最終話 真エレメンタルキャリバー
新種の魔獣を生み出した神魔獣ドラゴンは、先ほどまでの光の奔流――ドラゴンブレスを放つのではなく、己の躰から発射口のような孔を持った触手を幾つか生やした。そこに同種の光が灯り始めて……どうやらあれがブレスに代わる攻撃手段のようだ。
自分の攻撃の余波で死ぬなんて間抜けを避ける脳味噌は持っているみたいで、先ほどの大爆発には大分懲りたらしい。無論、それは魔女二人も学習しているに違いない……よな?
何にしろ、自分さえをも巻き込む戦術規模の攻撃から、対人規模へグレードを落としてのがっつりした戦闘をお望みのようだ。
「やっぱり、このまま無事には帰してはくれないか……クラウディア殿、オクタヴィア殿、よろしくお願いします。お灸を据えてやってください。すぐに俺も続きます」
「ああ、そうだな。ここいらで一つ恰好いい所を見せて、私が誰だか思い出させてやろう。マリーよ、連続で魔法を使う。支えてくれ」
「貴方様のお仕置きは有難く受け止めますが、幻滅されるのは不本意ですわ。私も本気とまいりましょう。エミリア、支えなさい」
「じゃあ、オレは邪魔にならねェよう、コイツを後ろで掲げてますぜ。あンな魔獣軍団、オレにゃあもうどうにもならないンで」
魔女の宣言を受けて、それぞれの騎士が魔女の背中を支えた。
どんな理論かわからないが、魔女は魔法を放つ際に反動――作用反作用の法則の影響を受けるようで、連続で魔法を使うときには騎士が魔女の身体を支えるとのこと。そうでなくては回転トルクで宙に浮くなんて出来やしない。魔女殿がドレス魔法を使った後でそれを聞いたときには、魔女の騎士には砲台としての役割もあるんだなと、その合理性に感心したものだ。
咆哮を上げて襲い来る神魔獣ドラゴンとその眷属に対し、万全の態勢となった魔女――
オクタヴィアは、周囲に浮かべた水塊からジェット水流を縦横無尽に奔らせて幾多の小型魔獣を切り裂きく。
クラウディアは次々に火炎弾を放って大型魔獣を吹き飛ばしながら、ドラゴンの触手ブレスも相殺する。
いつかの防衛局砦の防衛戦が児戯に思えるほどの力と力のぶつかり合いだ。神魔大戦――そんなフレーズが頭をよぎる。
そして破壊的な魔法を放つ魔女の間に立って虹色の枝を掲げている上官殿は、まるで救世主を導く預言者、ぶフッ……いや、軍旗を掲げる旗手だ、実に恰好いい。
「そう思うなら代わりやがれっ、コンチキショウ! 熱いわ痛いわ怪光線の余波は飛ンでくるわで、生きた心地がしねェンだぞ!!」
「いやいやせっかくの晴れ舞台、邪魔するのは野暮ってもんでしょう。それに俺、この拮抗状態をなんとするために、今からドラゴンに一発かましに行くんですが代わりますか? 」
「頑張れ、応援してるぞゥ! って本気か!? …………本気なンだな、残ってたら骨は拾ってやるよ」
「アイサー。では、乙14142号改めルート・トワイス、準備が整い次第、突貫します。上官殿、いや……コウ殿、いつも通り俺の後ろを頼みます」
「……さっきも言ったが、もうオレの立ち入る隙間はどこにもねェよ。姐さン連中に頼むんだな」
「いえいえ、彼女らに頼んで誤爆されたら死んでも浮かばれない。少なくとも今は、俺が背中を預けられるのは貴方だけですよ」
「わかった、征ってこい……だがよ、必ず生きて帰れ」
「はい」
――さてと、恰好はつけてしまったが、どうしたものか。
ドラゴンと魔女が暴れる戦場を眺めつつ、内心ではダラダラと冷や汗を流していた。ヤバイ音を立てた黒木刀の事で。
そりゃ、あのドラゴンブレスを2回も受け止めさせるなんて無茶をさせてしまったが、今回の戦闘が終わるまで壊れるのは待ってくれまいか。じゃなきゃ、こんな見栄を切ったのに、魔女二人に任せて後ろをうろうろしているだけの馬鹿になってしまう。
改めて黒木刀を見ると、柄の上の部分に切れ込みが入っただけのようだ。いや、そこから折れたら一大事なんだけど……折れちゃうのか!?
