10話 誤認識
夢だ、夢を見ている。荒唐無稽な夢を俺は見ている――
夢の中の俺は、趣味の悪い虹色に輝く刀を持ち、超常的な力を持つ魔女を二人も従えて、とてつもなく巨大な生物と戦っていた。
まるで神話のような力のぶつかり合いの中、俺は虹色の何かを口に含み、眷属と思われる化け物共を斬って捨てながら超巨大生物へ向かって行く。たかが刀で何十メートルもある巨体を切り裂いたり、光線を受け止めたり、頭の悪い光景が続いて夢の中であるはずなのに頭痛がするくらいだ。
果ては小山ほどはある超巨大生物の体を登って行ってそこにある巨大な頭を両断するとか、どこの英雄譚なのか……。
あぁ、頭痛が酷い。夢ならば醒めないと……此処から先は進んではいけない気がする。早く起きないと、あの二匹の淫獣に俺の全てを貪り喰われてしまう。
いや、もしかしてそれこそが俺の望みなのか――――クッ、そうだった、思い出したぞ。俺こそが力ある二匹の雌を喰らう野獣なのだ!
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なんだか凄い夢を見ていたような気がする。あのまま見続けていたら色々と酷いことになっていただろう悪夢をだ。
あの後、朝飯を食べずに眠り続け、今は窓から差し込んでくる太陽の光から察するに15時といったところか。結局、昼飯も食べ損ねている。腹が減りすぎて凄い音が鳴っているが、もしかしたらこの所為で夢から醒めたのかもしれない。なら、自分の杜撰さに感謝しないと、いいタイミングで起きられてよかった。
寝床から起きようとすると、両腕を拘束されているようで動けなかった。
……いや、なんだこれ。
もしかして村長に拉致監禁されたのかと思い、まずは右側に顔を傾けて……そこにあった般若面に心臓が止まりそうになった。
俺はいつの間に死んだのだろう。
そりゃあ、魔獣を殺しまくっていたから地獄へ落ちるのは仕方がないと思っていたが、お迎えが来るのが早すぎやしないだろうか、俺、まだ十代のはずだよ?
じゃあ左側はどうなのかと顔を反転すれば、そこにはカエデ殿の仏頂面があった。
「おはよう」
「……おはようございます」
ホントになんだコレ?
いつの間に俺はカエデ殿に添い寝をされるなんて功徳を積んだのだろうか。こんなに気持ちいいのに朝立ちしていないのは神の御慈悲に違いない。
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当たり前ではあるが、般若面はキキョウ殿だった。村長に俺の血の事がバレると厄介な事になりそうなので、しばらくは黒タイツと般若面で体が戻った事は隠すとのこと。
じゃあ、何で俺の横で腕を拘束して寝ていたのかについて聞くと、俺を逃がさないため、らしい。
寝る前の話からすると、俺にとってはこの村から逃げ出すのが一番の解決策だろう。だがそれはヨグの村にとっても、そして、葛城姉妹にとっても大きな損失だ。これは自惚れではなく現状を鑑みての妥当な評価であり、逃亡しないように拘束するのもさもありなん。
しかし俺はそんな薄情な人間に見えるのだろうか。
まぁ、記憶喪失であるし、戦闘しか能のない人間ではある……たしかに薄情を否定しきる要素はどこにもないか。その評価は、色々と貢献することで覆していこう。
とりあえず、今日も夜通しで魔獣を討伐すれば村を守れると思うし、葛城姉妹の負担も減る……すなわち魔の浸食を遅らせられると偽って、村長相手に時間稼ぎができる。さっきは不貞寝してしまったが、やはり村長に頼るのはマズイと思い直した。今夜以降の魔獣討伐の時間、その合間を縫って根本的な解決策を考えてみるつもりだ。
とにかく、考えるのは夜にして今は栄養摂取の時間だ。摂り損ねた昼食も含めて早めの夕食を頂いている。
「やっぱり男の子だね。すっごい勢いで食材が減っていくよ」
