23話 銀色の草花(下)
それからの道のりは中々に……いや、凄く大変だった。
魔獣との遭遇率は想定以上で、好戦的なアイツらと遭遇したらまず戦闘になる。
そして、歩くことが楽な平地は大型魔獣にとっても過ごし易いのか、カズラが陣取っていたり、トンビが何処からともなく近づいて来たり、ダミンが待ち伏せしてたりする。かといって丘や草むらを行けば木々に隠れてアギトが襲ってくるわ、ゲキドがすべてを無視して突っ込んでくるわで気が抜けない。
結果として、出来るだけ平地を進み、倒すと他の魔獣を引き寄せるカズラだけは迂回して、他の大型魔獣は魔女殿の魔法で打ち倒すという方針に落ち着いた。
それにあたって布陣は俺を先頭に少し下がって魔女殿、その両脇を上官殿とマルローネ殿が固める形となっている。
なお、魔法を常時起動し続ける事になったため、魔女殿が背負っていた共通の荷物は上官殿とマルローネ殿が分担して背負っている。
魔女殿は、触媒がある分負担が少なく、夜でも目立ちにくい水魔法――水塊を自身の周囲に浮かべており、疲労が激しいのか辛そうな表情をしていた。
今が新月近くでよかったと思う。これで魔獣の活動期である満月に探索していれば、魔獣の群れに飲み込まれていたに違いない。そういった意味で、今回の探索は実に有意義だったと言える。
本格的にクロモリを探索する上で必要なことを洗い出せたし、各々の弱点や強みとそれを踏まえた連携のやり方を確認できた。魔女殿の頭の中では、クロモリ深部の探索計画がより具体的に組み上がっているのではなかろうか。
さて、小川のある場所から歩き続けること約4km、時刻は……周囲が明るくなりつつあるから、太陽が昇る10分前といったところだろうか? 休憩は適度に入れて貰っていたが、徹夜はいつだってキツイ。
辿り着いた場所は緩やかな丘になっており、その中心部には銀色の草花がひっそりと咲いていた。
――そして、なんとその後方にある小高い山の樹木には、差し込んできた朝日に照らされて、黄金の果実が燦然と輝いていた。
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「これは……驚いたな、まさか同じ場所にあるとは」
「クラウディア様の魔法では、検知できなかったのですか?」
「ああ、二兎追うものは一兎も得ずというからな、周波数を銀色の草花にのみ絞っていた……というより、黄金の果実なんて見たことがなかったから、周波数を合わせられなかったというのが正しいな」
「ある意味、虹色の枝よりも貴重なワケですか……」
魔女殿とマルローネ殿が話している横で、俺と上官殿は硬直して動けずにいた。
目的がそれだったとは言え、自分たちで銀色の草花を見つけたというのがどうにも浮世離れしており、現実感がない。
ましてや黄金の果実なんて生まれてこの方、見たことがなく……上が作り出した幻想だと思っていたモノが目の前にあるのだ。正直、夢の中にいるのではないかと思ってしまう。
「上官殿、俺の頬を抓ってくれませんか……これって本当に、現実なんですかね?」
「…………」
「上官殿?」
問い掛けに無反応だった上官殿を不審に思って振り向くと、上官殿が魔女殿に土下座していた。
そんな突然の状況に狼狽える俺達をよそに、上官殿が口を開く。そこから紡がれた告解と懇願は上官殿の魂からの叫びだった。
「お願いですクラウディア様、オレにあの黄金の果実を! アレがあればオレは上に行ける、防衛局を変えられる立場になれる。アンタと共に行くって話にはスゲェ惹かれたよ、ケドよ、アイツらが……死んでったアイツらが、離してくれねェンだ! 毎年毎年防衛局で何百人が死んでると思う? 生き残っても次の年には全滅なんてザラだ、オレの同期なンて誰一人生き残っちゃいねェ。そンな死ンでったヤツらがよ、え? こっちに来いって毎晩毎晩オレを呼ぶンだ…………アイツらを振り払うにゃあ生き残る仕組みを、仲間がゴミみてェに死ンでく防衛局を変えねェと、そ、そこから……オレの本当の人生が始まるンだ! だから……お願いだよ、姐さん」