しかし、そんな心配はなさそうだ。柄を上に眺めていると鯉口を切ったように今まで木刀だと思っていた部分が鞘のようにすっと滑って行き、なんと木刀時より一回り小さな刀身を顕した。
その虹色に輝く刀身は金属製に見えて……え、もしかしておれ、今まで刀を木刀と思って振り回していたのか!? いや、ちがうよな、どんな耐久試験をしても木刀から形状が変わらなかったのは確かだ。コイツが進化したと考えるの妥当なんだろうけど、なんで今、こんな切羽詰まったタイミングで衝撃の事実が判明するのか……。
正体を顕した刀身はとても綺麗だが……正直、刀としてはダサい。刃物が虹色に光るとか俺の美的センスに反する。あと、刀身が光って見えにくい。これだと刃筋を立てるための視覚情報が得られないので、経験と感覚に任せて振るうことになる。それはもう鈍器で力任せに殴る狂戦士と何ら変わらない。
……ヨシ、見なかったことにしよう。
刀を鞘に納めて元の黒木刀に戻そうとしたら、虹色の刀身が嫌がるようにくねくね動いた。うわっ、気色悪りぃ、この、抵抗すんなっ、蛇行剣かお前は!?
なんとか刀身に鞘を被せようと苦戦していたら、鞘の方がばらけた。まるで薄い布のようになって、俺の手から逃れ……裸だった上半身に巻き付いた? なんだよ、ぎゅうぎゅうと締め付けて俺を絞め殺すつもりか!? なに、違う、よく見ろって?
鞘から変化した薄くて黒い布はピッタリ俺の躰に巻き付いてインナースーツみたいになった。
うん? 元が黒木刀だから、耐刃耐熱耐衝撃耐酸仕様で他にも沢山耐性が付いてて、ついでに魔法も吸収すると? ……いや、もう驚くのはやめよう。全てはドラゴンを何とかしてからだ。
だから、魔女殿も唖然としていないで魔法攻撃を継続してください。
「私達は一体何を見せつけられているのでしょう? 普通に刀と意思疎通されているように見えるのですが……」
「聞くな、私とて何が起こっているか全くわからんのだ。ルートよ、本当にそれについて説明がつくのか? ドラゴンブレスも防いでおったし、ドラゴン以上に正体不明のマテリアルなのだが……」
……クロモリで拾い、幾多の魔獣の血を吸って成長し、自立して動く。そんなのもう答えは一つしかない気がする。
そういや忘れるといけないから、この際に名前をつけてしまおう。エレメンタルキャリバーなんてどうだ? あいてっ、ごめんゴメン悪かったって! 推測している正体から名前を取って、神魔刀クロモリなんてどうだろうか。気に入った? あ、そう。
「まるで長年連れ添った夫婦のような雰囲気がありますわね」
「なんでこんなところで……しかも、木刀なんて無機物のライバルが増えるのだ……」
さて、漫才は此処までにしよう、敵を待たせている。念のために先ほど虹色の枝を切る際に得た虹色の破片を口に含み、神魔獣ドラゴンへ向かって歩き出す。
周りが魔女の魔法とドラゴンの触手ブレスで荒れ狂う中、真正面に立つ魔獣を、黒木刀改め神魔刀クロモリで切り捨てながら進む。
群れとなって襲って来たアギトとゲキドを、十二神将でまとめて叩き斬る。
伸ばしてきた触手を避けて、カズラを死突で黙らせる。
雪崩れ込んでくるトンビを縦一文字に切り裂き、地面から飛び出してきたダミンを横一文字で上下に別つ。
両腕を振り上げたキョジンをその姿勢のままに十文字に斬り分けた。
たとえ性能が強化されようとも行動パターンまでは変えられないようで、それなら破るは容易い。
