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エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第二章 ニエモリ
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3話 ヨグの村


「なぁ、その木刀預けてくんねぇか? 自警団としちゃあ……いや、正直いってアンタが怖くて仕方ねぇんだ」

「ダメだ。少なくともこの森を抜けるまではな。気持ちは分かるが、またゲキドに襲われたらどうするつもりだ。流石にあんな気持ち悪いヤツと素手でやり合う気はないぞ。それとも貴方達がどうにかしてくれるのか?」

「ぐっ…………わかったよ」


 

 あの後、周囲に漂う臭気がなくなってから、殺したゲキド二匹をそれぞれズタ袋に収納し、それを自警団の二人が背負って移動を開始した。ゲキドを木刀で真っ二つにした事によほど驚いたのか、自警団員の俺を見る目が恐怖に染まっている。特に後ろの二人は言葉を交わそうともしない。


 体から湧き上がってくるのは、諦観と敵対せずに済んだことから来る若干の安堵だ。


 どうやら記憶をなくす前の俺は、恐怖の感情を向けられることに慣れていたらしい。たしかになぁ、例え普通のイノシシであっても木刀で真っ二つにしたら驚くし、怖いと思うだろう。その術理が分かってやった俺でもその異常性に引いているくらいだから、端から見ていたヒトにとっては理解不能な技に違いない。


 理解できないことにヒトは恐怖を覚える。お化けと同じだ。お化けと言えば俺が真っ二つにした魔獣ゲキドとやらも同じようなものだが……。



「なぁ、貴方達はゲキドを追ってきたらしいが……この辺だと、あんなのがよく出るのか?」

「ん? あぁ、よく出るつーか……満月が近くになると、あるところからわんさか出て来るようになる。その討ち漏らしをオレ達は追っていたんだ。一匹だって聞いてたのに、二匹もいるなんざ……あの野郎、締め上げてやらねぇと」

「へぇ……そりゃまた難儀な場所に住んでいるんだな」



 自警団員たちは明らかに魔獣と戦う事に慣れていなかった。討ち漏らしを追ってきたとも言っていたから、他に倒すことが専門のヒトがいるのかもしれない。



「ちなみにその場所や、これから向かう貴方達の村の名を聞いてもいいかな?」

「ん……そうだな、向かっているオレ達の村はヨグという。そんで、魔獣が出て来るところは贄森(ニエモリ)だ」



 ニエモリ……ねぇ。


 えらくおどろおどろしい名前がついてるが、あんな化け物が出て来る場所には相応しいともいえる。名前から察するに生贄を欲する森ということか? きな臭いことに巻き込まれなきゃいいんだけどな……。




 ――後で考えれば、これがフラグというヤツだったのだろう。後悔はないが、覚悟を求められる物語はここから始まっていたように思う。




---




 段々と空気に生臭さ?が混じるようになってきたなと思っていたら、森を抜けた。


 今までいた森はそれなりに小高い丘になっていて、そこから景色が一望できる。どこまでも広がる水溜まり――海と、その沿岸部にある程度の間隔を開けて建っている家屋。海に浮かんでいるあれは船というヤツだろうか? 結構な数が揃っていて、この村は漁で生計を立てているのかもしれなかった。


 そうすると、この微かな生臭い匂いは魚の腐ったそれだろうか? 鼻を摘まむほどじゃないが、あの村に滞在している間はこの匂いが続くとなると少し気が滅入る。



「なんだ、海は初めてか? 匂いはすぐに慣れるさ」

「そうだといいんだけどなぁ……」



 どうやら俺の肉体は五感が常人のそれよりいいらしい。柏手で音響探知(ロケーション)じみたことも出来るし、木刀を狙った箇所にずれなく打ち込めるのも、なんならゲキドの突進を容易く回避できるのも感覚器が優れているからこそだ。記憶をなくす前の俺は、やたらと生き残る事や戦闘に特化しているようで、それから察するに軍人かそれに準ずる何かなのだろう。自分の事を早く知りたい反面、怖くもある。


 ああ、そういえば森を抜けたんだからコイツを渡すか。



「ほら、木刀を預けるよ。俺の記憶が戻るきっかけになるかもしれないから大事にしてくれ。まぁ、コイツがなくてもその辺に転がっている木の枝で同じ事ができそうだけど」

「……やっぱいいわ。もう出来るだけアンタとは関わりたくないからな、判断は団長にまかせる。これから案内するとこは自警団の詰め所だ。団長がこの村の村長だからな、お前も村長のとこだったら文句はねぇだろ。先に診療所を紹介するべきかもしれんが、記憶喪失を何とかできる医者はこの村にはいねぇよ」

「俺としては、記憶が戻るまでの間、保護してくるところであれば何でもいい。働かざる者食うべからずというから、時間が掛かるようであれば働くのも問題ない。よほどブラックでもない限りはだが」

「よせやい、お前みたいな不気味なヤツと誰が一緒に働くってんだ。大人しくしてもらってた方がマシだ。それか早く村から出ていくんだな」



 そ、そんなに嫌う事はないんじゃないかな? 行き掛かり上、トンデモ技を披露しちゃったケド、俺って貴方達を魔獣から守った恩人だよ?


