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エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第一章 クロモリ
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31話 本気と本性


 俺達最後の探索、その旅立ちはあっさりしたものだった。いつもの防衛局、そして、いつもの防衛隊員の敬礼。それだけだ。なにせ俺達が探索に赴こうが防衛局の業務はなんら変わらない。


 ただ、ちょっと違うのは、あの元女上司が見送りに来てくれたこと。そして必ず生きて帰れって言葉が意外で……でも、凄く心に沁みた。俺の件で随分と苦労を掛けて嫌っていたはずなんだけど、例えそれが探索隊を送り出す補給部隊の慣用句だったとしても救われた気分だ。おそらく、これが俺の防衛局での最後の任務になるだろうから、なおさらな。


 それにしても、あの精魂尽き果てた探索から帰ってきて、たった2日しか防衛局で過ごせず、今度はクロモリの深部へ向けて出発と、本当に人使いが荒い任務だ。まぁ、俺は半休を、そして上官殿とマルローネ殿は丸1日の休暇を貰えたのに対し、クラウディア殿はほぼ休みなしで(殴り合った後の強制気絶は除く)、探索計画の為に働き続けたことを考えると、文句は言えない。


 魔法を使うときの地獄の痛みを想像すると、クラウディア殿にはもう少し休んで欲しいが、魔人化が進んでいる仲間を救うために早く虹色の枝を確保したいという気持ちはよく分かる。


 俺に出来るのは、魔女の二人に出来るだけ負担を掛けないように立ち回る事だけだ。

 

 準備を整えた俺達は、相変わらず鬱蒼としたクロモリへ入っていく。隊列は俺を先頭とし、そこから少し離れて魔女殿達が続くというものだ。先頭に立つ俺が偵察・囮を担い、そして、疲労度に応じて先頭を上官たちと交代するという、先日の探索と同じもので、出来るだけ魔女二人への負担を掛けない考えだ。


 確実に大型魔獣へ対応するには、魔女殿に常時魔法を発動して貰って備える必要があるが、入ったばかりの浅部で出てくるのはアギトなどの小型種だけだ。少なくともルートAを辿っている間は、この隊形が続くだろう。




---




「しかし、先日の試合の時も思いましたが、貴方、本当に人間ですか? 新種の魔獣か何かじゃないですよね?」

「私も気になってはいました。実力は疑いようもありませんが、明らかに常人とは異なっているように思えますわ」

「また強くなっていないか? お主の躰はどうなっているのだ……」



 その質問は以前にもされた覚えがある。出会って時間が経っていないエミリア殿、オクタヴィア殿であれば、そんな疑問を持つのも当然か。しかし、新種の魔獣とか、例えにしても酷くないかな?



「まずは己を知り、次には道具を使いこなし、更には相手を知り尽くして想像もすれば都合よく動かしもする。そして、その範囲は個から集団へ、遂には世界に広げ支配する……これが出来るように一歩一歩努力して今に至ります。誰にでも出来るとは言いませんが、覚悟を持って日々修練すれば辿り着けるかと」

「言葉にするのは簡単、いえ半分は理解できませんが……少なくとも私はその境地に辿り着けていませんね」

「…………」

「ルートは規格外だからな、言葉全てを真に受けるなよ」



 現在はまだルートAの途中で、先頭は上官殿とマルローネ殿に担ってもらい、俺は後方で魔女殿達の護衛をしている。無論、不意打ちを貰わないよう周囲に気を配っているが、この程度の世間話は許容範囲だろう。お互いのことを良く知るという目的もある。しかし、こんな質問がくるとは、先ほどのアギトの群れを蹴散らした『十二神将』は張り切り過ぎたかもしれない。


 この十二神将というのは、俺が心の裡でのみ名付けた対集団剣技だ。


 一息、すなわち一秒に俺が木刀を振るえる回数はどれだけ頑張っても三つだ。ひと振りで四匹のアギトを斬るルートを見極め、それを全力全速で三回振り切る。それも、その場に立ってじゃなく、相手の位置と動きを予測しきって立ち位置を変えながらだ。それが――『十二神将』。