そして、当然と言えば当然だけど、木刀よりは刀の方が斬りやすい。羽根のように軽いのに、一度振るえばまるで天を裂くかの如く切れ味は、まさしく神魔刀の名に相応しい。これで虹色じゃなければ完璧なのに残念だ。
さぁ、お供の魔獣は全て片付けたぞ、最後の勝負といこうじゃないか。
正面にある全長30mの巨大な頭部が放つ唸り声がビシビシと俺の顔を叩く。とぐろを巻いた胴体を伸ばせば優に200mを超えるだろう体から発する迫力に、思わずちびりそうになる。
なんで魔女の魔法に任せないのか? そりゃあ、拮抗状態を打破したいってものあるけど、俺が真正の戦闘馬鹿だからだ。
今までの生涯で間違いなく最強最大の敵。それに背を向けるなんて、今までの人生にも、これからの人生にも顔向けできなくなる。たとえその先に死が待っていようとも愚直に道を征くのが我が人生なれば。
此処まで連れて来てくれて、今も援護してくれている魔女に感謝を。
この身は矮小なれど……御身に一太刀与えんと欲する生命なり!
――そこから先は集中しすぎた所為か、記憶がとぎれとぎれになっている。
ようやく俺を敵と認めたのか、ドランゴンの触手孔がいくつか俺の方を向いた。そこから発射される光を避け、切り払いながら、とぐろを巻いた巨体を駆け昇る。
遂には頭部の目前に到達した俺に焦ったのか、新たに触手を生やして触手ブレスを放ってくる。それを神魔刀で受け払らっていると、どんどんとその本数は増えていって……十二神将・帳でようやく拮抗するまでになった。
口に含んだ虹色の枝でしばらくは体力が途切れることはないが、相手はクロモリ全域で光合成したエネルギーを吸い上げる頭脳体だ。体力勝負ならあちらが有利で、この拮抗状態は大変不味い。
せめて、一瞬でもこの飽和攻撃が途切れてくれれば……。
そんな思いが通じたのか、ふっと光の圧力が後退した。見ると……ドラゴンの目に矢が刺さっている。魔女殿の派手な魔法に隠れたその一矢は、本当に僅かだが隙を作ってくれた。
コウ殿に心よりの感謝を。
真下から天に昇る渾身の一刀は、神魔獣ドラゴンの頭を縦に切り裂いた。
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ぐったりと力を抜いて横たわるドラゴンの胴体から駆け降り、地面に立って振り返る。
本当にこんな巨大生物はどこからやって来たのか。この巨体すら一部――頭脳体に過ぎず、クロモリすべてが躰なんて、やっぱり宇宙怪獣だろう。触手を生やすなんて肉体の変質すらも一瞬でやるとか、この星の生命体に喧嘩を売っているとしか思えない。どこまで傷つければ殺すことができるのか。
すでに再生が始まっている頭部に畏怖を覚えながら、駆け足で皆の下へ向かう。
今度こそ気絶している間に退散しないと、もう一回あれをやれなんて絶対に御免だ。体の疲れは虹色の枝が癒してくれるが、精神的疲労までは如何ともしがたい。正直、今からでも倒れ込みたいくらいだ。
体に巻き付いていた黒い布が鞘の状態に戻り、神魔刀を鞘に納めた時には皆の前に立っていた。
「ルート・トワイス、戻りました」
「……よくやった、お主の献身に感謝を。十二分にねぎらってやりたいところだが、今は疾くこの場を離れるのが先だ。皆もよいな、アレとまた戦いたいというのであれば残ってもよいぞ?」
誰がそんな質問にハイと答えるものか、ドラゴンの相手はもうこりごりだ。
そんな冗句を言って場を和ませようとしたら地鳴りが響いた。すわ、ドラゴンの攻撃がまた始まるのかと思って頭脳体の方を見るも、まだ再生途中で起きている様子はない。じゃあこれは?
