27話 逢瀬
あの後は大変だったらしい。
魔女の二人は顔を会わせると必ず諍いを起こすようなので、せめて局長殿への報告が終わるまではと、オクタヴィア殿は別室待機と相成った。
その件を俺達に伝えに来たマルローネ殿はえらくやつれていたが、どうやらオクタヴィア殿に嫌われているらしい俺と上官殿が間に入っても余計に拗れるだけだろう。なので裏切り者を見るような目は勘弁頂きたい。
なお、防衛局長への報告詳細は……まぁ、省いていいだろう。局長殿を不快にさせるだろう俺は出席しなかったし、魔女殿からは全て事前の打ち合わせ通りに進んだと聞いている。
銀色の草花は何の制約もなしに局長殿へ譲渡した。それをどのように扱うかは局長次第だ。そして、黄金の果実については、魔女殿を含めた俺達四人で採取したことをワルプルギス機関に魔法通信した上で、局長殿に預けることとした。いずれこの国の要職者が取りに来るとのこと。
なお、局長殿は黄金の果実についても欲しそうにしていたらしいが、魔女を敵に回すことの恐ろしさ、そして、過ぎた欲は身を滅ぼすことはよくわかっているようで、すんなりと諦めたようだ。この辺のバランス感覚に優れているのは流石だ……というのは失礼か。
魔女殿をはじめとした俺達の気持ちとしては、上官殿に黄金の果実を預けたいところではあるのだが、国家予算並みの価値があるアレは個人の手に余る。ああいったものは、然るべきルートで、然るべき場所に収めることによって、はじめて価値あるものとなるのだ。
例えば、上官殿が個人で黄金の果実をこの国の政府に持って行ったとしても凄まじい軋轢を生むだろう。偽物扱いから始まって窃盗犯だの偽造犯、下手をすれば他国のスパイに貶められ、牢獄行きになるかもしれない。そんな状況は誰も求めてはいない。
功労者の特権として、この国の政府の幹部候補生になることをねじ込み、そこで頭角を顕した後に防衛局へ舞い戻る……それが魔女殿の案だ。おそらくそれが防衛局を変えていく一番の近道で、その案が最適であると上官殿は納得し、受け入れた。
この任務が無事に終われば、上官殿には政府重鎮の候補生としての道が待っているというわけだ。
――そう、全てはこの凄まじく達成が困難な任務が無事に終わればの話で、このあたり、実に鞭と飴の使い方が上手いなと感心する。
---
その夜。
徹夜したり、昼に仮眠を取ったりと、躰のバランスが崩れた俺は寝付けずにいた。
眠れないならと夜風に当たるために砦の外壁上を歩く。
相変わらず煌々と燃える薪が、今も補修中の外壁を照らしいている。いつかのカズラ襲撃の夜を思い出してしまうが、あの時と違うのは、外壁がところどころ補修中なのと、月の形だろう。
今は三日月のアレが、満月になるまでに虹色の枝を手に入れろとか、考えるだけで胃が重くなる。魔女殿には勝算がありそうだが、俺達の肩に魔女の魔人化と、数千、数万の命が掛かっていることを自覚すると凄まじい重圧だ。クラウディア殿は自身も魔人化のリスクを抱えながら、こんな重圧も背負っている事を想像すると、クロモリでの馬鹿発言は失言だったと反省することしきりだ。
なんか最近、あのヒトの事ばかり考えているなぁ、とか思いながら歩いていると……いつかと同じ場所でクラウディア殿が月を見上げているのを見つけた。
相変わらず黙っていれば美人さんなのになぁと見惚れていたら、あちらも俺を見つけたようだ。ちょいちょいと手招きする彼女に誘われて隣に座った。
「なんだ、また眠れないのか?」
「えぇまぁ……クラウディア殿も?」
それからしばし言葉はなかった。しかし言葉を交わさなくても以前のような居心地の悪さは感じない。いつの間にこんな自然と一緒にいるのが当たり前みたいな事になったのか。ずっと防衛局では腫物扱いだった期間が長かったから、自分でも驚いている。ただ、このまま何も話さないというのは芸がない。慣れないながらも世間話くらいは出来る男にならねばと思い、話を振ってみる。
「今日もマルローネ殿とは別行動なんですね」
「あぁ、マリーは今、コウに夜這いを仕掛けているところだ。一人で寂しく寝ているのが阿保らしくなってな、夜風に当たりたくなって出てきた」
……………………はて? なんだかすごく不思議で聞きなれない単語を聞いた気がする。宇宙語だろうか?
