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エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第二章 ニエモリ
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2話 自警団員


「なんだ、この匂いが気になるか? すぐに匂わなくなるから我慢しろ」



 えぇ? こんな強烈な匂いがすぐに消えるとかありえないだろ。丸一日は鼻の奥に残りそうな強烈なヤツなのに…………って、あれま、本当に消えたな……揮発性が高い成分なのか?


 気づけば辺りに漂っていた刺激臭が消えていた。後ろの二人も鼻を摘まんでいた手を放しているし……不思議に思って倒したヤツを見れば、流していた体液が半ば固体化していた。どうやらアイツの体液は空気に触れると急速に酸化するらしい。その反応が終わって匂いの成分が出なくなったのかもしれなかった。



「言った通りだろうが。さ、話してもらおうか。お前が誰で、ここで何をしていたのか。ゲキドをどうやって倒したのかもだ」



 そう言う壮年男の持つ槍は、俺の方を向いたままだ。


 順当に考えればあのゲキドとかいう魔獣を倒したのは俺で、目の前の男は自警団と名乗っていたから素性も知れない危険な男を警戒するのは当然だろう。伝手のない俺にとって自警団に不審者認定されては困った事になる。できるだけ正確に事情を話して公的機関のある場所まで連れていって貰えるようにしなければ。



「すまないが、俺が誰かは言えない。なにせ頭を打ったのか記憶が混乱しているんだ。自分でも困っていて、役所かそれに準ずる公的機関に助けを求めたいと思っていたんだ。貴方達に危害を与えることはこれっぽっちも考えてない。あのよくわからない化け物は襲われたから返り討ちにしただけで、武器はこの木刀を使った」

「…………」



 男の俺を見る目が厳しい。

 

 記憶喪失なんて自分の素性を隠したい犯罪者の常套句だし、アレを木刀で一刀両断にしたとか言われても俄には信じられないだろう。俺だってこんな事を言うヤツがいたら警戒を強める。しかし、全部事実だし、下手に嘘を吐くと後でややこしい事になること請け合いだ。とりあえず両手を挙げて無害なことをアピールしているが……きびしいかな。



「魔獣のゲキドを木刀で倒しただぁ? ……嘘を吐くにしても、もっと上手く吐けよ。おい、その腰のモノを地面に置いて後ろに下がれ。従わないならこの槍で刺す。躱せても後ろのヤツから矢が飛んでくからな、逃げられると思うなよ」



 まぁ、そうなるよな……こんなところで争いたくはないし、従うか。


 言われた通り、腰ベルトから木刀を抜いて地面に置き、五歩ほど下がる。すると先頭の男は槍を構えたまま木刀に近づき、拾い上げた。


 目方より重量があることに驚くと共に、仕込み刀であることを疑ったのか柄にあたる部分と刀にあたる部分を掴んで引こうとする。しかし、そこに切れ目は無いし、本当に木刀なのでどれだけ力を込めようが中から刀身が現れることもない。終始不思議そうな表情をしていたが本当に木刀であることが分かったのか、その場に木刀を投げ捨てた。あ、酷い。



「それで、お前は何者だ。何を企んでいる?」

「……さっき言った通りで俺にもわからない。頭を打ったようで記憶が混乱しているんだ。貴方達の村に連れて行ってもらえるなら有難いが、厄介事になりそうだったら諦めて南へ向かう……ちなみに、さっきの匂いやその死体が他のヤバイやつを呼び寄せるってことはないよな? もしそうだったら埋めるか、ここから離れたいんだが」

「? ゲキドの死骸はいらんというのか……これの価値を知らんとか、お前、本当に何なんだ?」

「いや、だから本当に記憶が混乱してて……気づいたらこの場所にいたんだ。その死骸が欲しいならどうぞ。俺には使い道が全くわからないし、運ぶ道具もない。そもそも気色悪くて触りたくないんだ」

「…………」



 先頭の男も、後ろの二人も、まじかコイツとでも言いたげな表情になった。しかし、それは俺の方が言いたい。こんなん何に使うんだ? まさか食うとか言わないよな、さっきまで凄く臭くて明らかに普通の獣ではない。マッドな研究所から逃げ出した実験生物と言われても信じてしまうだろうそれに、どんな使い道があるというのか。


 どことなく探り合いの拮抗状態になった俺達であるが、その状況を変えたのは三度目の草木を掻き分けるガサガサという音だった。


 右側から聞こえて来たその音に、全員がそちらの方を注目すると、茂みから現れたのはまたしてもイノシシの体躯と頭に触手がわさわさ生えた化物――ゲキドだった。



「ひ、ひィいい!?」

「げ、げげ、ゲキドぉ!? ちょ、一匹だけじゃ、隊長ぅ!?」

「う、狼狽えるなっ、武器をしっかり持て! 落ち着いてやれば、何とかなる!!」



 自警団が現れたゲキドを見て恐慌をきたした。死体を見るのは慣れているようだったから、戦うのも同じく慣れていると思ったが違うようだ。触手を振り乱して咆哮するゲキドに対し武器を向けているが、その穂先はいずれもぶるぶると震えており、まともに使えそうにない。



「ちょっと失礼」

「なっ、おい、勝手な真似をするな!」


 

 震える自警団員をよそに、無造作に歩み寄って地面に転がっていた木刀を拾い上げる。そして、地団駄を踏んで今にも突進してきそうなゲキドの正面に立つ。もしかして、俺が先ほど殺したヤツの番だったのかもしれない。その咆哮にはどこか悲哀を感じさせる。


 悪いが、生きたい気持ちは俺も同じなんだ。そして、仇として俺の命を狙うのなら同じくその命を賭けて貰わないと。


 木刀を大上段に構えた俺に、ゲキドが勢いよく突っ込んでくる。先ほどは身体が命じるままに動いてしまったが。今度はあの時に何を意識していたかを思い出して木刀を振ろう。


 狙い目は触手の生え際で、よく見れば分け目がある。そこが骨格の継ぎ目だ。そして、木刀を振る速度はヤツとの相対速度に合わせる必要があって、遅すぎても早すぎても駄目。なにより大事なのは木刀をブレさせずに狙った箇所へ1mmもズレることなく打ち込むこと。


 それが出来れば先ほどの立ち合いの焼直しだ。突進してきたゲキドは縦一文字に切り裂かれ、同じく十数歩進んだ先で斃れた。


 先に殺したヤツとほぼ同じ場所で斃れたのは、その執念が成せる業か。一瞬だけ黙祷し、未だ武器を持って震えている自警団員達の方へ向き直って告げる。



「さて、どうするんだコレ。貴方達が欲しいなら譲るが……代わりといっちゃあなんだけど、村に案内してもらえるかな?」



 顔面を真っ青に染めた自警団員達は俺の言葉に何度も頷いた。


 図らずしも、お願いが脅迫じみたものになってしまったが勘弁してほしい。あと、やっぱり凄く臭いな。これにどんな使い道があるのやら……。


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ゲキドォ!南無阿弥陀仏
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