皆が戸惑っていたら地面そのものが動いた。
俺達を平らな地面に乗せて……クロモリの外側へ向かっている? もしや、異物を体外に排出する蠕動運動か!?
どうやらクロモリは俺達を体内で消化できない異物と認めたようで、森の外へ排出するのだろう。この森すべてが消化器官というのなら、この現象も納得はできる、か? なんにしても帰り道を自動移送してくれるというのなら有難い、検証は報告書を読んだ学者たちに任せたい。
虹色の枝は今もコウ殿の手の中にあるし、任務完了と言って良いだろう。
ようやく全てが終わりそうで、体から力が抜けた。クロモリの外に出るまで油断はできないが、一息吐くくらいしてもバチはあたらない。そう思って大の字になって寝転がろうとしたら……後ろからオクタヴィアに抱きつかれた。
「寝ては困りますわ。私、貴方様の▲▲▲で罰して頂く……えぇ、●●を刺し貫いて激しく■■■■■■の×××頂くことを、いまか今かと待ち望んでおりますのに……」
……勘弁して欲しい。死闘を経て精魂尽き果てたのだ。これから水妖花とこってりした遣り取りをしたら絶対に負けて取り殺される。
何とかこの拘束を抜け出そうと四苦八苦していたら、横からクラウディアのドロップキックが炸裂してオクタヴィアが吹っ飛んだ。なんでそんなに元気なんだ。魔女の体力は無尽蔵か?
不意打ちに目を回すオクタヴィアに、流石に不味いと思って手を伸ばそうとしたら、クラウディアにその手を掴まれた。そして、その腕をアームロックで極められる。え、ナニコレ。
「脳味噌どピンク女の妄言は忘れろ。いや、その神魔刀とやらで刺し貫いて地面に縫い留めてやるがいい、我らの語らいの邪魔だ」
「えっと、忘れるのはいいんですが、これは一体……すごく痛いんですが。こんなんじゃ話はできませんよ」
「黙れ馬鹿ッ、どこまでも心配させよってからに……お主が死んじゃうと思ってすごく怖かったんだぞ! 左手が消し飛んで倒れた時だって、ドラゴンに向かって行った時だって……本当にお主が死んだと思ったのだぞ!? 責任を取れっ!」
「責任と言っても、何をすればよいのか……」
「……このニブちんめ、その体がちゃんと生きていることを確かめさせよ。お主のその腕で、私を力強く抱きしめてくれ」
アームロックを解いたクラウディアは、関節技を解かれて踏鞴を踏む俺に両手を差し出し、抱くように促してくる。
その可愛く照れた表情は反則だ。流石にここまで来たら……こんなん勘違いしちゃうぞ、しちゃうからな? 後でなかったことにされたら泣くからな!?
初めて正面から抱く彼女の体はローブ越しでも想像以上に柔らかく、医療行為以外で抱きしめるなんてことを経験したことのない俺に、この上ない多幸感を与えてくれた。俺よりもずっと強いクラウディアだが、守ってやりたくなるのは男のエゴだろうか?
ずっと抱きしめていたくなるが、しかし……なんか、俺の身体を触る手つきが、しっとりねっとり艶めかしく……おい、ちょっとやめろ、吸うな舐めるな歯を立てるな! うわ、後ろからオクタヴィアが……この、耳に息を吹きかけて、噛むな! そんなところにまで手を伸ばすんじゃ、お、押し倒される!? ベルトが引き抜かれて……コウ殿、助けて!
「ハァ、往生際が悪い男は嫌われますよ」
「そうですね、いい加減に自分の中の野獣と素直に向き合ったらどうなのです?」
「まったくだ、そンでオメェの二つ名は『エレメンタルキャリバー』で確定だわ……お幸せに」
俺の味方はどこにもいないのか!? くそっ、防衛局も、魔女の騎士も辞めだっ、地の果てまで逃げてやる! ちょ、ホントにそこは駄目だって! あ、あっ、やめて、犯されるぅー!?




