19話 世間話
唐突であるが、魔女殿に求められたので話をしようと思う。
なんの話かというと……あれだ、なんで俺はそんなに戦闘技能が突出しているのかという話だ。別に自慢というわけではなく、生き残るためにやっている事だ。
クロモリに入ってからかれこれ数時間、休憩を取っている間の手慰みだ。
以前、ヒトは道具を持って完成すると話したことがあったように思う。
例えば俺の場合は木刀か刀だろう。木刀で敵を斬れるようになったのは最近であるが、まぁ、扱いは刀とそう違わない。
刀を全力で振るためには、振り終わった後の態勢を考えればいい。例えば斜め上から斜め下に全力で剣を振った時、腕が脚に当たらないよう、どっちかの足が下がっているはずだ。その態勢になるよう動かない的に当てようとすると、的までの距離、そして自身の歩幅を把握しておかなければならない。
的が動く場合はその難易度が跳ね上がる。相対速度を考慮しなければならないし、相手の動きを正確に想像・予測しなければならない。切り下げる方向をその場で咄嗟に判断する必要もあるだろう。
で、相手の動きを予測するなんて面倒で不確実だから、確実に当てようとすると誘導がしたくなってくる。それは予備動作やフェイントを想像してもらえればいい。
これは動く的が、攻撃してくる的になっても大きくは変わらない。俺の場合、相手が例え武器を持っていてもその武器ごとぶった切ってしまえばいいので。
そして対象が攻撃してくる集団になると、更に難易度が跳ね上がる。
同時に襲ってくる場合は同時にぶった切る速度が必要だし、時間差で攻めて来る場合は振り終わった隙を補うように地形を把握の上で立ち回らなければならない。体力も無尽蔵ではないので、ペース配分も考えなければならずと……個人が集団を相手取るにはとにかく大変だ。
だが、逆にこれらを全てこなせることが出来れば、個人が集団を相手取ることも可能という事。
狙い目は集団を統率する個体で、コイツを一番最初に殺してしまえば個人対集団から、個人対個人の連続戦闘に切り替わる。ペース配分は必要であるが、まず負けることはないだろう。
「まずは己を知り、次には道具を使いこなし、更には相手を知り尽くして想像もすれば都合よく動かしもする。そして、その範囲は個から集団へ、遂には世界に広げ支配する……こんな感じですね。一歩一歩着実に進めて出来るようになって、今もやれることを考えて楽しみながらの……試行錯誤の毎日です。これが更に進歩すると、戦闘が始まる前に勝負が決まっている戦術制圧とか、そもそも戦闘すら不要で目的を果たす戦略制圧になってくるんでしょうが、自分は単なる一兵卒ですし、今はこれが精一杯です」
「「「…………」」」
クロモリの中で遭遇した魔獣アギトの群れを一人で殲滅した。そしたら、なんでそんことができるんだと質問されたので、魔女殿をはじめとする三人に頑張って言葉を選びながら説明したのだが……化け物を見るような表情は傷つくので止めて貰いたい。出来るようになったのは最近で、悪夢の中でやれたことを以前の単独探索のタイミングで試し、問題なく出来た。
で、今回の銀色の草花を採取する任務の中でアギトの群れを発見し、探索隊の消耗を最小限に抑えるためにやりたいと進言したら、やれるもんならやってみろと言われたので……ヤッてしまって理屈を聞かれたのだ。
うん、何も問題ないハズだ。
出来ることは単独探索時の報告書を読んだ魔女殿がよく知っているハズなのに、誇張して報告したとでも思っていたのだろうか?
それに、アギトの群れよりカズラ一匹の方がよほどキツかったんだけどな。ほら、アイツって統制の取れた数十本の触手で一斉攻撃してくるから毒を塗った槍衾を相手にするのと同じなのだ。
「あー、その……悪かったよ、計画が楽になったと前向きに考えよう、はは――――単なる戦闘狂だと思っていたら剣聖みたいな事を言い出した件……マリー、彼に勝てるか?」
「一人であるなら言わずもがな、私兵隊でも無理でしょう。魔女の騎士総出であっても、あるいは……」
「もう、アイツ一人でいいンじゃねェか?」
小声でヒソヒソと……仲間外れは勘弁してください。
現在、俺達は魔女殿の探知魔法に従って銀色の草花を採取すべく、そこへ至るに最も楽なルートDを辿っている。
辿っているといっても途中までしか資料はなく、探索されたそこから更に2~3km先にあるかもというあやふやなものだ。半径500m以内まで近づかないと正確な位置は分からず、手探りの状態となる。
たった2~3kmであるが、それが道の在る無しで凄まじい隔たりがある。
複雑に絡んだ木々は行く手を阻み、背の高い草は視界を遮る。いずれも伐採には体力と時間を消費させられるわ、魔獣の襲撃に備えて常に気を張らなければならないわで、気力を消耗していく。
実際、今までの探索隊はクロモリ自体に消耗させられたところを魔獣に襲われ、幾度も壊滅している。
唯一の救いはクロモリには虫が居ないこと、らしい。
上官殿と俺を始めとる防衛局員は、森と言ったらクロモリしか知らないが、魔女殿やマルローネ殿が知る森にはヒトを害する虫が多く生息しているらしい。
例えば皮膚に付着して体液を吸う蛭などの吸血虫類、卵を産み付けて来る寄生虫類、肉を食む食肉虫類、その他にも毒液を注入してきたり、噛んで幹部を腫らしてくる虫がいるらしいのだが……なぜかクロモリにはそういった類の虫が全くおらず、特有の植物が植生しているのと魔獣が生息するだけで、普通では考えられない森なのだとか。
たしかに、砦の中には蚊や百足などの害虫が出ることもあるのに、クロモリには一切合切そういった虫が居ないことを不思議に思っていたが、伐採や護衛の任務が楽になる方向なので深く考えることはしなかった。
そんな話を聞くと、他の3人に先行して偵察と探索をしている身としては不気味で怖くなってくる。
そもそもがだ、クロモリに生息する魔獣とはいったい何なのか? 野生動物を切り貼りしてミキサーで混ぜたような、空想でも出てこないような特異な姿は進化の系統から外れているとしか思えない。そしてなぜ、クロモリにはヒトの病やケガを癒し、果てには不老までをももたらす植物が生えるのか?
一度気になって、俺達を教育した教官達や、研究部隊の知り合いに聞いてみたことはあるが、答えは「わからない」、「知る必要はない」だ。
魔獣をどうやって効率的に殺すかを考えることに精一杯だった俺は、そういうものだと割り切って、これらについても深く考えることはしなかった。漠然と地位が上がって行けば知る機会もあるだろうと思っていたのだが……最早その道は断たれている。
そんな話も先ほどの休憩時間中にしたら、魔女殿が満面の笑みになり、銀色の草花を採取する任務を無事に終えたら、知る限りの情報を教えると約束してくれた。
念願の謎を解くカギを得られるやもしれず、自然と草木を刈る腕にも力が入るというものだ。たまに遭遇するアギトの頭蓋骨を黒木刀で砕きながらも探索は進む。




