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エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第二章 ニエモリ
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11話 必要悪・転


 さて、今日の夜とて『限界魔獣戦線ヨグの村』なんだけれども、戦場に赴く前に村長へ挨拶しておこう。考えると言っていた対策とやらが気になるし、俺が寝ていた間のニエモリの様子がどうだったかも知りたい。


 自警団の詰め所へ向かう道を、独り歩く。


 ちなみに、葛城姉妹は準備があるとのことで別行動だ。お弁当を作ってくれるみたいで……何気に人生初の女の子の手作り弁当なのだ、テンションの上がり方が凄い。ん? 記憶がない期間なんて知らないぞ。それに俺のような戦闘バカに、これまでの人生でそんな甘酸っぱいイベントがあるとは思えないからな!


 ……それにしても黄昏時のこの時間帯は心がざわめく。


 一番視界が悪くなる時刻だし、カラスの鳴き声は妙に癇に障る。トンビの夜泣き声は妙におどろおろどしいし、海辺の岩礁に波が砕ける音はまるで破滅を運んで来る足音のようだ。夜の帳が完全に降りてしまえば別なんだけど、逢魔が時とはよく言ったものだと思う。


 流石に臆病にすぎるだろうか? しかし、あの気色悪い魔獣と、再び夜を徹して戦い続けるともなれば、気分も悪くなる。



 そんな夕暮れで視界が悪い中、ニエモリへと続く道で見張りをしている自警団員が、俺を目聡く見つけて早く替わってくれとか言ってきたが、頑張れよーと言い捨てて逃げた。


 なんでこの村の自警団員はあんなにも職務に消極的なのか。


 元漁師とか村長が言ってたような気がするから、実は今も副業で漁師をしている……気持ち的にはそっちが本職なのか? しかし、そうは言っても責任感がなさすぎだろう。給金を貰ってないボランティアとかだったら少しは分かるが、それにしたって自分たちが住んでいる所の問題だぞ……その辺りも村長に聞いてみるか。


 考えてみれば、俺の持っている基本情報が少なすぎるのだ。そもそもニエモリとは、魔獣とは何なのか? そして、ニエモリから魔獣が出て来る理由は何なのか……。


 この辺りの知識、そして根本的な問題を知った上で対策を立てないと、村長に相手にしてもらえそうもないし、昨日みたいに好きなように使われるのがオチな気がする。


 これまでに得た知識として葛城姉妹の秘密があるが……確かに問題解決に必要な重要パーツではあるとは思う。しかし、今は有効活用できそうにない。そして、俺の血を吸ったら神主殿の体が元に戻ったとかの情報は、村長に知られたらヤバイ情報の最たるもので、うかつに扱えない。


 当面は魔獣と戦いながら、記憶の回復を待つと共に情報収集をするしかないだろう。満月を過ぎたら魔獣も大人しくなると聞いているし、忙しいのはここ数日だろうから……それを過ぎてからが勝負か。


 ――楽観的で悠長に過ぎるだろうか?


 しかし焦って下手を踏んだらすべてがお終いだ。薄氷を踏むがごとく慎重に、そして動くときは一気呵成に。これが俺の知識にあって手本としている兵法だ。



 そんなこんなで悩みつつも道を歩き、その先にある自警団砦の中に入って行くと、会った人の全員が顔を引きつらせて脇に退く。


 えーと、うん……まるで、海を割った預言者にでもなった気分だ。


 受付席に居た人に村長の部屋へ行っていいかと聞いても、青くなって固まるだけで何の反応も示そうとはしない。


 流石にこれは傷つく。俺って昨日の途中からは魔獣と一人で戦い続けた立役者なんだが……感謝しろとまでは言わないが、まともに話すくらいはして欲しいもんだ。


 とにかく埒が明かないので、俺を遠巻きにして恐れている人たちは放っておき、昨日の記憶を頼りに団長室へと向かう。そして、奥の部屋に辿り着いて扉を開けると……件の尋ね人は、秘書数人と忙しくやり取りをしているようだった。


 これは間が悪かったかなと思い、引き返そうと思ったんだけど、えらく上機嫌な村長に引き留められた。持っていた書類を周りの秘書たちに押し付け、その胡散臭い笑顔を全開にして近寄って来る。



「おいおい何処に行くのかね、エン君! いや、昨日はご活躍だったようだな。魔獣の死骸も綺麗に残してくれたようで助かるよ、神主殿のように燃やされては価値が半減してしまうのでね。いや、本当によくやってくれた! 途中で帰らず、朝まで居てくれたというのも大変助かった。君がよければずっとこの村に居て欲しいくらいだよ、ハッハッハッ!」



 あまりの機嫌の良さに、その腹黒さが反転して後光が差しているように見える。印象が違い過ぎて目を擦ってしまったが、確かにその悪人顔は村長だった。



「そ、そいつは結構、喜んでくれて嬉しいよ? ……その、少なくとも記憶が戻るまでは村に居させてもらうつもりだけど……そうか、そんなに魔獣の死骸は金になるのか……」

「ああ、勿論だとも。アレの使い道は素材世界の救世主と言って良いほど多岐に渡る。それなのに特殊な環境でしか出てこない貴重なモノでね、いや、笑いが止まらないとはまさにこの事だよ! まあ、おかけで魔獣の回収業務に事務員も秘書も駆り出して大変な事になっているが、嬉しい悲鳴というヤツだ」



