21話 銀色の草花(上)
未探索区域の探索は、再び俺を偵察&囮にした布陣に戻した。
この方が不慮の事態に陥った時に臨機応変な対処ができるし、もし分断されたとしても生還できる可能性が高い。負担は俺に集中することになるが、クロモリ深部の探索においてもこの布陣が基本となるだろう。
木々や蔦を切り払いつつ、たまに飛びかかってくるアギトを黒木刀で叩き落とす。
未探索区域に入ってから、たった100m進んだだけでアギトに十数回は遭遇しており、やはり一味違う、というか今年の魔獣発生量が例外なのか? いずれにしても、物陰から襲ってくるアギトに対処するためにずっと五感をフルに使わなければならず、気力の消耗が激しい。もう100m進んだら休憩を提案しないと躰が持たないだろう。
正直なところ、アギトは集団で襲い掛かってくる方が楽だったりする。簡単にあしらっているように見えるかもしれないが、コイツの真骨頂は物陰から急襲してくるアサシンアタックで、気づくのに遅れたら急所を嚙み切られていたなんて羽目になる。
なにせ、2cmの鉄板を切断するほどその牙は鋭く咬筋力が凄まじい。普通の甲冑なんて噛みつかれた部位ごと持っていかれるバカげた攻撃力を持っているのだ。対処は「とにかく避ける」、「噛みつかれる前に殺す」しかないが、物陰に隠れることができる体の小ささとその瞬発力から、居ることを認識した瞬間、命を持っていかれるなんてことが護衛隊では日常茶飯事だったりする(だからマルローネ殿には、初日につけていた全身金属甲冑を脱いでもらって、代わりに身軽な皮鎧を装備してもらっている)。
クロモリにおいては索敵が何よりも重要――生死を分ける技能なのだ。その次に重要なのが逃げ足の速さで、戦闘技能は三番目以降だと俺は考えている。
さて、それはともかく、今はちょっと不味い状況だ。
前からゲキドが数匹現れたし……うわ、ちょっと先にうねうねとしているのは、カズラの触手じゃないか! せっかくここまで進んだけど、これは迂回した方がいいんじゃなかろうか。今であれば、少なくともカズラとの戦闘は避けられる。
突進してきたゲキドを跳んで避けつつも、後方の三人に撤退のハンドサインを送る。
こっちに向かって突進してくるんだったらまだいいけど、カズラの方へ向かうようなら……げぇっ! 行っちゃったよ。早く逃げないと、居ることを見つけられたら戦いは避けられない。
突進してきた二体目のゲキドを縦一文字に切り裂いた後、俺は三人が撤退した方向へ急いで遁走した。
カズラの索敵範囲を脱した俺は魔女殿たちと合流し、一息ついていた。この探索ルートをどうするかの相談も必要だろう。
「ふぅ、はぁ……いや、まいりました。先ほどの最短ルートは諦めて違うルートで探索した方がよいかと。カズラとの戦闘は避けられれば避けたいです」
「オレも賛成します。アレにはオレとマリーじゃ届かねェ。よしんば姐さンの魔法で倒したとしても、その死骸に他の魔獣が山ほど寄ってくるとなりゃぁ、道は防がれたも同然ですぜ」
「強行突破しても、帰り道が厳しい……全て共食いで居なくなればよいのですが、忌々しい」
「加減を間違えれば銀色の草花ごと焼き払いかねんしな、お主らの提案はもっともであるが……ルートよ、あのカズラを別の場所へ誘導できんか?」
「う~ん、一時的には可能です。しかし、カズラがアレ一匹とは限りませんよ? アイツらは違う種類の魔獣だと殺し合うんですが、おんなじ種だと共存、群れを成します。単独で居るか確かめてきましょうか?」
「いや、すまない、やめておこう。カズラから逃げるのは至難の業なのだろう? 未開拓区域での試す行為はリスクが高すぎる。急がば回れというし、迂回するとしよう。ルートよ、負担を掛けるが先導を頼む。あぁ、少し休憩してからでよい、その間、マリーとコウは周囲を警戒してくれ」
「イェス、マム」
魔女殿から差し出された水筒を受け取り、喉を麗せる。そして探索で高ぶった神経を休ませるために目を閉じた。
休む時はしっかり休むのが生き残るコツだ。索敵は上官殿とマルローネ殿に任せておけば安心だし、大型の魔獣が襲ってきても魔女殿の魔法であれば何とかなる。信頼できる仲間が居るのは幸せだ。クロモリの中ではあるが、防衛局内より心が安らぐかもしれない。
――そんなワケがなかった。
体に伝わってくる細かな振動、しかし、上官殿達が気づかないのは視界には何も写っていないから。隠密しつつ近づいて来るが、その大重量を隠せない魔獣は……トンビだな!?
「クラウディア殿、魔法を早くッ、アイツは逃げる前に倒れこんでくる!」
警告を言い終えたときには目の前に肉壁が出現していた。四角く茶色く巨大で、数えきれない口と牙が在る。それが今にも倒れて来ようとする様は、肉の雪崩と言ってよかった。
「ちょっ、えぇ? 無理無理無理ッ、時間を稼いでルート・トワイス!!」
「ッ!? ぉぉおおお、だァ、やってやらァ!!!」
手段は一つ、初速がつく前に切り裂くしかない。
俺は驚いて硬直している上官殿の肩に飛び乗ると、全身の筋肉をしならせて飛んだ。そして迫る肉壁のある一点、縦に開いた口の端に黒木刀を突き立てると、全体重を掛けて切り裂いた。
「急げッ、早く!!」
切り裂いて出来た隙間に躰を滑り込ませて抜ける、続いてマルローネ殿、上官殿、魔女殿の順に肉壁を通り抜け……数瞬後にトンビは地面に倒れ伏した。
辺りに轟く地響きと土煙が、その大重量と、その場にいたら命がなかったことを教えてくれる。切り裂いた箇所からは留めなく体液が流れ出しており、この量は致命傷だろう。漂う甘い匂いはトンビ特有のモノで……それを全身にひっかぶった俺達からも同じ匂いが出ているに違いない。
九死に一生を得た衝撃のためか、暫くは誰も口を開こうとしなかった。
「…………どうするよ、コレ」
「近くに川があるはずです。飲むのは無理だと思いますが、流し落とす分には問題ないかと……」
その意見に誰も異議は唱えなかった。
魔女殿とマルローネ殿が泣きそうな顔をしてポコポコと殴ってきたが、命が助かっただけマシだと思って頂きたい。褒めて貰ってもいいと思うんだけどな……。




