22話 銀色の草花(中)
あの後、かぶったトンビの体液を洗い流すために小川を目指した。
この体液をなんとかしないと、全身がべとべとするわ、甘い匂いで嗅覚がマヒするわで探索を続けられる状態ではない。そして小川に辿り着くまでにそれなりの魔獣と遭遇したが、やはりトンビの体液から発する匂いにつられてのことだろう。あのまま探索を続けていれば多くの魔獣に囲まれていたに違いない。そういった意味でも洗浄は必須だった。
魔女殿に魔法で水を出せないか質問してみたが……魔女殿が使う水魔法は、的となった木々を切断して後には何も残らないという、攻撃に特化した仕様だった。
「もうちょっと魔法を便利に使うような発想はないんでしょうか?」
「仕方なかろう、やっていることは物質の連鎖変換なのだからな。例えばバケツ一杯分の水のみを出すとか、100m以上離れた的に石を当てるより難しいのだからな? 魔女の中には器用なヤツもおるが、私には無理だ」
その例えだと俺は難なく出来るんだけどな……よくわからないが、クラウディア殿は不器用だからできないと理解した。
ともあれ、トンビの体液を洗い流さなければ探索どころか帰ることすらままならない。小川に辿り着いた俺達は、魔女殿から順繰りに水浴びをすることにした。
なお、女性二人は裸を見られるのは嫌だと言い張り、得意の火球を川にぶち込んで発生させた霧でもって視界を遮り、水浴びをしていた。
魔獣が襲ってくる可能性を考えると、出来るだけ近くで視界を確保した状態が望ましいのだが、こんな時だけ魔法を使って威嚇してくるのだから手に負えない。そんなに手軽に使うんだったら魔獣との戦闘でも使って欲しいもんだ。
ちなみに、上官殿と俺は裸を見られる事なんて気にせず水浴びすることにした。なにせ伐採隊や護衛隊はケガをした仲間の治療行為を行うために装備を剥いで裸にするなんて日常だ。裸を見るのも見られるのも慣れている。なんなら火葬するために損壊した遺体から装備を剥ぎ取ることもあるから、出来るだけ裸からは目を逸らすようにしているのだ。
故に女性二人からの舐めるような視線は結構不快だったりする。
「すっごいな、お主ら二人とも……特にルートは素晴らしいモノを持っておるではないか! よいぞよいぞ、くっふふふ」
「…………っふぅ、控え目に言っても最高です。ありがとうございまふ、がっ」
今まで見たこともない美女二人の崩れた表情に、俺と上官殿はどん引きだ。そんなに凝視して見張りは大丈夫なのだろうか?
「んっン、あ~……姐さンたち堅物だから男の裸を見るのは初めてなのかもなァ。まァ、思春期の暴走だと思って大目に見てやるンだな。見張りはオレがちゃンとやっとくから安心しな」
「ですが、あの目は流石にちょっと……あの、これっていわゆるセクハラってやつじゃ?」
「オレらに拒否権があるとでも?」
「…………」
これが格差社会というヤツか……よし、あの二人は無視して早いところ洗い流してしまおう! ……ところでだ、
「上官殿、さっきからあちらの方で見え隠れしている銀色のモノがあるのですが……」
「ありゃ……オイ、まさか!」
「いえ、魔女殿の探知魔法に引っかかっていないという事は、アレの可能性が高いかと。すぐに服を着ますので警戒をお願いします。お二方もいい加減にしてください、魔獣が接近していますよ!」
クロモリの中でよくもまあ煩悩を全開にできるものだと逆に感心する。しかし、注意を促されたことですぐに戦闘準備を整えたのは流石に魔女とその騎士といったところか。
「魔獣はどちらの方向に!?」
「腹いせだ、私の魔法で焼き殺してくれようぞ!」
なぜかいつもよりも気合が入っている二人に、銀色にちらつくアレを指差す。
見た目は探索目的である銀色の草花――スイレンに似た銀色の植物なのだが、なんか違和感を感じる造形で……全体的に輪郭が丸っこいというか、デフォルメされている。
おそらくは魔獣ダミンの疑似餌だろう。
ダミンはクロモリの中部に生息しており浅部にはほとんど見かけないが、探索隊の記録に載っていた魔獣だ。別名、罠魔獣と呼ばれており、疑似餌に近づいたら大きな口でばっくりと咥えて飲み込むという、チョウチンアンコウ?という深海魚に近い姿をしているらしい。
通常は平べったく伏せた状態になっているが、その全長はカズラに迫るほどで俺達四人であれば一口で丸飲みにされるほど大きい。あの疑似餌に誘われて近づいたら全滅だろう。
ただ、移動はほとんどすることなく、近づかなければ危険はない。可能であれば戦闘は避けたいところではあるが…………えっと、ゆっくりと近づいてきている?
「ありゃあ、ダミンにちげぇねェな……しっかし自分から寄ってくるとか、匂いに釣られたか?」
「休息できるポイントにアレを放置するのは望ましくありません。槍を投げてみましょうか?」
「いや、ダミンは巨体とのことだからな、大して効きはすまいよ。こんな時こそ私の魔法を使うときだ。幸い触媒となる水は確保できるのでな、負担が軽いアレを使う」
そういって魔女殿が両手をかざすと、そこに小川から水が昇ってきて水塊を作り出した。そして、そこから細く勢いよく射出された水の線が、ダミンの居る方向を縦横無尽に薙ぎ払った。
するとどうだろう、保護色となって潜んでいたダミンが元の黄色となって、体液をまき散らしながらその巨体をのたうち回せた。多くの土埃が舞う原因となった体躯は資料で読んだ以上に大きく、長く年を経た個体なのかもしれなかった。
漸く土埃が収まった後に残るのは、見ていると吐きそうになるほど気色が悪い魔獣の死体だ。そこには早くも他の魔獣が餌を得ようと集まってくる気配がある。
「魔境……か」
誰ともなく呟いたその一言に反応することなく、俺達は急いでその場を後にした。