30話 最終準備
あの後は上官殿と別れ、朝食を終えて身なりを整えたら定刻近くになったので、いつもの応接室へ向かった。
さて、今日は虹色の枝を確保する作戦会議をすると言っていたけど、昨日は魔女同士の殴り合いでボロボロになってたし、最後には木刀で叩いて気絶させてしまった。原因となった俺がいう事じゃないかもしれないが、考える時間はあったのだろうか? いや、皆で今から計画を練ってもいいんだろうけど、時間が限られているのを忘れていないか心配になる。
そんなことを考えながら入室すると、すでにクラウディア殿は部屋の中に居て、黒板にチョークで地図らしきものを書いていた。その横にはオクタヴィア殿とエミリア殿も居て、それを見ながら質疑応答をしており、昨日の仲違いが嘘のようだ。あんなにいがみ合っていたのに、頭を叩いたショックで人格が変わったとかじゃないよな?
「あの……お早うございます」
「ああ、お早う。昨日は見苦しい姿を見せてしまったな、許せ。愚行で失った時間は今からの仕事で挽回する」
「お早うございます。私も昨日は愚行を晒してしまい反省しております。今日からはエレメントの名に相応しい働きをすることを約束しますわ!」
……本当に引きずっていないようだ。
流石に大きな力とそれに伴う責任を持つ魔女だけあって、公私混同はしない主義のようだ。虹色の枝を確保する任務は期限が前倒しになってしまったからそんな余裕がないだけかもしれないが、ずっとあの雰囲気では探索もままならないから助かる……なんて思うのは失礼か。
「これ以上、馬鹿な真似をして幻滅されては元も子もないからな……この任務が終わるまでは休戦だ。任務中、手が滑るやもしれんが、我らの礎となるならこの馬鹿も本望だろうよ」
「仕方ないですわね。全てが終わった後で、ゆっくりと私の色に染め直すとしましょう。略奪愛も悪くありませんわ。いえ、むしろ燃えると言ってよいでしょう」
なにやら悪寒がするが……気のせいか?
特にオクタヴィアさんについては、せっかく好意を向けてくれたのに袖にしてしまったわけで、多少なりとも後ろめたい気持ちがあったのだが、それさえも全く気にしていないようで少しモヤる。いやいやそこは感謝しないと。
しかし、昨日は鼻梁が折れるわ目に青たんは作るわ頬は腫れるわで酷い様相だったのに、そんな影響は全く感じさせない。二人ともいつも以上に綺麗な顔で、どうなってるんだろう? 化粧で誤魔化しているならすごい技術だ…………って、腫れまで化粧で誤魔化せるわけがないよな!
こ、この二人、やりやがった、貴重な枝葉を……。
体調管理が何とか言ってたクセに何て大人げない。それに、よく見れば俺には見えない角度で手を握り合って握力比べをやっている。
前言撤回、すごい公私混同だ。魔女の中でもトップに近い人間がこんなことをするなんて、やはり就職は考え直した方がいいかもしれない……。
「失礼しまーすっと……ありゃま、皆さン、お揃いで」
「なんですかその挨拶は、皆様に失礼ですよ、アナタ。昨日は申し訳ありませんでした。この通り全快しましたので今日から復帰します。世話を掛けたわね、エミリア」
そういって現れたのは上官殿とマルローネ殿だ。
上官殿は朝まではしていた包帯が取れて声も復調している。薄っすらとアレな跡が残っているが、指摘は野暮というものか。
それよりは、やはりマルローネ殿の方が気になる、昨日から薄まったとは云え、生気と覇気からなる後光は健在で、ゲキドあたりと互角の力比べをしそうな迫力がある。あと、何気に夫婦呼びで上官殿も訂正する気はないようで……これは俺も本気で祝辞を考えておかねばならないだろう。
それはさておき、そろそろ本気で作戦会議と行かせて頂きたい。
幸せな未来は、虹色の枝を確保するという困難極まりない任務を無事に達成しての話だ。下手を打って全滅とか目も当てられない。
探索任務に挑む全員が揃ったことで、クラウディア殿だけを黒板の前に残し、全員が着席する。
「さて紳士淑女の皆よ、任務だ。まずは虹色の枝がある場所について説明する」
そう言うと、書いてあった地図の一点をチョークで叩く。概略でありながらもちゃんとした輪郭あるそれには、防衛局の位置や、辿るべきルート、そして川や丘などの要点が記入されており……おそらく、叩いた箇所に虹色の枝があるのだろう。
しかし、どうやって位置まで特定したんだ? 方角までは分かると言ってはいたが……。
「昨日のうちに、クロモリの端と端から一回ずつ探知魔法を使ってな、その交わる点からある程度の距離と位置を計算した。既に探査が出来ているルートAまでを10kmとし、そこから直線距離で約10km、迂回などを考えるとその倍の20kmをみればよいと思うがプラスマイナス5km程度の誤差は覚悟せよ……そこに虹色に輝く枝はある」
おぉう、基本過ぎて忘れていた。そうだよな、生存術の講義で習った覚えがある。クロモリに立ち入る事なんて今までなかったから忘却の彼方に行っていた知識だ。
オクタヴィア殿と殴り合いをしているだけかと思ったら、ちゃんと探索の仕事をしていたんだな。流石は腐っても魔女だ。
クラウディア殿はその地図に、休憩ポイントと思われる×印を書き込み、すでに書いてあったルートAを赤いチョークで上書きしていく。すでに探索してる区域より先は3股くらいに分かれているが、魔獣の遭遇によっては変えるという事だろう。一番短いルートを辿りたいところだけれど、こればっかりは魔獣次第でなんともしがたい。
「一つ質問をイイですかい? 今回の目的は虹色の枝で、それがある場所もある程度わかってる。なら、遠慮せずに魔法を使って木々を焼き払ったり、地形を変えて直進ってのもアリかと思うンですが?」
「気持ちは分かるがいくら銀色の枝葉があるとは云え、そこまで自在に魔法を使えるわけではないぞ。それにだ、森の裾や中部で爆裂魔法を使った私が言える事ではないが、これ以上はクロモリの逆鱗に触れるやもしれん」
それは、例えばあのカズラ三体の襲撃のことを言っているのだろうか?
確かになぁ、あんな惨劇は二度と御免だ……って、ちょっと待てよ、アレの原因がその直前にぶっ放した超絶爆裂魔法が原因だとすると、もしかすると中部でぶっ放したアレの揺り戻しが、これからあるかもしれないってことか!?
そんな疑惑を込めてクラウディア殿を凝視すると、フィっと目を逸らされた。明らかに慣れていない口笛なんて吹いている。
こ、この魔女、あの大惨劇を知りながら、その場の気分でぶっ放したのか……今度の探索でどんな影響がでるやら。
これには横に座っている上官殿も呆れ顔だ。マルローネ殿もいつもの菩薩顔で……なんかゴキゴキ音がするかと思ったら、両手の指からの音か。
よし、お説教は後で彼女に任せるとしよう。まだ作戦会議は始まったばかりだ。
何せ期限に余裕がなく一発勝負となるに違いない。帰り道や、補給物資の量、陣形や連携の仕方など、確認・詰めておくことは山ほどある。
そいえば月齢によるオクタヴィア殿のコンディションも聞いておかなければならないだろう。クラウディア殿のベストコンディションは下弦の半月といっていたから良くなる方向だけど、逆だったら任務に支障が出るどころではない。いや、そんな人員を増援に寄越すワケがないだろうから大丈夫だとは思うが……。
そんな感じでこの日は話し合いが夜まで続き……出立は明日の朝と相成った。




