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エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第二章 ニエモリ
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6話 休憩


 俺は座り込んだまま、ぼんやりと満月を見上げ続けている。


 魔獣の死骸から酷い匂いが漂ってきているのに、そんな事は全く気にならない。先ほどからの出来事が衝撃的すぎて気にする余裕がないというのが正しいかもしれない。


 そんな俺に、カエデ殿が恐る恐るといった感じで話しかける。



「ねぇ、本当に貴方は何者なの? どうして……」

「ゴメン。本当に俺、記憶がなくて……わからないんだ」



 少しづつだけど、記憶が戻ってきていはいる。それはこの体に刻まれた戦闘技能であり、それにまつわる知識だ。しかし、名前だったり、何者であったりとかの個人的な情報については、拒んでいるかのように全く蘇ってこない。


 思えば記憶を失った森で目覚めてから半日しか経っていない。その間に衝撃的なことが起こりすぎた。


 一旦、今までに得た情報を整理整頓する時間が必要で、その為に一人きりになりたいが……今は魔獣を押し留める戦場にいる。ニエモリから出て来た魔獣、その第一波は全て殺し尽くしたが、これから出てこないとは限らない。先ほどはバツがわるくてこの場から退散するつもりだったが……少なくとも自警団の誰かと交代しない限り、カエデ殿と神主殿と共にこの場で見張りを続けるしかないだろう。


 ニエモリの方向が見えるように座る姿勢を変えて、思索の海に沈もうとしていたら……カエデ殿から声が掛かった。



「ゴメンね。貴方も大変だって分かってたんだけど、あんなのを見ちゃったら、さ」

「いや……驚かないって方が難しいと思うよ。ただ、怖がらないでくれると……ありがたいかな」



 無茶な願いだというのは分かっている。だけど、あのむさい自警団員はともかく、同年代の可憐な少女に恐怖の表情を向けられるのは想像以上に堪えた。それも少し前に屈託のない笑顔を見せてくれていたから尚更だ。正直、泣きたくなった!


 この辺、非人間じみた戦闘技能を持っているのに、妙に俗っぽい感受性がある自分に驚く。



「さっきは本当にゴメン、そんなに傷つくとは思わなかったの。お詫びに、村長さんには秘密にしておけって言われたことを教えてあげる。貴方は、この村に取り込まれる前に逃げた方がいいと思うから」

「いや、その、心遣いは嬉しいんだけど……さっきまでの出来事を整理するのが精一杯で……出来たら、後日にしてもらえるとありがたいです」

「……わかったわ。けど、村長には絶対に心を許しちゃダメだよ。これだけは絶対に覚えておいて」



 気持ちはありがたいんだけど、流石にこれ以上の情報をぶち込まれたら頭が爆発する。冷静に判断するどころか、暴走してとんでもない結論に行き、考えなしに行動してしまう可能性が高い。今でもあの村長をとっちめたら全部解決しそう、とか短絡的な事を考えているからな……。


 こんな時、あの二人だったら冷静に、れいせいに…………? くそっ、頭が痛い。身体が記憶が戻るのを拒んでいるかのようだ。


 あの二つの影の事を思い出そうとすると自然と体が震えて来るし、悪寒がするんだ。だけど、凄く大事で強く求めたい気持ちもあって……その矛盾で心と体が引き裂かれそうになる。恐らく記憶が戻るにしても、あの二つの影については最後になりそうな予感がしている。ん、んん? そこに黒くて細い影が追加されたぞ。どうなっているんだ記憶をなくす前の俺は……。



「だ、大丈夫? 凄く辛そうだけど……」

「あ、ああ、大丈夫だ。俺の事より、神主殿……いや、君の姉上か……そのヒトの方が心配だ。神通力は凄かったけど、正直、もう戦場に立てる状態だとは思えない。ずっと、あんな痛みを抱えて戦ってきたのか? そんな彼女に頼って村を防衛しようとするとか、正直ありえないんだが……」



 どう見ても神通力の反動に耐えられているようには見えなかった。もがき苦しみ最後には絶叫したのだ。よほど厳しい制約があるのだろう。それにあの舌の感触、まともではない。もしかしたらこの黒タイツの下の体は……。



「そのことも一緒に話すよ。大丈夫、これでも私、この村の重要人物だから……話したからって酷い目にあわせられる事は無いの」

「……なんかもう、きな臭さマックスって感じだな。でも分かったよ、君と姉上の事は手の届く範囲で守る。ここまで関わってしまった以上、見捨てるなんて事はしないさ」

「っ……ありがとう。凄く……嬉しい」



 大家さんの身を守らないと住む所を失うからなぁ。そのために彼女達を守るって当たり前の事を言っただけなんだが、この程度の事で礼を言うなんて……どうやらこの村におけるこの姉妹の待遇はあまりよくなさそうだ。魔獣に対抗できる力を持っていて、どう考えてもこの村に欠かせない人材なんだけどな……自警団の様子を見るに、魔獣の事はこの姉妹に任せっきりになっているっぽいし。


 こうなると、村長が言っていたことが信用できなくなってくる。少なくとも対魔獣に関する人員増強は全くできていない。他にも自警団の団長のクセに現場へ現れないとか突っ込みどころは多々あるが……今日は情報量が多すぎるので、後でまとめて考える事にしよう。


 それにしても……出て来た魔獣は全部殺して静かになったのに、自警団が誰も帰ってこないのはどういう事だろう。新参者の俺がいう事ではないかもしれないが、こんな杜撰な組織はあり得ない。



「流石に職務放棄が酷すぎないか? なぁ、団長さん」

「そう責めないでくれたまえ。彼らは元漁師でね、これでも付け焼刃の護身術で頑張っているのだよ。それにしても、これはこれは……本当に想定外だよ。ククッ、どうやら私にも運が向いてきたようじゃないか」



 村の方から気配を消して歩み寄って来た村長に苦言を呈すると、腹黒さを前面に出した悪人顔で嗤いながらそう呟いた。やっぱりヤっちゃおうかなぁ……。


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