「見ているだけで胸やけがする」
そうかな? これくらい普通だと思うんだけど。ほぼ丸一日、食事を摂っていなかったってのもあるし、三人前くらい軽い軽い。
食事と言えば、葛城姉妹は摂らないのだろうか? 今夜から俺が前面に出るとは言っても、後ろで朝まで待機してもらう事になりそうだし、何も食べなければ腹が減るだろう。携帯食でも持っていくつもりだろうか。
「私はエンが食べ終わってから頂くわ。お姉ちゃんは……」
「もうおなか一杯であふれそう。あれだけ貰ったのに何で貴方は元気なの?」
え、もしかして俺が寝ている間に、血を吸ったのか? どうりでなんか闘争心というか精力が落ち着いているわけだ。単に腹が減っているせいかと思ったんだけど、血を抜かれた所為だとは思わなかった。だけど、同意もなしにそういう行為をするのはマナー違反ではなかろうか。魔の浸食を抑えたいって気持ちは分かるんだが。
「……知らない知らない! エンなんてお姉ちゃんに食べられちゃえばいいんだよっ。すっごく気持ちよさそうだったし、お姉ちゃんみたいな美人に食べられるんだったらエンも本望でしょ、このエロ魔人、スケベ、もう信じらんないッ!」
えぇ……なんでカエデ殿が怒っているんだ? 勝手に血を吸われたのは俺の方なんだけど。闘争心がイイ感じに抑えられてるから文句はないが……エロ魔人は流石に言い掛かりだろう。そりゃぁ添い寝は役得だけどさ、血を吸われた時に寝顔がだらしない表情をしていたのだろうか? んむぅ、キキョウ殿のどや顔ダブルピースには何の意味があるのか……。
「それよりもだ。俺の血がキキョウ殿の変質を抑制する理由、俺には全く心当たりがないけど、葛城家の伝承とかにそういった類の話はないのか?」
「……正直なところ私達にもわからないわ。変質は不可逆なものと教わっていたから本当に驚いてる」
「気が付いたら吸っていた。本能的に求めたんだと思う。理由は分からない」
何も分からずか。俺の血が変質を抑える理由なんてわかっても、現状が好転する事はないだろうから後回しでいいんだが……。
しかし、制約については魔女とそう変わらないんだな。どっちも力を使うたびに浸食されて、痛みを感じるなんて……あれ、魔女も浸食と痛みを感じるなんて公示されていたっけ? まぁ、どうでもいいか。必要なのは、俺の血にその浸食とやらを後退させる力があるという事実だ。
そして、今考えるべきはニエモリから出て来る魔獣への対策だろう。
ニエモリから魔獣が出て来るのがそもそもの発端なのだから、これを何とかできれば少なくともヨグ村の問題は解決できる。出てくるのを抑えるのは無理かもだが、対抗手段を増やせば解決に近づくだろう。手っ取り早いのは、自警団にもっと自衛意識を高めて貰う事なんだが……なんで、彼らは魔獣とやり合う事にああも臆病なんだ?
「それはエンの感覚がずれてるんだよ。普通のヒトが武器を持ったって、例えばライオンと戦えると思う? 魔獣はあれより凶暴なんだよ」
「ライオンて……ああ、あのでっかい猫みたいなやつか。え、楽勝じゃないの? 木刀で鼻とかの急所を思いっきり殴ったら悶絶しそうじゃん。それがいくら凶暴になったって、急所が分かっていればどうとでもなりそうだけどなぁ」
「普通のヒトは無理。飛びかかられたらそのまま押し倒されてお陀仏」
「それは流石に貧弱過ぎないか? 流石に素手で近づきたくはないが、槍でも持ってたら勝てないまでにしても追っ払うとか出来るだろうし、負ける要素なんてどこにもないぞ」
「だから、それはエンの感覚がおかしいの! それを一般人に適用しようとするから、そんな変な事を言っちゃうんだよ」
……正直、納得はできないが記憶喪失だからなぁ。前提とする知識が間違っている可能性がある。ここは、カエデ殿の言い分を信じておこう。
村長の言っていた対策とやらも聞いておかないとな。