「YOBAI、ですか?」
「そう、夜這いだ。この国に伝わる伝統文化のアレだよ。もう辛抱堪らんとか言っていたな、あの淫獣め」
よ、夜這いぃイ? それは俺の脳から50光年くらい離れた決して届かない桃色銀河にある言葉、翻訳が絶対に必要だ。それに近い言葉を当てはめると…………ごふッ!?
「あ、あの二人は今、夜の運動会を絶賛開催中ってことですかッ!? 先生、せんせぇっー!?」
「誰が先生だ、あとうるさいから静かにしろ……運動会になればよいがな、相手はあのヴィンテージ級ムッツリのマリーだぞ? 一方的に捕食されておるだろうよ、コウは明日を無事に迎えられればよいがな」
知らなくてもいい事実が、こんなところで詳らかにされるなんて……マルローネ殿が、あの清楚な佇まいの裏に野獣の素顔を隠しているなんて誰が想像できただろうか? 世界は驚きに満ちている!
「……というか、なんでそんなに貴女は落ち着いていられるので? 大事な騎士でしょうに」
「私が何人の寿退職を見送ってきたと思っているのだ? アレは随分と遅かったが、適齢期内に相手を見つけられて逆にホッとしているよ。コウであればマリーを託すのに問題あるまい。無事にこの任務を終えたら祝辞を考えてやらないとな」
あぁ、そうか……忘れていたが、このヒトは虹色の枝の効力で不老状態を保っているんだった。何年何十年、その状態なのかはわからないが、きっと多くの騎士を送り出してきたのだろう。
しかし、いつの間に上官殿とマルローネ殿はそんな状況になっていたのか。距離感は大分近いと思っていたが、それは仕事仲間としての間柄と思い込んでいて恋愛関係とは全く考えていなかった。大体、出会ってから一か月も経ってないのに、そんな関係になれるものなのか?
「ちなみにマルローネ殿には……上官殿の何がそんなに刺さったんでしょう?」
「そうさな……マリーの捕食メーターは、コウのあの3連撃でオーバーフローしたのは間違いない。その苦労性でありながらも真面目に任務に向き合う姿勢で90%、クロモリでの均整の取れた裸体見せつけで120%、あの自らのカルマを曝け出した告白で200%といったところか。それであやつの乙女回路と母性本能は完全に焼かれたのだろうよ。私とてあの告白には少しクラっと来たからな、元より染められていたマリーにはひとたまりもあるまい」
ヤバイ、言葉が半分も理解できない。自分から話を振っておいてなんだが、まさしく藪を突いたら大蛇が出てきた気分だ。
うぅん…………ヨシ、もうまとめて、お二人さんおめでとう! でいいだろう。
この任務、意地でも無事に終わらせないと馬に蹴られて地獄に落ちそうだ。なんかプレッシャーばかりで気落ちしていたけど、こういう目標があるのなら難易度が高まった任務にもやる気が出るというものだ。
よーしよし、一時は涅槃に逝きかけたが無事戻ってこれた。自身の自己修復能力に感謝だな。
そんな自画自賛をしていると、なにやら言いたそうに魔女殿がチラチラと俺の顔を見ている。はいはい、とんだ話題を振ってしまいましたからね、なんでも聞きますよ!
