26話 二人の魔女
なんとなく思った。目の前にいるヒトとクラウディア殿は、水と油なんだと。
どちらも外見年齢は同じくらいで、可愛いというよりは美しいといった方向であるが……例えば、クラウディア殿を実直で芯があってしかしその深部には蜜のような甘さもある赤い椿だとしたら、目の前の人物はどこか蠱惑的で華美ならがも鋭利な棘を持つ青いバラと評せばいいだろうか? 人生経験が少ない俺にはこれが精一杯の表現だ。
いずれにしても美しい花に例えられるような二人だが、その間には何か相容れないような、宿命のライバルっぽい雰囲気がある。おそらくは彼女も魔女なんだろうなと思って見ていると、つかつかと歩いてきて俺を突き飛ばし、クラウディア殿の前に立った。
「久しぶりですね、クラウディアさん。随分と汚れて無様なこと。我々魔女は常に優雅で可憐でなくては……エレメントの名が泣きますわよ?」
「フン、随分なご挨拶じゃないか。相変わらず礼儀がなっていないなオクタヴィア。なぜ貴様が此処にいる?」
「なぜ? 何故ですって? 魔女ともあろう者が、少し考えれば分かりそうなものを安易に聞くものではありませんわ」
「ドジを踏んでついに追い出されたとか? いつかはそうなると思っていたんだ……お前は馬鹿だからな」
「ば、馬鹿の考えなしは貴女でしょう!? 誤解も甚だしいですわ! これだから極東の田舎者はどこまでも野蛮で意地汚くて見る目もなくて、」
「黙れ、鼻血女。私の従僕に手を出しよってからに、次はその煩い口から反吐を吐かせてやるぞっ、さぞかし汚い噴水になるだろうな!」
「ぶっ殺しますわよ!?」
訂正、何が美しい花だ。どっちも食虫植物じゃねーか。
黙っていれば綺麗な顔をしているのに、犬歯を剝き出しにして手四つの状態で握力を比べ合う姿は、魔女と言うより格闘家……発情期の猫だな。オクタヴィア?殿はともかく、クラウディア殿は徹夜明けだというのによくやる。あんな余裕があるんなら背負ってなんてやらなくてもよかったな……。
「さて、あの二人は放っておいて、自室に帰っていいでしょうか? 本気で疲れているので」
「右に同じくだ、とても付き合ってらンねェ……集合はいつもの応接室に今日の15時でいいか?」
「その気持ちはとても分かるんだけど、少し待って。普段、揃う事のないエレメント階位の魔女がこの場に二人いるという事は、それが必要な事態があるという事よ。エミリア、呑気に見ていないで引き離す手伝いをなさい!」
よく見ると、最初に会った時にマルローネ殿が着用していたのと同じ甲冑姿の女性が、呑気に魔女達の力比べを観戦していた。
もしかして、いつもの事なんだろうか? 目指そうと思っていた次の職場だけど、やっぱ止めておこうかなぁ……しかし、おー……さすが世話役だ、慣れてる。
俺と上官殿が見ている前で、魔女二人はお付の騎士に引きはがされ、並んでお説教を受けている。
国防力に影響を与える偉いさんが二人揃ってなんの茶番なのか……俺の中で魔女へ対する尊敬度がずんどこ下がっていっているぞぅ。
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眠気を我慢しながらも応接室に移動し、初対面の彼女たちへまずは俺達が自己紹介した後、次は彼女たちの自己紹介を受けていた。
「先ほどはお見苦しい姿を見せてしまい失礼しました。改めまして魔女オクタヴィアですわ、クラウディアさんと同じくエレメント階位でして、尊敬して頂いて構いませんわよ? ですが、握手はご遠慮くださいませ」
「魔女の騎士、エミリアです……短い間とは思いますがよろしく。あの、うちのヒトが本当にすみません」
尊大な魔女殿に対してお付きの人は苦労していそうな感じが伝わってくる。上官殿が隣で激しく頷いており、目が潤んでいるように見えるのは気のせいだろうか?
