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エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第二章 ニエモリ
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5話 神通力


 村長は用事が終わったらさっさと帰ってしまった。


 俺としても無事に面通しが終わり、今は夕餉を頂いている。ただ、神主殿は別の部屋で食事を摂っており、食堂にいるのは俺と巫女殿だけだ。


 どうやら魔獣がニエモリから出て来る時間帯はある程度決まっており、その合間を縫って帰ってきては体を清めたり、食事を摂ったりしているとのことだ。



「記憶喪失ですか……物語の中だけの話かと思っていましたが、実際にあるものなんですね」

「自分自身、驚いていますよ。まだ何ができるか手探りな状態で……できるだけ自分の事は自分でしますので、見捨てないで頂ければと思います」

「あははっ、私としては魔獣の討伐を手伝って頂けるだけで凄くありがたいですよ。それに、ずっと多くのヒトの世話をしていましたから、暇なくらいです」

「……大人数のお客さんが居たので?」

「そのお話は機会があればいずれ……さ、早く食べちゃってください。あと十分もしたら出かけなくてはなりませんから。ああそれと私の名前はカエデといいます。これから頑張りましょうね、エン!」



 どうやら、魔獣が出て来る時間まであまり余裕がないらしい。ほぼ半日ぶりにありつけた食事を堪能する暇なく魔獣の相手をしなければいけないとか、ハードなスケジュールだ。


 食事を終え、トイレを済ませると、鳥居のある場所へ向かう。


 田舎と言っている割には水洗式になっていたのがありがたかった。ここにしろ、自警団の詰め所にしろ、建って間もない新しい感じなので改築したのかもしれない。その費用の出どころはおそらく魔獣の死骸で……ますます用途が気になるところだ。


 水で洗った手を振りながら歩いていると、すでに鳥居の前には神主殿とカエデ殿が居て、足早に向かう。



「すみません、待たせてしまったようで」

「いえいえ、トイレはもう凄く大事ですから! ……漏らしたらご自分で洗濯してくださいね」



 明朗闊達な体で平然とシモの事を話すカエデ殿に少し圧倒されてしまった。可憐な外見によらず、芯の太い性格らしい。まるで孤児院の年長さんのようだ。しかし、自分が魔獣との戦闘で漏らしたことがあることを暗に言っているようなものなのだが、よいのだろうか? ……指摘は野暮だな。


 そんなカエデ殿に対して神主殿はどこまでも冷静沈着というか……会ってからこの方、一言も言葉を発していない。これから協力して魔獣を討伐するのだから、役割分担くらいは決めておいた方が良いと思うのだが……。



「姉さん――神主は今、喉を傷めてまして……代わりに私が話します。姉さんは魔獣を倒す際に神通力を使います。かなり威力が高い術を使いますので、神通力を出している間は絶対に前に出てはいけません。術が終わったら私が合図しますので、生き残った魔獣に止めを刺して頂ければと思います」

「じ、神通力……ですか?」



 なんか、思いも寄らぬ言葉が出て来たぞ。


 そりゃあ異様な風体をしているが、てっきり専用の武器を使って魔獣と戦うものだと思っていた。まさか、その般若面にあやかって超常的な力を使うとか……疑わしく思うものの、カエデさんはいたって真面目な表情をしており、冗談を言っているように見えない。



「まぁ、神通力なんて、その目で確かめるまで信じられないと思います。凄いので、ぜひ驚いてください。それで……エンの武器はその木刀だけなんですか?」

「あ、はい。これが中々優秀でして……刃がある武器は剛毛で覆われているゲキドには通りにくいですから、いっそ殴打ができる頑丈な武器の方がいいんです。剣はあれで横からの力で簡単に折れてしまうことがありますから……それに俺の場合、木刀でも斬れるみたいでして、ゲキドくらいなら真っ二つですよ」

「木刀で斬る? ふ~ん……まぁ、ウソかホントかは実戦で確かめるという事で。でも、絶対に槍とかの遠くから攻撃できる武器の方がいいと思うんですが。死んじゃっても自己責任ですよ?」

「はは、使い慣れていない武器を握る方が危険な場合もありますから、追々試していこうと思います」



 そんな俺の言葉にカエデ殿は納得できなさそうな表情をしながらも引き下がる。心配してくれるのはとてもありがたいが、こればっかりはポリシーというヤツだ。


 なお、カエデ殿は槍より少し短い柄の先端に小太刀がついている、いわゆる薙刀を持っていた。先ほどはひらひらした格好で戦いには向かないと思ってしまったが、中々どうして様になっている。少なくとも、弱っている魔獣に止めを刺すくらいの事は問題なく出来そうだ。



「さ、そろそろ行きましょうか。間に合わなかったら大変ですから、私に付いてきてね」




---




 戦場であるニエモリへと続く道、その入り口両脇には松明が灯されていた。今日は満月でそれなりに光量があるが、明るければ明るいほど魔獣と戦うときに不覚を取らないだろうから、ありがたい。


 俺達が到着すると、その場に居た自警団員と思わしき集団が道を開ける。


 自警団員は明らかに怯えた様子だ。その中には俺をヨグ村まで案内してくれた三人の姿もあり、黙礼したのだが無視された。実に悲しい。


 ちなみに村長の姿はどこにも見当たらなかった。詰め所で待機しているのか?