 

「そう傷ついた顔をするな。閉鎖的な村なんだ、外からの往来も商人くらいしかない片田舎でな……大人しくしてりゃあ、住み心地は悪くねぇ。だから気に入らないつっても虐殺は勘弁な」



 えぇー、なんだよその怖がりようは。なんか、本格的に畏怖されてしまったようだ。つーか、虐殺ってなんだよ!? 俺はそんな見境なしの狂人じゃないぞ! ……いやまぁ冗談なんだろうが、閉鎖的なのはよくわかった。その団長さんとやらに会って、滞在に問題があるようだったら早急に村を離れよう。


 そんなやり取りをしながら、ヨグの村へ向かう。緩やかな下り坂を降り、村の中央道を海側に向かって歩く。


 もうそろそろ夕方に差し掛かろうとしている時間で、辺りからは夕餉の匂いがしてきている。カラスの鳴き声が響き渡る中、静かながらも確実に人が住んでいる気配があって、たしかに田舎という雰囲気だ。


 しかし、小さな家屋に交じって目立つ建物が二つ。


 一つは神殿……いや、社かな? そして俺達が向かっている先にある建物は海に近くて、漁協組合……にしては物々しい。とにかく大きくて柵が周囲に巡らさせてある。もしかしてあれが自警団の詰め所だろうか? まるで小さな砦だ。いずれもこんな田舎にはあり得ないほど立派で、一目で金がかかっていると分かる。


 その内の一つ、砦っぽい建物の前に着くや、隊長と呼ばれた男が告げる。



「よし、オレは団長に話を通してくる。お前らはゲキドをあそこへ持って行け。アンタは……そういや名前はなんつぅんだっけ?」

「実はそれも覚えてないんだ。何か数学の関数みたいな感じだったってのは薄っすらとあるんだけど……」

「報告するのに不便だから仮名ぐらいは考えてやる……男にπは流石にどうかと思うから、円周率からとってエンだな、シュウでもリツでもいいが。嫌だったら自分で考えろ」

「いや、どうせ記憶を失っている間だけだから、被らない名前だったら何でもいいよ」

「はいよ、じゃあエンは此処で待ってろ。面倒くさい事になるのが嫌だったら呼ぶまで動くなよ」



 そう言って隊長と呼ばれていた壮年男は建物の中に入っていく。他の二人も俺を残して足早に何処かに去って行った。


 うーん、記憶喪失というヤツは想像以上にやっかいなもんだ。これがもし、俺の所属している組織と敵対している組織の拠点だったら、何をされるか分からない。つーか、それが今の状況なワケか……いや、それさえも判らないのだ。自分の事が分からなければ助けを呼ぶこともままならないし、その判断すらも出来ないというのはかなりのストレスだ。


 なにせ自分の命運を他人に任せるという事なので……その託すべき人間が公の人間だったらまだしも、閉鎖的な村の村長はある意味、独裁者のようなものだ。偏見かもしれないが、独裁者は碌な人間じゃないというのが俺の考えだ。


 このまま待つべきか、別の場所へ行くべきか……。


 脳内でこれまでの行いを整理していたら、思ったより早く呼び出しを受けた。なんだか秘書らしい小ざっぱりした制服を着ている若い女性で、これまで一緒だった自警団員とのギャップが凄まじい。



「貴方がエンさんですね? 事情はD分隊の隊長から聞いています。どうぞ此方へ」



 そう言って建物の中に入って行く女性に続かない訳にもいかず、砦のような建物の中へ入って行った。


 中は機能的というか、実務的というか、コンクリート剥き出しの、しかしちゃんと表面処理がされていて粗野な感じはしない。なんだろう、急に脳内のフラッシュバックで出て来た何処かの砦によく似ている。


 そしてその廊下を歩くこと少々。


 建物の奥に大きな扉があり、秘書の女性がそこを開けると機能的な作りの部屋の奥まった場所、重厚な机の向こう側に男が座っていた。


 見た目は30~40歳くらいだろうか。団長や村長と言っていたから、もっと年嵩の人間だと思っていたが想像以上に若い。しかし、その雰囲気は老練されており、腹の底が見えない雰囲気はまるで物語の黒幕のようで、おのずと気が引き締まる。



「ようこそ、ヨグの村へ。君を歓迎しよう」



 どう見てもそんな事は微塵も思っていないだろう無表情で黒幕っぽい男がそう宣った。



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