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エレメンタルキャリバー  作者: 山本
第一章 クロモリ
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2話 元上官


 夕食時、いつもの場所で食事を摂っていると前の席に上司が座った。


 やはり固形物は食べるのが辛いようで俺の皿の上に自分のパンを置く。この人がパンを食べていたのは、奇跡的に人死にが出なかった日ぐらいじゃなかろうか。昨日から更に目の下のクマが深くなっている気がする。


 しばらくスープを啜る音が続いた後、上司は億劫そうに口を開いた。



「……今日、生き残った新人共だが脱隊になるみてェだ。誰かさンが魔獣の囮に使ったせいで仲間が死ンで、PTSDとやらが酷くて立ち直れねェンだと」

「囮とか酷い誤解ですね、不幸な事故ですよ。ぶっ叩いた魔獣がたまたま連中の方へ飛んで行って……囲んで止めを刺している間に襲われるなんてよくある話です。急いで駆けつけるも、すでに時遅し。上官殿も一部始終、見ていたでしょう。悪いのは基本のキも知らずに護衛隊に加わった連中ですよ。あんなんじゃ、遅かれ早かれ同じことになっていたでしょうね」

「まぁな、お前さンは間違ったことは言ってねェよ。だが、それで納得するヤツは護衛隊の上にはいねぇ。知ってっか? 時と場合を無視した正論は暴論と変わりねェンだ! ……まぁた小隊長と部隊長にも小言を頂いたぜ。あー胃が痛え」



 落ち窪んだ目でスープを啜る上司の背は煤けていた。


 上官からの小言とか、ご愁傷様としか言えない。しかし、気にしすぎではなかろうか。俺たちは現場でやれることを精一杯やっている。もっと上手くやれ――全体の生存率向上は部隊長以上が考えることで、分隊長である上官殿の役割じゃない気がする。(しかも俺達の隊は二人だけで形式的には分隊を成していない)


 そもそも森の中では臨機応変な対応が求められる。確実に魔獣から伐採隊も護衛隊も守りきれなんて不可能だとしか思えないが、それを何とかしろというのはパワハラというやつじゃなかろうか?



「命のやり取りをしている極限状況の現場に気を遣えという方が暴論な気がしますがね……そんなに人死にを出したくないならマンパワーに頼るより、もっと装備を良くするなり、人員を増強した方が確実だと思いますが」

「……その人員増強の出鼻を挫かれたってこった。いろンな伝手を辿って外から入れた連中が初日でダメになったとなりゃあ、今後に響く」

「ウチの損耗率なんて周知の事実でしょうに……」

「だから、それを知った上で上手くやれって言わてンの! ……昨日、絡まれた時から嫌な予感はしてたンだ、ハァ」



 俺としては連中に思うところなんてなかった。本当に偶々な出来事で、俺たちの隣に配属されて運が悪かったのだろう。いや、他の場所に配置されてたら全滅してたかもしれないので運が良かったのでは? 孤児院出身組だとPTSDなんて気にされず、そのまま使い潰されるし。


 まぁ、タラレバの話なんて結果が出た今する話ではないが、また変なエピソードが増えて吹聴されると思うと気が重い。


 それにしても、上官殿の様子を見ていると現場の中間管理職は過酷だなぁとしか言えない。この辺の気を遣えないところが、俺が乙(一等兵)から甲(上等兵)に上がれない理由の一つなんだろうけど……。


 またもや胃と頭を手で抑えて呻きだした上司を置いて立ち上がろうとすると、別のところから声が掛かった。



「なんだ、また上官を潰そうとしているのか? 相変わらずだな、貴様は」

「誰だ、って!? いや、その……お久しぶりです。見違えました、お元気そうでなによりです」



 俺に声を掛けてきたのは何代か前の女上司だった。


 あの頃とは違い、小綺麗な制服を着こなして、がりがりだった体は見違えるように標準体型になっている。特に、男か女か判別が難しかった胸と尻が凄く成長していた。また、血色の良くなった顔には薄っすらと化粧をしているようで、えらく美人になっている。どうやったらそこまで、と言いたいほどの変わりようだ。



「そうだろう、そうだろう! 下士官ともなれば食事の量も質も上等、死ぬかもしれないストレスもなくなって良いことずくめよ」


 

 そう言って笑う元上司は性格までも変わってしまった気がする。以前はもっとおどおどとした喋り方だったが、下士官階級に上がって成功を積み重ねたのか自信に満ち溢れている。彼女が言う通り、常に命の危険があった最前線から一歩引いた立場になったのも大きいのだろう。たしか、昇進と共に補給部隊だったかに転属したハズだ。



「何か御用でしょうか? もし自分へのご依頼でしたら今の上官殿を通して頂きたく思いますが」

「ハッ、本当に貴様は変わらんな、上司を盾に好き勝手しおって、私も何度胃に穴が開く思いをしたことか。この疫病神め!」

「えーと、上司を通さず勝手に仕事を請け負わないのは普通のことかと思いますが……」

「できるヤツは、そこをうまくやるのだ! だから貴様は上官殺しとか、狂戦士とか、果ては死神とか呼ばれて乙(一等兵)から上がれぬのだッ、反省しろ!」



 ひどい言われようだ。しかし、今言われたことは現在の上官殿も含め、歴代の上司に言われ続けたことであり、それを今も成しえていないのは俺の落ち度だろう。


 でもなー、戦闘面に全能力を集中しないと死んじゃうし、魔獣殺しばっかりやっていたから他の事に気が回らないというかなんというか……いってしまえば器が小さい男なのだ、俺は。



「それで、本当に何か御用でしょうか?」

「世間話も出来んのか、貴様は……まぁいい。近々、貴様らには護衛隊とは異なる任務が与えられる。貴様のような戦闘バカに通常の護衛任務を与えていたのがそもそもの間違いだと上がようやく気付いたようでな。人事発令を楽しみに待っていろ。今日は貴様らの小隊長に代わり、それを伝えに来たまでだ」

「ええぇッ! オレは何も聞いていませンが!?」



 今まで死んだふりをしていた上官殿が息を吹き返して元上司に食って掛かる。もう少しで俺のお守って任務が明けるタイミングでの新任務だ。そりゃあ、黙ってはいられないだろう。



「諦めろ、コイツの手綱は誰かが握らねばならん。うまくこなせば今の私の地位よりも上になるかもしれんぞ?」

「それって、ぜってー死亡フラグじゃねーか! クソッ、直に文句を言ってやる」



 よほど頭に来たのか、現上司は別部署とはいえ上官に乱暴な口を利いた上に挨拶もせずに走り去ってしまった。


 まぁ、公式の場でもないし、元上司を見ると同情的な表情をしているから、お咎めはなしだと思うけど……うーん、そうか、別任務か。



「なんだ? まだ内示の段階であるから私からは任務の内容は話せんぞ。もしや、新しい任務が不安か?」

「いえ、まあ、いつかこんな日が来ると思っていましたので動揺はしていません。内容は今の上官殿が帰ってきてから聞くことにしますよ」

「なんだ可愛げのない。少しは動揺すると思ったから面倒な伝達役をしたというのに……まぁ、貴様の元気そうな顔が見れてよかったよ」



 異動前は決して言わなさそうなことを言って元上司は去っていった。


 そういえば甲(上等兵)を卒業して、今はどんな名前を名乗っているか聞きそびれたな。色々と聞けることはあって世間話のネタにはなっただろうに、これが俺の駄目なところだろう。はれて新しい任務を務め上げた際には、彼女の新しい職場を訪ねてみるのもいいかもしれない。


 それまで命があればの話ではあるが。


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