 さて、今はまだ魔獣は見えないが森からは魔獣の唸り声が聞こえてきているので、もう間もなく出てくるだろう。神主殿を先頭に、俺、そして巫女殿の順で、松明の向こう側であるニエモリに続く道に立つ。どうやらここで魔獣を迎え討つようだ。



「姉さん、迎撃の準備をお願い。エンはさっき言った通り、神通力で魔獣を倒すまで絶対に姉さんの前に出ないでね」



 神通力を見たことがない俺にとって、神主殿はすごく無防備であるように見える。正直、心配であるが新参者が出しゃばるわけにもいかない。すぐに援護できるよう、黒い木刀を腰から抜いて右手で軽く握る。


 それから程なくして、魔獣の先兵たるゲキドがニエモリから飛び出してきた。それと同時に神主殿の周囲が揺らめき、次の瞬間、何もない所から火の玉が出現する。


 驚く俺をよそに、その火の球は凄い勢いで飛んで行ってゲキドに着弾、消し炭にする勢いで燃え上がった。事実、燃え上がったゲキドはしばらくもがき苦しんだ後、黒焦げとなってその場に崩れ落ちる。


 これは凄い、神通力は本当にあったんだ! しかし、確かに凄いが……なんだかどこかで見たような光景で、つい口から疑問が出てしまう。



「これは……魔法?」

「いいえ、神通力です。魔法なんて穢れた力と一緒にしてはいけません!」



 一切の反論を許さない口調でカエデ殿が訂正する。


 よくわからないが、こんなに怒るなんて宗教上の問題だろうか? ……こういった話には深入りしない方が得策だ。すみませんと謝ってから視線を戻す。


 どちらにしても頼もしい限りで、これなら討ち漏らしを倒すだけと言っていた村長の言葉がよくわかる。そもそも魔獣がこんな殺傷力が高い術を受けて生き残るのかどうかも疑問だ。


 そうしている間にもニエモリからは魔獣が次々と出てきており、それに対して神主殿も火炎弾を生み出して迎撃する。


 その中には、ゲキドとは異なった魔獣もいるようだ……ゲキドのそれよりも小さい体躯ながら、四肢があって不自然に顎が出っ張っている魔獣は何だろう?



「魔獣、(アギト)です。ゲキドより小さいですが、油断は禁物ですよ。アレに嚙まれたらその部位ごと持っていかれちゃいます」



 うーむ……魔獣ってヤツは、とにかく普通の生物から逸脱した化け物のようだ。熊とかなら部位ごと持っていかれるって話も分かるが、中型犬ぐらいの大きさなのに何でそんなに殺傷力に特化しているんだか。自警団が怖がるのも当然だな。


 俺が呑気に考察している間にも魔獣は次々と出続けて、それを神主殿が火炎弾で迎撃するという状況が続いていたが……段々と、神主殿の火の玉を出すペースが落ちてきた。


 急な痛みでも発生したかのように腹のあたりを手で抑え、遂には痛みを堪えきれないかのように大きく痙攣し、獣のような絶叫を上げてその場に崩れ落ちる。



「お姉ちゃん!? もう限界が……まだ、あんなに魔獣が出てきているのに」



 崩れ落ちた神主殿を慌ててカエデ殿が支えるも、その意識は完全に失っているようで、びくんびくんと痙攣する様は末期の患者を彷彿とさせる。これではもう戦えないだろう。なんの代償もなく超常の力を振るえるなんて事はないと思ったが、随分と酷いフィードバックがあるようだ。


 どうやらこれは完全に想定外の事態のようで、自警団員が悲鳴を上げながら我先へと逃げていく。


 おいおい、こういった時の為にアンタ達がいるんじゃないか? せめて戦闘不能になった神主殿を連れて逃げるくらいはすべきだろうに。


 少し呆れながら、神主殿とカエデ殿を庇うように前へ出る。


 ――様子見はもう十分だ、暴れさせてもらおう。さっきからずっと我慢していたが、身体が疼いて堪らないんだ。



「ダメよ、エン! 貴方も逃げ……て?」



 カエデ殿の言葉を無視し、突進してきたゲキドを黒木刀で縦一文字に斬って捨てる。飛びかかって来たアギトを横殴りにして頭蓋を砕きながら海に叩き落す。


 次々とかかって来る魔獣を体が命じるままに殺し続ける。


 統率の取れていない魔獣なんて集団で襲ってきても、一対一の繰り返しに過ぎない。しかも、足場からして狭くて横や後ろから攻撃してくるような事は出来ない。真正面から一体ずつ、多くても二体ずつとか……思い出したあの対集団技を使うまでもない。蹴散らしてやる!



