29話 悪夢・改
夢だ……夢を見ている。いつもの、俺を取り殺す悪夢を。
あの単独探索任務と、銀色の草花を得るための遠征が終わり、悪夢に出て来る魔獣が増えた。
今まではアギトとゲキドの群れを殺し続け、最後にはカズラ数体を殺すというものだったが……更にはトンビが、ダミンが、そして大魔獣キョジンが出てくるようになった。
現実では苦戦させられたそれらの魔獣であったが、夢の中では疲労がない分、身体が良く動き面白いほど技が決まる。
そうだ、先ほどアギト共を一息で12体潰したあの技は『十二神将』とでも名付けようか? カズラを、トンビを、ダミンを一刀両断したアレは『真一文字』にするか? そうだな、キョジンを十字に切り裂いたのは『一刀十文字』なんてどうだろう?
剣技に名をつけるなんて恥ずかしいと思っていたが、昼間のオクタヴィアとの戦いを経て意識が少し変化した。あの芸術品には及ばないが、中々の威力であるし、名があるってのも存外悪くない。自分の心の裡で叫ぶには問題ないだろう。
ああ、それにしても楽しい。
命を賭けて強敵と鎬を削る戦いはいつだって心が躍る。そして、高めた己の技量で難敵だった魔獣を蹂躙するのは何にも勝る快感だ。
物心ついたときには防衛局隊員としての型に嵌められ、いつも何かを強要され、競わされ続けた。
そんな俺にとって魔獣との殺し合いだけが、自由で、生きている実感を感じさせてくれる遊びなのだ。夢の中でも俺に遊び場を与えてくれている誰かに感謝を…………いや本当は分かっている、お前なんだろ黒木刀? 理由は知らないが、俺を取り殺そうと現実で取り込んだ血液から魔獣を再現しているのはお前だ。いくら俺がニブちんでも、そこまで察しが悪くはないさ。
けどなぁ、足りないよ。もう魔獣ごときじゃ俺を殺せない。
あんな行動パターンにバリエーションがない連中じゃあ、一回倒してしまえばそれまでだ。いくら強大な力を持っていようが、数を増やしても大きくしても、詰め将棋みたいなもんだ。あとはいかに早く、効率よく倒すかを競う的でしかない。
もっと面白い相手を用意してくれないと…………食べちゃうぞぅ?
ん? あぁそうか、なんだお前、魔法も再現できるのか。あの二人が、今日のメインディッシュってことなんだな。
目の前にはいつの間にか炎と水の魔女がいた。既に火球を、水塊を周囲に浮かべており、準備万端、殺気全開って感じだ。
面白い、夢の中じゃ手加減はいるまい? 今度はホントのなんでもアリで……蹂躙してくれる!
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なんだか……凄く充実した夢を見ていた気がする。
疲れているけど、やり切ったような満足感があり、何故かもう一段階強くなった気がする。今からでも暴れまわりたい気分だけど……今、何時だ?
窓から見る空はまだ暗くて、太陽が昇っていないようだから4時か、5時ってところだろうか……変な時間に目が覚めてしまったな。朝飯まで時間はあるし、黒木刀でも振って時間を潰すとするか。
相変わらず真っ黒な木刀を掴んで自室を出る。
深夜と同じく静かだが、食堂の方からは朝食を用意しているだろう、食事係のヒト達が走り回っている音がわずかに聞こえてきている。いつも美味しい食事をありがとうございます、と心の中で礼を言いながら砦の上に足を進めた。
やはりまだ辺りは暗く、薪には火が灯っている。彼方の山裾には色が着いてきており、もう少し経てば太陽が昇ってくるだろう。
目立たないうちに身体が欲するように黒木刀を振ってみるか。もう、体を動かしたくて辛抱堪らんという感じだ。
それから始めた修練、魔獣を想定した立ち回りは驚くほどスムーズで、木刀の振りは予め決まっているかのように理想をなぞる。まるで身体がお手本を見せてくれるかのように動き、それに意識が追いつく……そんな不思議な感じがずっと続く。
そんな体の中から湧き上がるような衝動が消えた時には、身体と精神の感覚が完全に一致していた。
おそらく今までに会敵した魔獣には負けることはないという妙な確信がある。これならば、これから始まる虹色の枝の探索でより役に立てるだろう、気力は十分だ。
そして、気づけばもう朝日が昇っていた。腹も減ったし朝食にしようじゃないか。
流れる汗をタオルで拭い、黒木刀を腰ベルトに差して、その場を後にしようと踵を返したところで……初めて座る包帯男に気付いた。いや、おそくは上官殿なんだろうが、ずっと俺の修練を見ていたんだろうか?
