9話 状況確認
「改めて、お詫びとお礼を。エン、貴方のおかげで姉は――キキョウは元の姿に戻れました」
「御身の血に感謝を。葛城家の現当主、桔梗の名において御礼申し上げる」
再び、深々と頭を下げる美人姉妹に居心地の悪さを感じていた。
なにせ俺の血のおかげとか言われても理由がさっぱり分からない。それなのに頭を下げられてもなぁ……そして俺の血を飲んで体が元の姿に戻ったとか言ったけど、そもそも何で体が変化していたのか。
とにかく知らない事が多いので、最初から説明して貰えないだろうか。
「そうね、記憶がない貴方に言っても、そして、私たちの秘密も話していないし、分からない事だらけだと思うわ。何から話すべきかしら……」
「まずは私たちの秘密から話す。それがいいと思うよ」
「お姉ちゃんがそういうなら、そうしよっか。エン、まずはこれを見て」
意外な事に、世話焼きの妹よりマイペースな姉の方に主導権があるらしい。姉妹は俺に背中を向けると、後ろ髪を持ち上げて、うなじを露出させた。
な、なんだ、お色気大作戦か!? 俺の鋼鉄の意思はこれくらいじゃ揺らがないぞぅ!
「なに言ってんのよ、ちゃんとよく見て! あるでしょう、鱗っぽい何かが」
えーと、真っ白なうなじと黒髪をかき上げる姿にはとても背徳的なエロさを感じてしまう。うなじフェチな俺としてはハニートラップだと分かっていても大ダメージだ……じゃなくて! くそっ、徹夜で頭が茹ってるな。
……言われてみれば、二人とも首の付け根あたりに数枚の大き目な鱗っぽいものがある。
ヒトの肌に爬虫類っぽい鱗は在り得ない組み合わせだが、妙に自然な感じだ。もちろん魚鱗癬ではなく、後から張り付けたとかでもなくて、直接生えているような――!?
「これが、神通力を現在に伝える葛城家の秘密。化生を祖先に持つという確たる証拠」
「この鱗を生やした者は、超常的な力を使えると伝えられているわ。実際にエンは見たよね、姉さんが神通力を使うところを。そして私も使えるわ。あの時、貴方が魔獣を蹴散らしていなかったら、私が神通力を使っていた。自警団の皆はその事を知らないから、逃げ出しちゃったけど」
持ち上げていた髪を降ろし、二人はこちらへ向き直る。
ああ、そういう事か。あの腹黒村長がバックアップもなく戦力を投入するのはおかしいと思っていたが、姉と妹の二人体制だったということか……って、神通力を使う家系? 魔女とは異なる超常の力を使う系譜――まさかそんなものが本当にあるとは。いや、失礼ながらてっきり魔女の力の偽装だと思っていた。なにせ魔女は公示されているが、この国のそれは未だ御伽噺でしかないのだ。
御伽噺だったものが目の前にあることに驚いている俺を置いて、姉妹の説明は続く。
「一見便利で強大な神通力だけど、この力は無制限に使えるわけじゃないの」
「神通力を使えば使うほどこの鱗は広がっていく。これを私たちは”魔の浸食”と呼んでいる。魔の浸食は凄まじい痛みを伴う。そしてこの身の全てが魔に覆われたとき、自我を失い本当の化生に堕ちる」
「堕ちる前に命を絶つのが葛城家に生まれた者の定めよ、そして命を絶つ役目は親族が担うの。ここ数代ではなかった事だけど、まさか私たちがそうなるなんて思ってもいなかったわ。ま、そうとわかってこの村で魔獣と戦えって村長さんの話に乗っちゃった私たちが馬鹿なんだけどね」
「当主の私が神通力を使い、妹が私を殺す役割を担っていた。だから魔に堕ちる寸前だった私を元に戻してくれた貴方の血には本当に感謝している。それが例え一時的なものであったとしても」
「これが私たちの秘密。理解してくれたかしら?」
あぁ……なんてこった。
こんな年若い女を、自らが変質していくなんて辛い目に会わせた挙句、死の覚悟を決めさせるまで追い込むなんて。あの腹黒村長、今度会ったらぶん殴ってやる!
「誤解しないで欲しい。村長からもたらされた話は私を破滅に導くものだけど、この状況は自らが望んだこと」
「力の行使に、こんな酷い制約を抱えているんだもの。代を重ねるごとに衰退していって、もうどうにもならなくなって……身売りするか、力を使って家名を守るかのどちらを選ぶかを迫られて、この話に乗っちゃったってワケ。私たちを含めて似たような家が幾つか集められたんだけど、お姉ちゃん以外の当主は、みんなこの村で力を使い果たして死んじゃった」
「なんの代償もなしに使える力なんてどこにもない。没落して忘れ去られて死ぬより、最後は自分の意思で誰かの役に立って名誉ある死を。そんな選択をする人が私も含めて多かった。それだけ」
「それに、悪い話だけじゃない。当主じゃない私みたいな血を分けた付き人――ぶちゃけ当主のスペアね。私のようなスペアには血を残す義務もあって、この村で殉死した当主の付き人はそれなりのお金をもらって故郷に帰って行ったわ。少なくとも次代に希望を託せるってこと」
……元から限界にきていた超常の力を操る家系に活躍の場を与え、その命を代償に次代へ繋ぐ糧とせしめる、か。
実によく考えられている。話を持っていく場所を間違わなければ断れることはまずないだろう。さしずめ、贄森とは超常の力をもつ家の当主を生贄に捧げる祭壇というわけだ。しかし、あの村長、何者だ? 知識もコネも村長という範疇に収まっていない気がするが、考え過ぎか?
いや、今はそれより優先して考えなければならないことがある。
「貴女達の秘密、そして状況は理解した。それで、これからどうするつもりだ? 九死に一生を得たその命を、再びこの村で消費するのか、それとも村から逃げるのか……」
「お金がないまま故郷に帰っても、此処に来る前と状況は変わらないわ。だから私たちはこの村から逃げられない」
「私はこの地を死に場所と決めた。覆すつもりはない」
……そうなるよなぁ。
まいった、こんなんじゃ村長が悪いって責められない。短絡的に村長を排除するって行動に移らなくて本当によかった。下手をすれば全員が不幸になっていたところだ。この姉妹も、ヨグの村も、もっと大きな視点で解決策を考えないと救えない。
しかし、どうすればいいのか? 今、俺が出来るのはニエモリから溢れ出す魔獣と戦う事だけで、言ってみれば代替えの対処療法でしかない。他には……って、忘れてた。俺の血がキキョウ殿の変質とやらを後退させるってのは、何かの解決の糸口にならないか?
「ダメ。それがバレたらこの村に取り殺される。よく考えて」
「私達みたいな神通力を操るヒトの輸血装置になりたいの? それでいいなら止めないけどね。どう考えても貴方の戦闘能力より血の効能の方が大事よ。私たちは消耗品だけど、貴方は代えが利かない。バレたら拉致監禁の上、飼い殺しコースね」
ああ、そうなるか……そうなるよなぁ。俺があの腹黒村長だったらそうするもん。
…………ヨシ、寝よう! 徹夜明けの頭じゃいい案も浮かばない。それに、記憶も戻ってない状態では、馬鹿の考え休むに似たりというヤツだ。未来の事は休憩した後の自分に任せよう!
大体、俺は脳筋で頭脳派ではないのだ。俺に策略を巡らせろというのが土台無理な話で、この村の未来は村長に考えさせるべきなのだ。対策案を考えるとか言っていたし、それを聞いてからでも遅くはない!(開き直り)