 この技は多くの敵を短時間で潰すことができるが、脳への負担と体力消耗が半端なくて外せば後がない、ある意味捨て身技だ。こういった型に嵌った技は戦闘において選択肢を狭めるから好きじゃないけれど、格下相手なら順繰りに黒木刀を振るうより効率に敵を屠れる。倒し慣れたアギトであればと、何も考えずにこの技を使ってしまった。


 それを初めて見たオクタヴィア殿とエミリア殿には衝撃的だったようで、こんな質問を受けている。オクタヴィア殿なんて何か瞳のハイライトが消えかけているように見えるのだが……そんなに考え込むことか?


 前の方では現れたアギトやゲキドを相手に上官殿達が奮戦しており……会話は切り上げて、すぐに援護できるよう気を引き締めないと。


 しかし、相手が小型魔獣であれば上官殿達も慣れたもので、難なく撃破できたようだ。このまま進むのかと思ったら……踵を返して戻って来る。どうかしたのだろうか?



「100m先にカズラらしい影が見えたぜ、厄介だな」

「どうしましょう? これを迂回するとなると、結構なロスになりますが」



 うわ、またしても要所にカズラか……単独探索した時は居なかったんだけどな。クロモリの逆鱗うんたらを聞いて少し覚悟をしていたが、どうやらこんなところにも影響があったらしい。



「強行突破するにしても、迂回するにしても面倒なことよな……うーむ」

「あの、出来れば俺に任せてもらえませんか? アイツの体液をぶちまけなければ問題ないですよね? 試したいコトがあります」

「えっ? あの化け物を一人で何とかするつもりですか!?」

「お待ちになって! 貴方様の実力は十分に承知しておりますが流石に無謀ですわっ、き、気持ち悪いですが私にお任せなさい!」



 ああ、そうか、この二人はカズラを見るのは初めてだっけ。


 存在自体が反吐を吐くような気色悪い魔獣だから怯む気持ちは分かる。ただ、事前の作戦会議で単独撃破が可能な事は説明したのだから、もう少し信じくれてもいいんだけどな。



「アレを周囲に影響を与えることなく倒せると?」

「ええ……万が一失敗して迂回することになってもロスする時間は変わりません。モノは試しということで如何でしょう?」

「ちょっと、私の話を聞いているのですか!?」

「あー、黙れ黙れ、こ奴の真価を改めて確かめるのにちょうどよかろう。ルートよ、私が許可する、見事成し遂げてみせい。オクタヴィアよ、もう少し己が惚れた男を信じるがいい。アレは口に出したことは絶対に成し遂げる男だ」



 ああ、クラウディア殿の信頼が心地よい。


 頼られるということは防衛局で終ぞなかったが、このヒトは俺を駒ではなく頼れる部下として見てくれている。信頼には確固たる成果で応えなければ。


 まだ心配そうに俺を見るオクタヴィア殿に黙礼をして、カズラが居る場所へゆっくりと歩いていく。


 極彩色のウツボカズラに似た本体に、先端が酷い型の触手が数十本生えているという、相変わらず気色の悪い魔獣だ。これを生み出した奴は美的センスを虚数空間に放り投げたとしか思えない。


 しかし、まぁ、見るのも気色悪いが何回も倒すうちに急所の位置は明確になった。そこを狙わせて貰うとしよう。


 伸ばしてくる触手を避けつつ、この化け物を倒すイメージを浮かべる。狙うは中枢神経……本体を支える茎の部分の奥にそれは在り、黒木刀を柄の部分まで埋めてようやく届くといったところか。


 さて、剣術において突きは死に技と言われている。なぜなら斬り抜ける斬撃とは違い、突いて抜くという2動作が必要なために集団戦闘では次の動作に移れず的となるリスクが高すぎるからだ。相手を確実に殺せるが、次に死ぬのは自分の番となる諸刃の剣、それが死に技と言われる所以だ。