「えぇっとだな、その……昼間のオクタヴィアの件なのだが、アレがお主らにきつく当たった理由を話しておこうと思ってだな、その、聞きたくなければ聞かなくてもいいが……」
「あぁ、いえ、あのヒトとも協力して虹色の枝を確保しないといけないんですから、わだかまりを解くに越したことはないです。その切っ掛けになるのなら聞かせて頂ければと思います」
「そうか……しかし、これから話すことは私のというか、魔女すべての恥にもなる故、漏らすでないぞ?」
それはまた、魔女の秘密にかかわる事だろうか? 頷いてしまったからには聞くしかないが、とんだ夜の散歩になってしまったものだ。
「魔女はな、魔法を使うときに結構な痛みを伴うのだ。どのような痛さかと言えばそうさな……腸閉塞くらいと言えばよいか?」
「え゛……それって、ヒトの病気の中で、心筋梗塞、尿管結石に次いで3番目か、4番目に痛いって講義で聞いたことがあるんですが」
「うん、そうだな。正直、声を上げたくなるほどの凄まじい痛みだ。なにせ身体の内側が侵食されるのだからアレを魔力に替える器官はいわば癌と同じだよ、それが魔法を使うと高速で進むのだ。腸閉塞くらいの痛みだけで済んでいるだけマシかもしれん」
なんだよそれ……魔女殿は、ずっとその地獄みたいな痛みに耐えて、魔法を行使していたっていうのか。砦に集る魔獣を殲滅した時も、クロモリで大型魔獣を倒した時も…………黒木刀に向かって超絶爆裂魔法を放った時も?
さ、最後のは置いといて、魔法にそんな制約があるなんて想像もできなかった。
だが、そうか……銀色の草花を求めて小川から移動する際、ずっと辛そうな表情をしていたのはこのためか! いや、そんな痛みを堪えて歩くとか、どんな超人なんだ。帰り道、ずっと俺におぶさっていたのも痛みで歩けないから、そして、ずっと話しかけていたのも痛みを紛らわすためか……ぅわ、そんな魔女殿にぞんざいな返事をしていたのか!? 自己嫌悪で首をくくりたくなるな……。
「そう気に病むでない。私のようなエレメントともなれば痛みには慣れているからな、侵食を押さえて痛みを緩和する薬もある。お主もよく知っておるこれよ」
そういって魔女殿が懐から取り出したのは、小さくも銀色に輝く枝葉だった。それって、局長に渡した銀色の草花の一部だよな。え、いいのかそれ、マイクログラムでも効果があるって前に聞いたけど、魔女殿が持っているそれは10グラムくらいあるんだが……それだけですんごい価値があるのでは?
「ふふん、採取した者の特権よ。コイツがあれば撃ち放題とは言わんが、ある程度は融通が利く。逆にこれが無ければ、オクタヴィアの増援があっても任務達成は難しかったであろうな。此度の遠征は、局長殿の協力を確固たるものとすること、そして、自由に魔法を使うために必要なステップでもあったのだ。ほら、私を褒め称えるがよい、遠慮はいらんぞ?」
「はー……なにもかもが計算ずくというわけですか、いや、おみそれしました。惚れてしまいそうですよ」
「んがっ、この…………平然と口にしよってからに、この女誑しめ……と、とにかくだ、話はずれてしまったがオクタヴィアがお主らを軽視する理由、想像がつくだろう?」
彼女が身内以外に厳しいのは魔女の痛みを共有できていないから、か。
理由を聞いてしまえば至極まっとうというか……納得できる話だ。俺が腸閉塞の痛みを抱えたまま魔獣と戦えと言われたら、一分以内にギブアップする自信がある。昼間は正直、美人だけれども頭のネジが外れているヒト、という印象だったがリスペクトすべきだろうな。
「あー、あー、あやつにそういうのはいらん。明日は存分に叩きのめして目を覚まさせてやるがよい。愚か者は痛みで躾けてやるのが一番よ。ちなみに●●●は許さんからな。モノの弾みで言ってしまったが、お主とオクタヴィアとのアレを想像するとハラワタが煮えくり返るわ!」
「だったら、言わなければいいのに……その考えなしなところは、治した方がいいと思いますよ。というか、明日、オクタヴィア殿と戦うのは決定なんですか……そうですか」
正直、魔法を打ち消す黒木刀があれば勝ち筋はあるだろう。しかし、俺はあの人の手の内を知らないワケで、遠慮なく灰にしてやるとか言っていたから……憂鬱だ。
そんな俺とは対照的に、魔女殿は随分とすっきりした表情だ。ずっと誰かに話したかったであろう魔女の痛みを話せて、満足した様子で立ち上がる。
「さて、思わず話し込んでしまったが、もういい時間だ。約束していたクロモリについての話はまた今度だな……聞かずとも、虹色の枝がある場所で嫌でも知ることになるだろうが、な」