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エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第二章 ニエモリ
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1話 魔獣ゲキド


 ああ、これは夢か。


 やけにリアルなのは明晰夢というやつだからだ。夢であれば記憶がない事や、目の前に化け物がいるなんて事にも納得できる。しかし、夢の中とはいえ、こんな化け物を生み出すとか普段の俺はどんな日常を送っているんだろうか。自分を見つめ直す時間が必要かもしれない。


 目の前のクリーチャーは見れば見るほど醜悪だ。身体はほぼイノシシなので文句はないが、問題は頭部だ。あるはずの目も鼻も耳もないし、口だけぽっかり開いていて、その周りに数十本の細い触手が生えているとかなんの冗談だ?


 あぁ、もしかしてあの触手が口以外の感覚器なのか? ……しかし地下に住んでいてあまり役に立たない目だけが退化するなら分かるが、ここは地上だし、まとめて感覚器を触手に変化させるとか何て豪気なヤツなのか……。


 そんな感じで気持ち悪くも興味深く観察していたら、件の化け物が咆哮を上げながら突進してきた。流石に夢の中でもあんな気色悪いヤツに食われるのは勘弁だ。


 驚くほどその速度はあって時速60、70kmは出ているんじゃなかろうか。しかし、速い代わりに直線的だ。現に一歩だけ体を躱したら、方向修正出来ずに勢いのまま突っ走って行って、その方向にあった木とぶつかり……凄い音を立てて押し倒した。


 いやいや、まてまて……確かにイノシシよりは大きいが、直径70cmくらいはある太い木を押し倒すなんて、どんな突進力だ!? ……避けておいてよかった。あんなのをまともに受けていたらミンチになっていただろう。夢なのに木刀を握る掌に汗が滲む。


 その化け物は押し倒した木から頭を上げると、此方に向き直り、地面をガツガツと蹴って再び触手を奮い立たせている。かなり怒っているようだ。


 流石にあの突進力には肝が冷えたが……どうやら、直進的に進むことのみに特化する事で得ている力のようだ。タイミングさえ間違わなければ問題なく避けられるだろう。多数で同時に突っ込んでくるならともかく、単体であれば対処はそんなに難しくはない。


 しかし……うーむ、本当によくできた夢だ。


 夢の中で化け物を生み出し、その攻略方法を考えるとか、俺は一体何者なのか。せっかくだから、この木刀で殴ってみてもいいよな。ああまで敵意をぶつけられて黙っているほど俺はお人よしではない。


 ならばと、剣で基本とされる正眼の構えを取ろうとした……が、体に拒否された。他に敵がいたら対処できない……そんなことを言われている気がして、だらりと手に木刀を下げた自然体となる。意識と体の乖離は気になるが、ここは体が言っている方が正しいように思えるので従うことにする。


 再度、凄い勢いで突っ込んできた化け物を寸前で避け、背骨辺りに渾身の上段切りを見舞う。


 しかし、ゴキンという音を立てて弾かれた。


 その感触は丈夫な骨にゴムを巻いたモノを叩いたようで、大したダメージを与えられた様子はない。その硬い剛毛も耐久力に一役買っているのだろう。


 俺の攻撃を意に介することなく、化け物は走り続けて反対側にある太い木に激突した。そして、簡単にあしらわれて腹が立ったのか、苛立ったように咆哮を上げる。


 ぬぅ、段々腹が立ってきたぞ、この化け物にもそうだけど……何よりも自分自身にだ。


 なんで、こんな激怒ゲキド如きの魔獣に手こずっているのか。単体であればアギト)よりも与しやすい単細胞の魔獣に――いや、そんな事に腹が立っているのではない!


 ああそうだ、これは覚悟が足りてないからだ。


 魔獣相手にふわふわとした意識で挑むからこんなに苛立つのだ。命を賭けた殺し合いに侮りは不要、全力には全力をもって答えるのが礼儀だ。夢の中であっても、そんな当たり前を忘れていた。


 すまない、無礼はこの一撃に代えて返礼とする。


 都合、三回目の交差――ゲキドの全身全霊の突進に対する俺の大上段からの木刀の一撃は……木刀がゲキドを縦一文字に切り裂くことで決着をみた。そしてゲキドは真っ二つに切り裂かれても走るのを止めず、十数歩走った後に斃れた。


 見事だ。姿形はともかく、お前の奮戦は我が記憶に刻まれ…………すっごい臭いな、オイッ!?


 両断したゲキドからは体液が留めなく流れ、そこから凄まじい臭気が発された。


 なぜ木刀で切れたのかとか、この化け物の名を呼んだからには元の俺はコイツについて知っているのかとか、どうでもよくなるほどの酷い匂いだ。これはもしや、アンモニア臭というやつか? あんまりにも臭さがキツくて涙が出るほどで……鼻栓でもなければ耐えられない。


 こんなものを嗅いだら即、夢から覚めるだろうから、これは夢じゃないということか……いや、とにかく今はもうそんなことはどうでもいい。あまりにも臭くて頭が変になりかけたので、急いでこの場を退散することにした。



 しかし、またしても行こうとしている方向からガサガサと音がして足を止められる。


 今度はなんだ? 流石に二連戦はいやだぞ。労力もそうだけど、この匂いが倍になったら吐くこと間違いない。


 だが、その心配はなさそうだ。


 現れたのは壮年と思われる男三人で、いずれも弓や鉈、槍を持っており、おそらくはゲキドを追ってきたのだと思われる。その三人はまずは俺を見て、そして、縦二つになったゲキドを見て……警戒も露に俺へ武器を向けた。



「なんだお前は……これはお前がやったのか? オレ達は近くの村の自警団でな、話を聞かせてもらおうか」

 


 先頭に立つ男に槍を突き付けられ、俺は木刀を腰ベルトに刺して両手を挙げた。


 まぁ、この場合は大人しくした方がいいよね。うまくいけば今日の寝床が確保できるかもしれない。ただ、尋問を受けるにしても早くこの場から離れたいんだが。後ろの二人も匂いがキツイようで鼻をつまんでいるし、お願いします……。



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