 しかし、一対一であれば、急所に確実な一撃を入れられるこれ以上はない殺傷手段だろう。そして、突きにはもう一つ、傷口が小さくて済むという特徴があり、体液をぶちまけたくない相手には適した攻撃手段だ。


 まさに今、魔獣カズラへ使うのに最適な技……ルート・トワイスが試技――死突。


 襲ってくる触手を躱し、その触手を足場にして勢いよく駆け上がり、力のままに放ったブレを極限にまで抑えた突きは……狙った箇所に突き刺さり、その切っ先は確かにカズラの中枢神経を破壊した。


 声なき絶叫を上げるカズラから黒木刀を渾身の力で抜き取ると、その場に崩れ落ちる本体から飛び退く。


 動かぬ魔獣なんてただ衰弱していくしかない。何も出来ぬ我が身に絶望しながらその場で朽ち果てるがいい。



 あぁ、そうだ。ついでにお前も逝っておけ。


 いつの間にか近くにまで寄っていた、普段は折り畳まれて肉厚な煎餅となっているトンビを真上から一刀両断にする。


 なんて事はない、単なる大上段からの一刀だ。


 しかし、そこに込めたのは百分の1mmも狂わぬ精密さと、渾身の力。そして相手に気付くことすら許さぬタイミング。それら全て揃わなければ放つことのできない己が理想の一刀――必殺技だ。故にその技名を『真一文字』と名付けた。たとえ、大型魔獣であってもトンビ程度であれば、この通り両断は容易い。

 

 黒木刀に付着した魔獣の体液を、動けなくなったカズラの躰に擦り付けていると、皆が近づいてきた。



「いや、なンつーかよぅ、ホントに化け物じみて来たなァ。オレの援護なンてもう邪魔にしかなンねェだろ? 頼もしいやら恐ろしいやら……オメェが味方でよかったぜ」

「これで私より年下というのですから……末恐ろしいですね」

「やっぱり新種じゃないですか? ビーストスレイヤーとか名乗っても誰も文句は言わないでしょうね」

「うむ、宣言通り、カズラの体液を飛び散らせずに斃したな、褒めてやろう! これでロスなくルートを進むことが出来る。褒美にそうさな……手をつないでやってもよいぞ!!」



 ハハ、良かった。実は怖がられないか心配だったのだ。


 魔女殿はともかく、常人からしたらこんなジャイアントキリングを容易く成し遂げるなんて異物――魔獣となんら変わらないだろう。防衛局にカズラが襲ってきて撃退したあの日、俺に向けられる視線には感謝と、そして隠しきれない恐怖があった。せめてこの任務が終わるまでは、その目が向けられぬ事を祈りたい。


 そして……どうやら、先ほどの一刀で彼女がずっと抱えていた疑問が確信に変わったらしい。


 やばいな。


 クロモリの中だってのにオクタヴィア殿から目を離せない。それこそ大魔獣キョジンを前にしたときよりも強烈な迫力を目の前の魔女から感じる。返答を間違えたら……死闘になるだろう。


 微笑と共に鬼気迫る殺気を背負い、魔女オクタヴィアが俺に問う。



「先日の試合は手を抜いていらしたので? その身体捌きと剣技でしたら(わたくし)を殺すなんて容易でしたでしょうに」

「あくまで試合でしたからね、ですが実力を隠していたのはお互い様でしょう?」



 段々と本性を曝け出す目の前の魔女に、俺はあくまで飄々とした態度で接する。いや、毒々しくも妖しい雰囲気に、それしか出来ないというのが正しいか。



「はて、なんのことでしょう? あれは私の最大の力を込めた一撃でしたが」

「あの時言ったはずですよ。手加減してくれていなければ、場に立った時点で消し炭になっていたと。それにあの魔法はあくまで対人を想定したものでしょう? ……貴女にもあるはずだ、大軍や砦を想定した戦術級魔法が。そうでなければ、クラウディア殿と対等に争うなんて出来やしない。あの超絶爆裂魔法に匹敵する何かが、いや、もしかしたら、それ以上の……」