「嘘よ……ただの人が、魔獣の群れを正面から押し返しているなんて、貴方は一体なんなの!?」



 単なる記憶喪失のガキだ……なんて軽々しくは言えないか。こんな戦闘バカ、そうそう居るとは思えない。


 それにしても……一振りごとに、段々と体に意識がなじんで行くような感覚がある。乖離していた意識と肉体の調律作業だ。命のやりとりから、段々と単純作業に変わっていく。


 そして、やはり俺は魔獣を殺すことを生業にしていた者なのだろう。記憶はまだ戻らないが、この調子で続けていれば近々取り戻せるような予感がある。


 そんな感じで魔獣を殺し続け、周りの死骸が二十を超えた辺りでニエモリから出て来る魔獣はいなくなった。



 ……うーん、フラッシュバックした記憶では丸一日戦い続けたような記憶があるが、この程度で終わりとか森の規模が島一つ分と小さいからか? まぁ楽に片付くならそれに越したことはない。身体はまだ全然いけると抗議の声を上げているが……もう少し待って出てこないようであれば退散しよう。倒れた神主殿の身も心配であるし。


 ふと振り返ると、いまだ痙攣している神主殿の体を抱きしめながら、まるで化け物を見たような目で俺を凝視するカエデ殿が居た。先ほどまではあんなに屈託のない笑顔で接してくれていたのに……。


 体から湧き上がってくるこの感情は……悲観と諦観か。


 自警団員の様子から予想はしていたが、やはりこうなってしまったか……村長に言って、住む場所は変えて貰った方がいいだろう。流石に俺だってこんな恐怖の目で見られたら傷つきはする。


 恐怖と拒絶の視線を向けて来るカエデ殿から目を逸らし、その場を立ち去ろうとしたら……ズボンの裾を掴まれた。誰かと思えば気絶していたと思われる神主殿だった。痙攣しながらも、その仮面の奥に秘めた瞳は俺の腕を見ている。


 そこは袖が切り裂かれており、剥き出しの腕には線状に薄く血が浮き出ていた。


 なんだかヒリヒリしていると思ったら、先ほどアギトを叩き殺した際に引っ掛けられたらしい。これを気にしてくれたのだろうか? しかし、まいったな。アイツら、どんな病原菌をもっているか分からないから、早く消毒しないと。


 心配してくれた事に礼を言おうとしたら……手を掴まれて凄い力で引き倒された。



「なっ、なにしてるの、お姉ちゃん!?」



 驚く俺とカエデ殿をよそに、神主殿は般若面を口が露出するところまで上げると俺の傷口に吸い付いた。そして夢中で腕から出た血を舐め取っている。


 退かせようにも凄い力で腕を握られているし、その必死な様子から振り払うのは躊躇われた。


 しかし、このざりざりとした感触……普通ではない。舌に猫みたいないくつもの突起があるようで、体が変質しているのか? もしや、神通力を使ったことに対する代償なのか……?


 混乱する俺達を放置して、しばらく俺の血を一心不乱に舐めとっていた神主殿であるが、段々と落ち着いていって……ついには眠るように倒れた。そこには苦しんで痙攣していた姿はない。呼吸は安定していて、少なくとも痛みは感じていないようだ。



「お姉ちゃん……なんでこんなことを。エン、貴方は一体なんなの? 神通力を使った後なのに、こんなに安らいだお姉ちゃんは初めてよ」

「それは、俺のセリフなんだけど……もう、何がなんだか」



 神主殿に舐められた腕は唾液でべとべとしており、なんかすごく嫌な事を思い出しそうになって慌てて記憶に蓋をする。なんだあの淫獣二匹の影は! 輪郭だけなのにすっごい怖気が走ったぞ……と、とりあえず、海水で流し落とそう。


 そう思って改めて腕を見ると……傷がなくなっていた。


 いやいや、浅いといっても出血していた傷がこんな短期間で治るなんてどういうことだ!? ……なんだかもう驚きすぎて気が変になりそうだ。


 とりあえず、その場に胡坐をかき、満月を眺めて心を落ち着かせることにした。


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