうね、こんなのはじめて」
「な、何が起こっているのよ……ちょっと、自警団のアナタ! 団長さんも此処に来るように伝えて、今日は普通じゃないわっ!」
どうやら、この土地で戦い続けた葛城姉妹も、初めての事態のようだ。
魔獣の連携か、連携ね……俺のわずかに蘇った記憶を探ってみても、こんな光景はない。魔獣の森には……ドラゴンには個体差があるというのか。
幾分混乱はしたが、やることは変わらない。
いくら連携しようとゲキドやアギトであるなら、十二神将で蹴散らせる。無論、体力消耗は相応に激しくなるが、昨日と同じ三波までであれば、何とか持つだろう。
しかし、そんなヒトに都合のよい目論見が魔獣に通じるワケがなかった。
突如としてニエモリの中心から立ち上がった巨大な生命体――極彩色のウツボカズラとも言えるそれは、今までに対した魔獣とは戦力も、気色悪さも桁違いだった。
誰もがその異様な姿に硬直する中、そいつは月に向かって無数の触手を奮い立たせた。




