32話 神魔獣ドラゴン
クロモリについて、以前に疑問を抱き魔女殿へ質問をしたことがある。
なぜ何処にでもいる昆虫類がいないのか? 水浴びをした小川には魚や貝がいない? それらの小動物がいない代わりになぜ魔獣なんてものが生息しているのか。そして、なぜヒトの病やケガを癒し、果てには不老までをもたらす植物が生えるのか?
銀色の草花を得る遠征から帰ったら魔女殿の知る情報を教えてくれるとのことだったが、期限繰り上げの話もあって、結局は伸ばし伸ばしにされていた。
それが今、暴かれようとしている。虹色の枝がある場所に着けば自ずと分かると言っていたが、これが……答えなのか。
クロモリに入ってから数日が経過した。魔女二人の活躍で随分とショートカットは出来たものの、いつ襲われるとも気が抜けない状況での徹夜行軍は、ごっそりと俺達の体力を奪った。クロモリ深部の踏破は思ったよりも大変で、魔獣との交戦は100を超えた辺りから数えてはいない。何せクロモリの深部に立ち入るのは俺達が初めてのようだから記録を取ることを求められたが、あまりにも過酷だから途中で放棄したくらいだ。
そんな苦難を乗り越えて辿り着いた約束の場所。
目の前に広がる光景に驚く俺達の方を振り返り、全てを知っていたのだろう魔女二人がすっきりした笑顔で告げる。
「そう、これが」「私たちが求めてきた」「「虹色に輝く枝だ(ですわ)!!」」
深い森の中、此処だけは広く開けた平地になっており、その中心には一体のとてつもなく大きな生物が鎮座し、眠っていた。
頭部は馬というか鰐というか奇妙に合体した形状をしている。そして全身は大蛇のように長く、鱗に覆われており、尻尾は地面に埋まっているというか……クロモリと繋がっているように見えるのは錯覚だろうか? 特徴的なのはその角で、鹿のように頭から二本生えているそれは虹色に輝いており……ああこれが、虹色に輝く枝の正体なのか!!
「枝っつうか……角じゃねぇか!? しかもデケェ!」
「そうです。しかし似ているでしょう? 最初にあれ――流石にその一部だけですが、持ち帰った時に誰かがそのように名付け、訂正する必要はないだろうとそのままにしたと聞いておりますわ。えてして伝承とはそうやってねじ曲がっていくものなのです」
思わず叫んだ上官殿に対し、オクタヴィア殿が冷静に返す。そうか……その場所に辿り着けば簡単に得られる植物ではなく、戦って得なければならない角となれば挑む探索者は減るだろう。汚い大人の事情ってやつか。
暗澹たる気分になる俺に構わず、びっくり箱を開けたときの子供のような無邪気な笑顔で手を大きく広げ、クラウディア殿が言う。
「我々が踏みしめて来た草、そして切って来た木々は全てこ奴の擬態よ。森に虫がいない理由、川に魚がいない理由、魔獣以外の動物がいない理由! 全てはそう、この森に留まった有機生命体を溶かし殺し、吸収しているからだ。この黒き森自体がヤツの胃袋と腸――光合成する消化器官というわけだ。ほれ、木々に見えるモノは腸壁に生えておる突起みたいなものと考えればよい。我らも長く留まれば、こ奴に溶かされて吸収されるだろうな」
「それがクロモリが他の森と一線を画す理由……ばかな、そんな生き物があって堪るものか! もうそれは宇宙怪獣だろう!?」
「実際そうかもしれませんわ。かの者の起源は全く分かっておりませんし……このような生物、進化の系譜のどれにも当て嵌りませんから」
うっへぇ……適当に言ってみたけど当たりの可能性もあるわけか。
「じゃあ、魔獣は……この森を生息地とする魔獣とは一体何なんだ!?」
「ヒトでいう白血球、もしくは抗体のようなものとは学者の弁よ。また、十分に月光浴を行ったときにこ奴が生み出すと言われておるな。誰も見たことはないが、満月の近くでは実際に魔獣が活性化し、増えるだろう? そこからの推測よ。魔獣がこの世の生物とは似通っていそうで全く似通っておらんのは、こ奴が生み出したからと言えば納得できよう?」
そもそもの本体が合成獣みないた外見をしているから、そこから生まれるのもクリーチャーってワケか。そういえば、ミクロの世界じゃ生命体は全部化け物みたいな姿形をしているって聞いたこともあるが……。
それで、先日言っていた逆鱗とは本当にそのままの意味だったんだな。自分の身体に穴を開けられたら、そりゃ怒るし反応もするわ…………って、此処まで辿り着くのに、魔女のドレス魔法ですっごい破壊活動をしたんだケド……大丈夫なのか? 凄く嫌な予感がしてきたぞ。
そんな青ざめる俺には気づかず、魔女二人の説明は続く。
「地下からは龍脈という名のマントルエネルギーを吸い上げ、地上においてはヒトを始めとする全ての有機生命体の血肉を喰らい成長する巨大生命体」
「この地に生る禁断の果実は生贄を釣る餌であり恩恵というわけだ。まさに、千の民に犠牲を強いて万の民に恩恵を授けるという、この国における別れの神話を体現した魔獣だよ。いや、アレを単に魔獣というのは不敬であろうさ。言うならば――『神魔獣ドラゴン』、個体名をクロモリ。それが彼奴の名に相応しい」
ドラゴンか……子供の頃に寝物語で聞いた、伝説の合成獣の頂点……確かに、目の前のアレにこれ以上なく相応しい名前だろう。
「驚いたか? びっくりしただろう? 感動で声もでないか? いやー、必死にネタバレを我慢した甲斐があったというものよ!」
「ええまったく、貴方達には是非とも前知識なしにアレを見て欲しかったのです。ああ、私も予備知識なしにアレを見たかったですわ!」
無邪気に笑う魔女二人は本当に屈託のない笑顔を浮かべており、全く悪びれることはない。こういう所は本当に魔女なんだよな。
なんでそんなに余裕でいられるのか。こんな化け物、睨まれただけで一溜りもないぞ……。
「なんだ、アレと戦う心配をしておるのか? ここまで大仰に話してきたが安心せい。聞いた話ではドラゴンは寝たきりらしくてな。あの角――虹色の枝を必要な分、切っても起きんとのこと。ここまで来るのは骨が折れたが、アレの末端部を1mほど切り取って持って帰れば任務完了ということだ」
「えーっと、あのですね……ばっちり起きてらっしゃるんですが」
「…………なにぃっ!?」「なんですって!?」
俺達へのネタ晴らしに夢中になっていて気づかなかったのだろう。魔女殿二人の遠く後ろでは、その爬虫類に似た縦の瞳孔をばっちりと見開いて此方を興味深げに眺めていた。つーか、あれ、明らかに怒っているよな?
あぁ、これ、駄目なヤツだ……。
神魔獣ドラゴンはその大きな口をガパッと開き、俺達に向けて光の奔流を吐き出した。