「…………ふっフフ、ほほっ、アッハハハ!」



 突如として腹を抱えて笑い出したオクタヴィア殿であるが、誰も突っ込もうとない。彼女から溢れ出す妖気に俺達は黙らされた。


 平気なのは退屈そうに小指を耳に突っ込んでほじっているクラウディア殿だけだ。



「いえ、申し訳ありません、会話の途中で……私、ずっとずぅっと対等になれる雄を探しておりましたの。貴方の事は私を害せる可能性がある貴重な玩具として捉え、己が情欲を満たすのに付き合って頂こう考えておりましたが……うふふ、とんでもない勘違いでしたわね。私を確実に殺しうる匕首を持つヒトとして……是が非とも欲しくなりました。私の長い魔女としての人生は貴方様と会うためにあったのだと今、悟りましたわ。この任務が終わりましたら、是非もう一度、私と踊ってくださいませ。そして本気の私に勝ったなら、魂までをも捧げてこの肢体に溺れさせてあげますわ。もし負けたら……髪の毛一本残さずこの世から消して差し上げましょう」



 そういって妖しく笑みを浮かべるオクタヴィア殿は、今まで一番綺麗で、美しく、淫靡に思えた。


 ……なるほど。クラウディア殿が大化生と言った理由がよくわかる。まさしく水の魔女、いや――水妖花とでもいうべきか? あのとき安易に頷かなくてよかったと本気で思う。こんないい女の本性を見れないまま付き合うなんて勿体なさすぎる。この女とは愛を交わすだけではなく、死を交わし合う間柄にならないとその全ては得られない。俺は思うんだけど殺意と愛情は矛盾しないんだよな。


 なんで好意を向けられたか分からなかったが、本音と本性を知れてようやくこのヒトに興味が湧いてきた。


 後ろでガタガタ震えているエミリアさんは、このヒトとは長い付き合いだと言っていたが、本性までは見抜けていなかったようだ。まったく……魔女ってやつは油断も隙もありゃしない。



「興が乗りましたわ。貴方様の芸に応えなければ魔女の名が廃るというもの。クラウディアさん、アレをやりますわ。私に負けたくなければ貴女も準備を」

「……ハァ、これだから馬鹿は嫌なのだ。断ると言っても突っ走るのであろうな、この浮かれポンチめ。聞いたなマリー、コウ、エミリア、そしてルートよ。方針転換だ、これより我らエレメントの力を惜しみなく使い、クロモリを全速力で駆け抜ける、ついてこい。まぁ、無制限はキツイのでな。一時間と時間を切ろう、よいな?」

「私としてはこのまま虹色の枝がある場所まで突っ切ってもよいのですが、お荷物が居ては仕方ありませんわね」



 魔女二人は俺達が見守る中、それぞれ炎の塊と、水の塊を複数個出し、体の周りを旋回し始める。それはどんどん早くなっていって、遂には目で追えなくなり……それと同時に二人の身体が宙に浮いた。


 これってまさか、回転トルクによる重力中和……空中浮揚か!? これが本来の炎のドレスと水のドレス……やっぱり、本気じゃなかったんだ。これで空を自由自在に浮いて魔法で爆撃されたら手も足も出ないだろう。ぶつかっただけでもカズラ程度なら、いやキョジンだって轢殺しそうだ。


 そして驚くべきは地獄の苦痛を堪えて、三次元機動をしているところで……こんな化け物に、誰が勝てるってんだ?


 驚きすぎて意識が宇宙に飛んでしまいそうになっている俺達をよそに、魔女二人が進撃を開始する。それに置いて行かれないよう俺達は必死にクロモリを駆けた。

 

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