3話 悪夢
夢だ……夢を見ている。いつもの長い悪夢を。
物心がついたときに初めて感じたのが空腹だった。身寄りのない孤児が集められた施設での食事は質素で、与えられる頻度も一日一回。いつだって腹を空かせていた。
ちょっとでも食事量を増やすためには、幼いなりにも施設の仕事の手伝いをする必要があって、掃除、洗濯、幼児の世話と、仲間同士で仕事を取り合っていたような記憶がある。並盛の食事を悔しそうに摂っている仲間を尻目に、大盛にしてもらったメシをかっ食らうことに優越感を覚えていた。
少し経って身体が成長すると教育が施された。
文字の読み書きに、計算、生活知識や常識、将来戦うであろう魔獣の知識などを、朝から晩まで叩き込まれ、そこでも食事を盾に競わされた。そんなんだから孤児同士の仲は悪く、助け合う仲間というよりはライバル、いや、食料を奪い合う敵といった方が正しいだろう。奴らを出し抜くために少しでも良い成績を得られるよう寝る間を惜しんで勉強したものだ。
更に成長すると武器を持たされての戦闘訓練だ。模造の剣、槍、弓を順番に持たされて、仲間同士で争う紅白戦を1日に何度もさせられた。おそらくはあの時に適性を見ていたんだろう。
武器の扱いが上手いやつ、身体能力が高いやつ、仲間を作って指揮するやつもいれば、狡猾に立ち回るやつもいた。あいつらが今何をしているのか、生きているのか死んでいるのかさえもわからない。部隊分けされて以来、会ったことがないし、上官に聞いても教えてくれないから。ただ、そこで何の適性を示せなかった能無しが『伐採隊』に配属されるのは確かだ。
かく言う俺も初めは伐採隊だった。
一年間の戦闘訓練を経て配属されたのは十を超えた歳だったと思う。魔獣の襲撃に怯えながら、目の前の草を刈り、木々を伐採し、回収する毎日は思い出すのも嫌になるほど辛かった。
魔獣に怯えつつ、頑丈な木々に鉈を振るい、早くノルマを達成する事に必死な日々。それは時限爆弾を括りつけられた上での、穴を掘っては埋める刑務作業と同じだ。しかもその時限爆弾は刻限を待たずに爆発するかもしれない気まぐれ機能付きだ。
いっそ魔獣に食われるくらいならと自ら死を選ぶやつもいたし、それは今も変わらないと聞く。俺もコイツを拾わなければずっと伐採隊で、今頃は土の下だったかもしれない。
手の中にある黒い木刀を目の前に掲げる。
夢の中でいつも出てくるコイツを不気味に思ったことはあるが、すぐに慣れた。というか、これから始まる悪夢の本番にはこれが欠かせない。
コイツを拾ったのはいつの頃だったか……護衛隊を抜けて魔獣が襲い掛かってきたとき、何か武器をと思って咄嗟に掴んだのがコイツだったと思う。
体格的に未熟で、刃も付いていない武器を振るっても魔獣を退けることはできなかったが、一瞬だけ怯ませることはできた。その隙に駆け付けた護衛隊員が魔獣を退けてくれたおかげで九死に一生を得たが、それからコイツがお守りになった。
聞けば伐採隊の誰でもが、一つは肌身離さず何らかのお守りを持っていると聞く。それは幼いころに拾った綺麗な形の石だったり、自分の抜けた乳歯だったりと、多くが自分の思い出に関する縁起物で、俺にとってはコイツがそうだった。
実際、伐採隊時代にコイツを持っていたせいで助かった場面は多い。そして、いくら魔獣に襲われても生き残るという理由で護衛隊に転属させられたんだから、人生は分からない。
転属して当初は普通の剣や槍を使っていたんだけど、魔獣は頑強ですぐに切れ味が鈍ったり、破損したりで使えなくことが多かった。
いざというときの副兵装として使う内に、当初は普通だった木刀が、魔獣の黒い血を吸ったためか、どんどんと黒く変色し、それに比例して硬く重くなっていって……俺の主兵装として完成した。
いくら強く叩いてもへし折れず、厚さ2cmの鉄板を引き裂く魔獣の牙を受けても傷すらつかない、壊れない武器。
当然、そんな特異物は周囲から目を付けられて……そのあとは色々とあったが、どれほど遠くに行っても最終的には俺の手元に戻ってくる。その辺りからだな、俺が狂戦士だの死神だの言われ始めたのは。
さて、そろそろ始まるから話の続きはまた今度にしよう。これから長い悪夢が待っている。夢に取り殺されないよう、朝まで死力を尽くさなければならない。
いつの間に現れたのか、目の前に在るのは魔獣――アギトの群れ。最初に飛びかかってきたソイツを大上段からの一撃で叩き落した。




