25話 帰途
「えっとだな……そろそろ怒りを収めて欲しいのだが」
「別に怒っちゃいませんよ……呆れているだけです」
「ぅぐっ……仕方ないだろう! アギトはちまちまと襲ってくるわ、カズラのふしだらな触手うねうねで気持ち悪くさせられるわ、トンビにはぶっかけられるわで我慢の限界だったのだっ、私は悪くない!」
「それで我を忘れて自分の魔法で吹っ飛ばされるとか……これ、二回目ですよ? しかも、俺も巻き込んで」
「よかったではないか、空を飛ぶ経験なぞ滅多にできることではないぞっ」
「アナタ、全然反省してないでしょ……」
「……ぅう」
現在は銀色の草花を採取した帰途の途中、クロモリの裾まであと少しといったところだ。
徹夜明けで大魔獣と大立ち回りを演じた後に、魔獣を警戒しながらのクロモリ踏破。さらには国家予算並みに価値のある銀色の草花と黄金の果実を無事に持って帰らなければならないという重圧。それらのプレッシャーは俺達から根こそぎ体力を奪った。
今は気力だけで歩いている状態で、森を抜けたら気絶する予感がある。そんな状態にも関わらず、何故かすごく絡んでくる魔女殿には返答がぞんざいになっても仕方ないと思う。
因みになんでこんなに距離が近いのかというと、あの自爆で魔女殿が気を失って以来、俺が背負っているからだ。
キョジンと大暴れした場所で休憩する訳にもいかず、目を覚ますまではと背負って歩くことにした。上官殿とマルローネ殿には、共通の荷物と今回の遠征の成果である銀色の草花と黄金の果実を持ってもらって手一杯になったので必然的にこうなった。
無論、魔獣に襲われた時の事を考えて紐で括りつけて固定する事にしたのだが、今までヒトと密着したことがない俺としてはどうにも落ち着かない。
こういうのは同性の方が良いだろうと、マルローネ殿との配役交代を申し出たが「クラウディア様が目覚めたとき、貴方に背負われていた方が幸せですから」と訳の分からない論理で押し通された。
……アレか、そんなに男の身体が物珍しく、好奇心を刺激されるのだろうか? 俺としては水浴びの時の視線を思い出すと怖気が走るんだが。
そんな感じで、小川のある場所まで歩み進めたところで魔女殿が目を覚まし、耳元で奇声を上げる彼女を降ろそうとしたら、腕と足とで全力でしがみつかれた。
なんでじゃい……という突っ込みは、全力の爆裂魔法で力を使い果たしたとか、歩きすぎて足が攣ったとか、捲し立てられて黙る事になった。
まぁ、行き道は共通の荷物を一人で背負っていたし、途中からはずっと魔法を起動し続けていたから疲労はかなりのものだと思われる。ダミン以上の大型魔獣は全て魔女殿が処理したし、最後の大魔獣に止めを刺したのも彼女だ。最後の自爆を差し引いても一番の功労者に間違いなく、仕方なくそのまま背負う事にした……のが間違いだったのだろう。
俺の身体をペトペト触るのは勘弁して欲しい、絶対にセクハラだと苦言を呈したら、止める代わりに兎に角話しかけてくることに移行した。
眠気覚ましにはいいのだが……正直うっとおしい。そんな事を言ったら周りに浮いている水塊が襲ってきそうだから絶対に口にはしないが。あと、汗臭いのと重いのも言ったら戦争になるから黙っていよう。
上官殿とマルローネ殿には何回も視線で助けを求めるも、ずっと無視され続けており、心が痛い。
「なんだよ、私って結構偉いんだからな! この国で『四精霊使い(エレメント)』の階位は私だけなのだから、もっと大事にされて然るべきだ」
「はぁ、えぇっと、ワルプルギス機関でしたっけ。もしやそのトップにおられるので?」
「いいや、この国の代表魔女は別に居るよ。あとワルプルギス機関はこの国だけの組織ではなく、全体的なものだ。その中でもエレメントは一握りしかいないんだぞ、敬え!」
「そんな偉いヒトが、なんであんな馬鹿な真似をするんですかねぇ……最近思うんですが、頭がいいのと偉いのと、アホとバカは両立するんじゃないかと」
「あぁん? なんだそれは、お主は私を馬鹿だというのか!?」
「………………有体に申しますと、えぇ、まぁ」
「ぐがっ……さ、流石にそれは不敬だろう? 私の事を恰好いいとか、美しいとか、か、可愛いとか思うことはないのか!?」
「そりゃあ、魔法を使って魔獣と戦う姿はカッコいいとか綺麗だなぁとか思うことはありますが、可愛いとは…………あの、どうせ話すんだったらクロモリの事について詳しく、おげぇっ!?」
突如として両脇に激痛が走り、見ると左右から脚が伸びていた。上官殿とマルローネ殿の足刀蹴りのようだが……何故に?
「これだから真正のバカは始末に負えねェ」
「馬鹿な事しか言えないのなら、せめて黙って歩きなさい。クラウディア様、お触り自由とのことですよ、堪能して英気を養ってください」
「お、おぉ? そうか、では遠慮なく」
なんだ、なにが起こっているんだ? 訳が分からない……。
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そんな感じで魔女殿にセクハラを受けながら歩くこと暫く、ようやくクロモリを抜けた。
久しく見る開放的な視界はそれだけで感動を呼ぶ。正直、涙が出るほどだ。
これでようやく気が抜けるし、背中の重すぎる荷物も降ろせる。更には国家予算に匹敵する重要物の運搬という重責からも解放されるとあって、解放感が半端ない。
最早、俺には居場所がない防衛局ではあるが、人工物である砦の外壁がこれほど頼もしく思えたことはなかった。
流石に背負われたままだと恰好が付かないと自覚しているのか、魔女殿がストっと背中から離れたのも凄くありがたい。接触した箇所の汗が乾かず、べとべとしてキツかったのだ。よくもあの状態で我慢ができたものだと思う。そんなに足が痛かったのだろうか?
まぁ、そんなことはどうでもいい。早く帰還報告をして、シャワー浴び、そのあとはとにかく爆睡だ。銀色の草花の譲渡と黄金の果実をどうするかは、その後でいいだろう。この状態で局長が自分の都合を優先するなら撲殺してしまう自信がある。
そんな暗い笑みを浮かべながらも、見張りをしていた防衛隊員に手を振って開門するようお願いする。
しばらくして門が開き、これで本当に気が抜けると溜息を吐こうとしたら、門の先に仁王立ちしている人影が見えた。その仁王立ちの女性はクラウディア殿と同じ高級そうなローブを纏い、厳しい視線を俺達に向けている。
……どうやらもう一波乱ありそうで、俺は溜息を引っ込めた。早く終わるといいなぁ。