それはさておき、早く要件を教えてもらいたい。長くなると夕方に設定した局長殿への報告を休憩なしで行わなければなくなる。疲れすぎて偏頭痛がしている今、更なる長話は勘弁して貰いたいのだ。
「そうですわね。皆様疲れているようですので、詳細は後日として簡単に状況と指令だけをお伝えしましょう。他の魔獣生息区域で虹色の枝を探索していた魔女達が敗走しました。よほど無理をしたのか、その幾人かは魔人化の兆しがありますわ。魔女クラウディアは、私、オクタヴィアと協力して次の満月までに虹色の枝を手に入れること。これは月の巫女様からの至上命令です」
――眠気が偏頭痛と共に吹っ飛んだ。
聞きなれない単語もあったが、複数人の魔人化傾向に……次の満月までに虹色の枝を手に入れろって、二か月以上の前倒しじゃないか! しかも、次の満月までって魔獣が活性化していくタイミングでクロモリを踏破しろってことだよな? 今回の新月近くの遠征でも厳しかったのに……。
しかし、驚く上官殿たちや俺とは違い、クラウディア殿は表情を険しくした程度だ。もしかして……予想していたのか?
「だからこそのエレメント増援か……本部詰めの貴様まで引っ張り出すとは、どうやらのっぴきならない状況らしいな」
「此度はいずれの魔獣生息区域でも想定外が多かったようで……このような事態になるとは巫女様でも予見できなかったそうですわ」
「皆、あれに頼り過ぎなのだ。それにもっと実戦をこなさなければな、威張るだけでは絵に描いた餅になるのも当然だ」
「そのような偉そうなことを言う割には、先ほどは随分とくたびれた様子でしたわね。エレメント随一の炎使いと謳われた貴女が、上手くいってなさそうではありませんか」
「フン、恰好なんぞどうでもいい。一回の遠征で私たちは銀色の草花と、黄金の果実まで手に入れたのだぞ。マリー、見せてやれ」
クラウディア殿がそういうと、マルローネ殿が梱包されたそれを取り出し、素早く梱包を剝いて見せる。そこには俺達が苦労して採取した二つの収穫物が確かに在った。
「これは、なんと…………驚きましたわ。黄金の果実なんて資料でしか見た事もありませんのに」
「確かに聞いていたより苦労はさせられた。私一人の力では無理だったな、此処にいる誰か一人でも欠けては成し得なかった成果だ」
強大な力を持つ魔女殿にそう言ってもらえると報われた気分になる。本当に魔女殿の言われた通り、一人でも脱落していたら、持ち帰ることはできなかっただろう。しかし、その場にいなかったオクタヴィア殿は俺達の実力に疑問があるようだ。
「マルローネさんはともかく、後ろの二人は役に立ったので?」
「自己紹介を聞いていなかったのか? こ奴らは防衛局でも腕利きだぞ。我らの私兵隊に後れを取るどころか、全てを凌駕しているといってもいいだろう」
「信じられませんわ。このような、むさ苦しい何処の骨ともわからぬ男ごときが魔女の役に立ったなど」
「その身内以外を馬鹿にするクセはいつまで経っても直らんな、先ほどもぞんざいな扱いをしていたし……特にルートにかかれば、貴様なんぞ2秒であの世行きだ」
うげっ、何か風向きが変な方向にと思っていたら、矛先が俺に向いたぞ? まさか魔女相手に本気で戦えというんじゃないだろうな……。
「はっ、魔女たるこの私が、雑魚っぽくて、才気も感じない男に後れを取ると?」
「あぁん? こ奴は私が認めた男だぞ、貴様なんぞに負けるわけがなかろう! おい、ルート・トワイス、勝ったらこの女を●●●していいぞ、私が許す」
「まぁ、なんてお下劣な! ですがそこまで言うなら上等です、一撃で灰にして差し上げますわっ!! 万が一、私に勝てたのなら、●●●して頂いて構いませんわ、なんなら▼×■でも、●▲■でも自由になさいませ、受けて立ちますわ!!」
「貴様ッ、勝負にかこつけて己が欲情を満たそうとするでないっ、アレは私のだ!」
「貴女が言い出したことでしょう!」
目の前で繰り広げられている言い合いは罵り合いとなり、遂には掴みあっての殴り合いにまで発展した。
お付きの騎士たちが必死に止めている横で、俺と上官殿は気づかれないようフェードアウト、ひどく醒めた気分で応接室を後にした。
「じゃあ、15時前にまた此処へ集合でいいですか?」
「そうだなァ、そンころには姐さン達も頭が冷えてるだろ。早く仮眠を取らねェと時間がなくなっちまうぜ」
まぁあれだ……こういったスルースキルも防衛局で生き残るためには必須なのである。




