プロローグ
目を開けたら青空が広がっていた。
起き上がりたいけど、全身が痛くて体が動かせない。なんだ、この状況は?
ちょっとだけ動く頭で上の方や横の方を見ると、高い木々や生い茂っている草があり、どうやら森の中の少し開けた場所に俺は倒れているらしい。
しばらくして、ようやく痛みが引いたタイミングで仰向けから胡坐座りの態勢になる。あれだけ体が痛かった割には四肢に欠損もなく、目立った外傷もない。頭の一部に鈍痛が残っており、触ってみると大きなタンコブが出来ている。その他にも全身に擦り傷やら打撲があるが、これが最も大きな傷だろう。
状況から察するに、木から落ちたのか? ……というか、なんでそれを覚えていない?
靴は履いていて、服は……作業着っぽいな。いくつかあるポケットの中には何も入っていなくて残念だ。あと、側にはやたら黒い木刀が転がっている。
なんだかますます状況が分からないので、一つ一つ、思い出していくことにしよう。
まず、俺の名前は………………あー、まずいな、初っ端から躓いた。覚えていないし思い出せない。どこの何さんで、何に所属しているのか全く分からない。年齢も不詳で、分かるのは男であることだけ。再び着ている服を探ってみるが、何も出てこないし、手掛かりになるようなマークらしきものもない。
これはもしや……記憶喪失で森の中で遭難しているという、かなりヤバイ状況ではなかろうか?
幸いなのは、昼間で晴天という事だろうか。寒くはないし、333の法則でいう温度までは確保されているらしい。しかし、これが夜になると分からないので、まずは近くにヒトがいるか、もしくは民家があるかを確認しよう。記憶の事はライフラインが確保できてからだ。
とりあえず近くの一番背の高い木に登ってみることにする。しかし、蜂とかの危ない虫と遭遇したら大変なので、登る前にこれをやっておかないと。
パンッ、と一拍、柏手を打つ。
そこから帰って来た情報を鑑みるに、どうやら害となる虫や小動物は居ないようではある……というか、体が命じるまでにやってしまったが、なんでこんな事ができるんだ? ……俺ってなんか、ヤバイ人なのか?
少し混乱しつつも、木を登っていく。なんか、体がやたらスムーズに動いてそこに意識が付いて行っているような……意識と体が乖離しているような違和感が凄い。まぁ、この状況で身体能力が優れているのは良い材料なので文句を言う理由はないが、この体を使いこなせるようになるまで、それなりの時間がかかりそうだ。
体重は60~70kgぐらいだろうか。それくらいの負荷が掛かっても折れないだろう木の枝があるギリギリの高さまで登り、周囲を見渡す。
えーと、太陽があるのがこっちだから……ふむ、西は森が鬱蒼と茂っていて人気がない。北も少しは木々の背が低いが同じようなものだ。
南の方は……少し頑張って歩けば平地に辿り着けるだろう。道らしきモノも見えて、このまま森で一泊とはならなさそうで少しホッとする。しかし、なんだろうな、あのドデカいキノコ雲……いや入道雲か? 気温からすると夏でもないのに、あんなものがある理由はないが……もしかしたら、あの中には空飛ぶ城があったりしてな、ハハ。
さて、そんな幼稚な想像は横に置いてと……南からの道を辿っていくと、東側には大きな水溜まりが広がっていて、対岸が見えない。あれは……もしかして海ってやつか!?
おおぅ、何か謎の感動があるな、勝手に心臓がどきどきして高揚感に包まれている。それにどうやら民家……集落があるようだし、行かない理由はない。
気になるのは、集落から海の方に続いている細い道の先で、そこには島があって島全体にやたらと色が濃い森が広がっている。なんかアレを見ていると心がざわめくというか、闘争本能? 体が暴れたくてしょうがない気持ちになってくる。
ライフラインが確保されていない今は無駄に消耗するわけにはいかないので、気になるその島から目を逸らし、登っていた木から降りることにする。
地面に降り立って向かうべき方角を確認すると、近くに落ちているだろう真っ黒な木刀を探す。海岸までは約500mくらいだと思うが、それまでに猪や熊に遭遇しないとは限らない。頼りなく思うが、護身できる武器があるだけマシだろう。それに、もしかしたら記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。
さて、この辺りに転がっていたはずだけど……あれ、ないな。何処に行った……って、あれ、いつの間にか腰ベルトに刺さっているぞ。え、俺っていつコイツを拾ったんだ? たしか、木に登る前には腰になかったハズなんだけどな……不思議なこともあるもんだ。
不思議な出来事は横に置いて早く集落へ向かうことにする。日が落ちる前には着くが、そこから記憶喪失である自分を保護してくれるだろう公的機関を探したり、それが無理なら食料や泊まる場所を探したりしなければならない。時間は有限で貴重だ。
特にこの場でやることはなくなったので、集落に向かって歩き出そうとしたら――なにやら、前方からガサガサと草木を掻き分ける音がした。ヒトか野生動物か……どちらにしても、今の状態では敵対する存在であることを前提に用意しなければならないだろう。
早速、腰の黒木刀を抜いて身構えていると、その音の主が姿を現した。
「えっ……な、なんだコレ、生き物……なのか?」
それはイノシシよりも二回り、いや三回り大きい体躯と四肢、気色悪い触手を頭に生やし、その中心には円型の口とその中にはびっしりと牙があるという、生物を冒涜するかのようなクリーチャーだった。そいつは俺という餌を見つけて喜んだのか、その頭に生えた触手を全て奮い立たせて咆哮した。