「よぅ、精が出るな。朝っぱらから元気なこって」
「ええ、お早うございます。あの、昨日は……あれから休めましたか?」
「ンなワケねーだろ……延長戦に延長戦を重ねてよぅ、クラウディアの姐さンに助けて貰わなきゃマジで死ンでたぜ」
「それは、なんというか……お疲れ様です」
「オゥ……オメェも気ぃつけろよ、何せ相手が二人と豪気なンだ。気張るンだな、『エレメンタルキャリバー』さンよ?」
ぐはっ!? ……ど、どこから聞いたんだ、その二つ名。驚きすぎて胃液を吐いちゃったじゃないか!!
「聞いたぜェ、お前さンを巡る魔女二人の大乱闘をよ、ククッ、戦闘バカの朴念仁と思っていたが、二股たァやるじゃねぇか。それも魔女相手によくやるぜ、どうやって誑かしたンだか」
「ひ、人聞きの悪いことを言わないでください、俺はそんな大それたことを出来る器じゃありませんよ!」
「じゃあ、あの二人の乱闘は何だってンだ?」
「どうやら酷い誤解があるようですね……」
あの後、言い争いを続ける二人に割って入り、俺はそんなピンク時空な事はしないとハッキリ断った。俺だって年頃の男なんだから興味がないと言えば嘘になる。しかし、会って間もない女性とそういう関係になれるほど節操なしではない。チキンと罵りたければ罵るがいい。俺はちゃんと気持ちが通じた相手でなければそん事をしたくないのだ。
そしてオクタヴィアさんの気持ちには、今は応えられないという事をハッキリと明言した。だって出会ってから一日しか経っておらず、やったのは試合という名の殺し合いだ。好きになる要素が何処にあるのかどれだけ考えても出てこない。少なくとも俺は恋心らしきものを抱いてはいない。
確かに美人で魅力的なのは間違いないが、それだけでいきなり恋人同士になりましょうなんて無理だ。とりあえず付き合ってみるなんて考えなしの行動は、リスク管理ができない想像力が乏しいガキのやること。俺は大人なのだ!
大体、俺にはすでに気になっている女性がいる。無論、それはクラウディア殿だ。
いや、好きかと言われるとそこまで確信があるわけではないが、出会ってから毎日魅力的な側面ばかり見せつけられては、気にならない方がどうにかしている。
まぁ、偶に変な妄想に俺の名前が出てきていたから、もしかしたら両想いという淡い希望を抱くこともあるが、それはそれ、これはこれ。あれは身近にいる男の名前を適当に見繕っただけで、勘違いによる玉砕なんて目に見えている。何せ、下手くそな護衛を見せたり、トンビの体液をぶっかけたりと幻滅させるようなことしかしていないからな、俺は自身の失敗には詳しいんだ!
とにかく告白して玉砕するにしても自分の気持ちが固まらなければ行動に移せない。そして、この気持ちに整理が着くまでは誰ともそんな関係になるつもりはない。
そんな事を魔女二人を前に滔々と述べた。両想い云々は除いて。
こういうことはハッキリ宣言しておかないと、後で絶対に面倒な事になると俺の直感が警報を鳴らしていた。おそらくは命が3個、4個あっても全く足りない事態になるのは間違いないと、それこそ大魔獣キョジンを前にしたときなんて比べ物にならないくらいの大警報が鳴り立てていたのだ。
俺のそんな話を黙って聞いた魔女二人について……クラウディア殿はちょっと顔を俯かせて頭を掻き、オクタヴィア殿はスンッと無表情になった。
「つまり、この女を殺せば貴方様は私のものという事ですわねっ!?」
「正体を現しよったな、この大化生がッ!!」
そこから先は血みどろの殴り合いとなり、俺とエミリア殿が引き離しても続けようとするので、黒木刀を一撃ずつ見舞って気絶させたというのが顛末だ。また顔を合わせたら再開するかもしれないが、流石に一日経って頭が冷えたと思いたい。
うん、どこにも二股とか誑かすとか、そんな要素はないことは分かって貰えただろうか? あと、その二つ名は忘れてください。
「……そうかァ、スゲェな、お前ェ。ジゴロの才能あるわ、びっくりだ」
「俺の話、聞いていましたか!?」
それから朝飯の時間になるまで、ずっと誤解を解くべく話を続けたが、上官殿には全く取り合って貰えなかった。くそう、隙あればマルローネ殿とのことを聞き出したかったのに、一方的にいじられた。これが経験の差というものか……。