言葉はない、俺達は完全に圧倒されていた。
上官殿がこんなにも仲間想いで、真剣に仲間の死を悼んで囚われているなんて、想像できなかった。
しかし、俺のような戦闘バカの為に胃を痛めて目の下に深いクマを作るほど、情の深いヒトだってことは分かっていたはずなのに……気づけず、やりたいことをやっていた俺は、なるほど真正のバカと言われても仕方がない。
援護の言葉をと思ったが、こんなバカな俺が何を言ったところで白々しいに違いない。ならばせめて……俺にできることは、銀色の草花と黄金の果実を確実に採取して、持ち帰ることだ。
それさえも出来なければ俺に生きる価値はないだろう。そして……上官殿の叫びを聞いて、漸く自分の生きる目標が見えてきた気がする。
上官殿の前に座って何か語り掛けている魔女殿とマルローネ殿に背を向け、銀色の草花と黄金の果実に目を向ける。
銀色の草花の採取は容易だけど、黄金の果実はどうやって採ろうか? 此処から小山を登るのはキツイし、かと言って石を投げて万が一果実に当たったら目も当てられない、魔女殿の水魔法で枝を切るのも命中率が疑わしいし……なにか、よい案はないものか?
そうやって何か利用できるものはないかと、辺りに視線を巡らせていると……気になるものがあった。
随分と古いし損壊しているそれは、間違いなくヒトが付ける皮鎧だった。それが、銀色の草花がある丘を中心に散乱している?
なんだコレ、探索隊は此処まで来れていた? じゃあ、散乱しているアレは魔獣に襲われた跡ってことで…………まさか!?
それを認識した途端、俺の警戒値は最大にまで高まった。同時に大きく一拍、柏手を打つ。
それは魔女殿達に魔獣の接近を知らせる合図であると共に、俺が編み出した音響探知だ。アギトの集団を相手取れるようになってから使えるようになったそれは、柏手が届く範囲のすべてを把握する技で、いわゆる剣豪が使えるという観念の想の亜種。
それが……此処にいる大魔獣の存在を教えてくれた。
「どうした、魔獣かっ!? 一体どこにいる?」
気持ちを切り替えて近寄ってくる魔女殿や上官たちに背を向けたまま、目の前の居るだろう魔獣に向けて黒木刀を指し示す。
「ここ数年、誰も銀色の草花を持って帰れなかった理由。そして、生まれてこの方、黄金の果実を見ることがなかった理由が分かりましたよ。なぜ、銀色の草花がヒトにしか効果がないと思い込んでいたのか……恐らくは偶然にも探索者と銀色の草花を同時に飲み込んだダミンが変質したんでしょうね」
「なんだ、お主は何を言っている…………!?」
叫ぶ魔女殿の言葉は、目の前の小高い山が動き出したがことで、尻すぼみになっていった。
「訪れる探索者を、そして、その餌である銀色の草花を飲み込み続け、開花した魔獣。言うならば、大魔獣――巨人。いや~、10m以上の体を持つ魔獣は、全て怪獣って名を変えてもいいんじゃないですかね?」
銀色の草花から得た余剰エネルギーは疑似餌を本物へ――黄金の果実へと変質させたのだろう、そして多くのヒトを喰らったことで姿は深海魚からヒトへ。
頭に黄金の果実を生やした新種の魔獣であるキョジンは、土埃を落としながらゆっくりとその全容を現した。
全高30m以上、全幅は10mくらいか? ずんぐりむっくりのヒト型で、全身がまっ黄色なのはダミンであった頃の名残だろう。ヒトとは違って頭部じゃなくて腹のあたりに口があるのが魔獣らしい。
銀色の草花を餌として探索者を喰らう歪な守護者が、ヒト型から更に進化を求め、魔女を喰らわんと俺達に迫る。