 あっ、それか! 砦の皆が俺を避ける理由は。


 ……あんな気色悪い生物の回収なんてさせられたら、そりゃあ、いい気分にはならんわな。原因となった俺を恨みたくなるのもわかる。


 それにしても、この村長の喜び様は想定外だ。


 昨日、俺が殺した魔獣は優に五十を超える。ヨグの村からニエモリのある島へ続く道の幅は4~5mくらいだから、ある程度は海に流されたと思うんだが……それでもこの喜びようからすると、凄い利益が出るものであったようだ。



「それで、今夜も戦いに行く前にニエモリの様子を聞きたかったんだけど……俺が今日の朝、社に帰ってから魔獣は出てこなかったので?」

「ああ、魔獣が出て来るのはほとんど夜だからね。幸い、今日の昼は大人しかったようだ。昨日の夜はずっと戦い続けたのに、今日の夜も行けるかね?」

「ああ……神主殿の件、本人から聞かせて貰ったよ。あんな話を聞いたからには頑張らざるをえない。今夜は俺が前面に出て、葛城姉妹はバックアップって布陣だな。本当は俺一人で何とかしたいけど……身の程は弁えているつもりだ」

「そうか……あの話を聞いたのだね。少し、こちらへ来て貰ってもいいだろうか?」



 村長が手招きした先にあるのは隣の仮眠室だ。秘書には聞かせられない話をするのだろう。神通力を使う家系に関する話であろうから、自然と気が引きしまる。


 部屋の中で、村長がベッドに腰かけ、俺を備え付けの椅子に座るよう促すが、それを断り、俺は立ったまま村長の話を聞くことにした。



「彼女たちから話を聞き、それでもこの場にいるという事は……私のやったこと、そして方針にある程度は賛同してもらったと考えていいのかな?」

「……村長さんのあの姉妹へ対する提案は悪徳業者のそれだけど、彼女たちが納得しているのなら俺から言う事は何もない。糾弾するのは簡単だが何の解決もならないからな、それをやるほど馬鹿じゃないつもりだ。まだ全ての記憶は戻っていないが……この社会で生きるためにはまずは金、そしてそれにまつわる世間のしがらみと立場に応じた責任を果たすって事がなによりも重要なのは、理解しているつもりだ」



 世知辛い話ではあるが、金がなければ首が回らないし、袖も振れない。


 蘇った一部の記憶の中でバタバタと死んでいった俺の同僚達も、金があったら戦場に出ることもなく生きていたかもしれない。けど、それが無いなら責任という名において自らの骨身を削るしかない。



「フム……本当に君は、外見通りの歳なのかね? 言葉だけを聞けば賢しいだけの子供なのだが、君の言葉にはその苦労を経て来たかのような重みがある。実際、昨日は夜を徹して文字通り命がけで魔獣に対処してくれたからな……フフ、君とはいいパートナーになれそうじゃないか。じゃあ、私も少し本音を話させて貰おう」



 村長はベッドに備え付けてあった、グラスに寝酒と思われるワインを注ぎ、一口含んだ上で、新興宗教の教祖のような表情を作って、その想いをぶちまけた。



「どんな場所、どんな時代であっても、社会に適合できずにあぶれ、食い詰めてしまう者はいる。そんな愚かなヒトを導いてやるのが、私のような汚れ役を羽織ることが出来て、実行力を持った人間だ。社会を成す事を良しとしたヒトという種の必要な犠牲者、そんな彼らに活躍の場を与えてやっているのだよ、私は! ククッ、弱肉強食という命の真理を、公共の福祉という名のベールで覆い隠そうとした事による大きな矛盾。その矛盾に向き合わない限り、いや、向き合ったとしても私のような必要悪に従おうとするヒトは居なくならない。この村はね、そんな私に従うしかない哀れなヒトが集まって出来た箱庭なのだよ! もし、この村を、そしてあの姉妹を私から解放できるというのならやってみたまえ、土台無理だと思うがね? フ、ハッハッハッ!」



---



 そう言って嗤う村長には妙なカリスマがあって、あの時の俺は反論できなかった。もし、あの状況が続いていたら、取り込まれていたかもしれなかった。


 あの時の俺には全ての記憶が戻っていなかったし……己の恥を告白してしまうと、生まれて初めて女の子から一方的に頼られるって状況に酔っていた。俺が葛城姉妹を、そして村を救わなければならないという、愚かで傲慢な思いに囚われていたんだ。そして、葛城姉妹の名誉に殉じるという在り方を美しいと感じてしまっていた。



 ただ、村長の話にしても、葛城姉妹の件にしても、ヒトを主人公とした予定調和の中での物語――余裕があっての話だ。今であれば、村長の話にも惑わされず、正しいかどうかは別として葛城姉妹にも別の道を示せたんだけどな……。


 生きるという事は、もっと醜く必死に足掻き、そして楽しまなければならないものだ。


 それを思い出させてくれたのは、その夜に突如として現れた、悪夢を具現化したかのような大型魔獣――カズラだった。


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