24話 収穫
大魔獣の出現にあっけに取られていた魔女殿だが、すぐに我に返って指示を出してくれた。
「ルート、お主は陽動と時間稼ぎだ、彼奴を引っ掻き回せッ、後ろから私の魔法が行くから上手く避けよ! マリーとコウは銀色の草花を確保しろ、ヤツに気付かれないよう立ち回れッ、よいな!」
返事はキョジンの腕を振り上げる動作にかき消された。直径5mもあれば、そりゃあ風切り音も凄いわ……って、見惚れている場合じゃない!
手の平にも口が付いているのを悍ましく感じながら、疾く走る。
数秒後に轟いた破壊音と大震動に、キンタマが縮み上がった。大質量ゆえに初動は遅いが、スピードが乗った一撃は今まで受けた攻撃の比ではない。かすっただけでもミンチになるだろう。
これ相手に時間を稼げとは魔女殿も無茶を言ってくれる……だが、こんなシチュエーションにこそ燃えるんだよな、俺は戦闘バカだから!
地面に突き立った腕が引き上げられる前に、走り寄って黒木刀を叩きつける。伝わってくる感触は岩か巨木かと思ったが、意外に弾力がある。どれだけ大きくなろうとも生物に変わりなく……じゃあ、攻めようは幾らでもある。
反撃を受けるとは思っていなかったのか、一時停止したキョジンの腕関節に渾身の斬り上げを見舞うと、結構な深さで抉れて黄色い体液が噴出した。
二度目の攻撃を受けて悲痛な叫びをあげるキョジンの視線は俺に釘付けだ。これなら上手く陽動できるだろう。
銀色の草花からキョジンを引き離すべく森の方へ走ると、態勢を変えて重い身体を引きずるように俺を追ってくる。
一歩毎に響く足音は、地響きと何ら変わらない。徐々に視界を埋めていく体躯はまさしく山津波だ。しかも、その巨体の中心である腹部には大きく開いた口があり、両方の手の平にも口が開いて俺を喰らおうと迫ってくるのだ。
常人であれば気が狂っていても仕方がないだろうこの状況で、しかし、俺の頭はコイツをどうやって倒すかフル回転していた。
急所は分からない。今はヒト型だが、元が深海魚を模した魔獣で、内臓の位置は見かけ通りではないだろう。さっきみたいに分かりやすく脆い場所を攻めて出血多量による衰弱を狙うべきか? いや、あの大質量攻撃を避け続けるのは現実的ではない。新種だけにどんな攻撃をしてくるか分かったものではないし、銀色の草花を取り込み続けた体がどんな生命力になっているのか予想できない。やれることは……とにかく思いついた箇所を全力でぶった切る!
正直、俺の頭はポンコツだ。全力で考えてもこんな答えしか出てこない。
今度は脚を上げて踏みつぶそうとしてくるキョジンの股を潜り抜け、振り向いて残った脚の膝裏を断ち切る。
その巨体で片足で立ち上がるのはキツかろう? あと、ヒトの姿を模した以上、背中は死角となるはず。態勢を整える前に切り刻んでやる!
とりあえずは背骨だ。その中に通っているだろう神経を断ち切れば、そこより下は単なる重石になる。
膝裏を斬られたせいか、バランスを崩して尻もちを突くキョジン。そこから伝わってくる振動を跳んで避けながら、横一文字に黒木刀を奔らせる。
だが、流石にその大質量の肉に阻まれて背骨に届かない。あと、鱗らしき表皮に結構な防刃効果があって関節以外は切り裂くのが難しそうだ。
ならば突くか? 一点集中ならば、鱗も肉も貫き通せるだろう。
地面に降り立った俺は、次の一撃を繰り出すべく膝を曲げて跳躍しようとした……が、キョジンの上半身がぐるりんと180°回転したことで、その動きを止められた。
え、えぇー……そんなんアリか?
俺に何度も斬られた所為か、魔獣はおかんむりだ。咆哮しながらその両腕を天に向けて振り上げる。そこから繰り出された二連撃は、破城槌の一撃を遥かに超えていたと思う。
慌てて飛び退った場所への一撃は土砂を巻き上げ、バチバチと体に当たって着地の態勢を崩された。次の一撃は連続後転でかろうじて避けるも、やはり巻き上がった土砂によって転ばされた。
土埃が晴れた時にはすでに両の腕が振り上げられており、その拳が届く前に本体に特攻をかけようと覚悟を決めたところで――見覚えのある水の一閃が頭の上を通り過ぎた。
魔女殿の水魔法だ。
その威力はすさまじく、魔獣の腰辺りを横一文字に薙いだそれは、文字通り胴体を上下に切り裂いた。
下半身はそのままに、ずれ落ちた上半身が俺を押し潰そうと迫って来たのは本気で焦った。走り出すには不十分な態勢だったので、後転と側転を駆使して何とか範囲外に跳びぬけた。
轟音と共に舞い上がった土煙が収まった後、流石に文句を言おうとして魔女殿に厳しい視線を向けると、俺とは少し離れた場所をちょいちょいと指差している。
なんだと思ってそちらの方を見ると、そこには黄金の果実が。
キョジンは動き出す様子はないし、刈り取るのは今がチャンスだろう。歩み寄って黒木刀を一閃すると、落ちてきた果実を掌で受け止める。
恐れ多くてあまり持っていたくなかったので、素早く袋に入れて魔女殿に投げ渡した。
「よくやった、見事な陽動だったぞ。お主が引き付けてくれたせいで、あやつらも問題なく回収できたようだ。それはそうと早く此方にこい。私の魔法で止めを刺す」
……魔女殿に掛かったら新種の大魔獣も只の的か。必死に倒すことに頭を巡らせた俺が道化のように思えてくる。まぁ、楽に魔獣を倒せるならそれに越したことはないか。
体を上下真っ二つにされてもモゾモゾと動き出した大魔獣キョジンの生命力に驚きつつも、魔女殿の隣に歩み寄る。その反対側には満面の笑みを浮かべて銀色の草花を手にした上官殿とマルローネ殿がいる。
最後の最後には驚かされたが、とりあえず今回の遠征は大成功と言って良いだろう。
「さぁて、仕上げといこうぞ。此度は随分と苦労させられたからな、景気づけに私の最大出力で葬ってくれるわ!」
は? いや、ちょっと待って、こんな至近距離であの大爆発を!? あっ、上官殿とマルローネ殿、その塹壕はなんだよッ? 俺も入れて、
「け・し・と・べぇッ!!!」
移動する暇もなく、魔女殿から放たれた黄金の火箭は大魔獣を一瞬にして蒸発させ、クロモリの木々を焼き払いながら数百メートルほど直進した後、大爆発を引き起こした。
またもキノコ雲を発生させたそれは爆風も凄まじく、棒立ちだった俺と魔女殿を空に舞い上げた。
やっぱこのヒト真正のアホだ……俺に匹敵するかそれ以上の。
そんな事を思いつつも、朝焼けに照らされて茜色に染まった魔女殿の身体を抱きとめて、絶対に衝撃を与えないよう地面に着地する。
そして、爆風の衝撃で目を回している魔女殿の懐から袋を抜き出し、黄金の果実に傷がないことを確かめてホッとした。こんなバカな事でコイツに傷でもついていたら上官殿に絞め殺されていただろうからな……。
塹壕から出てきて手を振る上官殿とマルローネ殿に手を振り返し、魔女殿を背負いなおすと、防衛局に向かって歩きだした。